十訓抄 cっきんしょう
説話 乱れ飛ぶ蛍
建物の間に存板を
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うちめ
HHOH SP 日
(*めんだう
ある殿上人、水無月二十日あまり、いと暗きに、太后の宮に参りて、馬道にたたず
のぞきけ
* Pや
みけるに、上より、人の音のあまたして来たりければ、さりげなく引き隠れて、
るに(坪の遣水に、蛍の多くすだくを(見て、先なる女房、「(ゆゆしき蛍かな。集めた
a M~
*けいくわ
るやうにこそ見ゆれ」とて「過ぐるに、次なる人、優なる声にて、「蛍火乱れ飛んで」と口
*せきてん
すさみけり。また次なる、「夕殿に蛍飛んで」とうちながむ。しりなる人、「隠れぬもの一
は夏虫の」と、はなやかにひとりごちたりけり。
とりどりにやさしく、おもしろくて、この男、なにといふ一ふしもなからむが。本意な
くて、ねず鳴きをし出でたりければ、先なる女房、「ものおそろしや。蛍にも声のありける
よ」とて、つやつゃさわぎたる気色もなく、 うちしめりたる空おぼめきのほど、あまりに
色深く、かなしうおほえけるに、いま一人、「鳴く虫よりも、とこそ思ひしに」と、とりな。
したりける、これまた思ひ入りたるほど、たえがたくおくゆかしかりけり。
すべて、とりどりにやさしく、おほえける。この心は、
音もせでみさをに燃ゆる蛍こそ鳴く虫よりもあはれなりけれ