|26~7世紀初期の東アジア
(そp.3変遷地図)
解説 589年,南北朝を統一し
た階は,高句麗など周辺諸国に
進出した。600年,倭(日本)は記
録上倭王武以来約120~130年途
300km
こう く り
高句麗
(天津)。
ずい
黄
O
平壌
しらぎ
(581~618)
小新羅
わおう ぶ
(676年統一)。
酒光金城
飛鳥
絶していた朝貢を復活し,607年
には小野妹子を遣陥使として派
遣した。国書は中国皇帝に臣属
しない形をとり,朝貢はするが
冊封は受けなかった。
くだら
百済
おののいもこ
江都
杭州6。
遣惰使の航路(推定)
さくほう
溶陽
大興城(長安)
|ヤマト政権、
出