1 中国の情勢: 後漢浅亡(220) 一三国時代(孝・呉・)へ
2 3世紀の優国 : 三国時代の歴史章( 1 )に邪馬台国に関する記述あり
(1) 後漢未に楽温郡の南半を割いて設けた( 2 )郡(現。ソウル付近)から。女
王( 3 )が支配する( 4 )への里程を記述
(⑫) 大人・下戸などの身分差あり 租税・刑加の制度, 市で交易との記述
(3) 2世紀後半の大乱後, 生史呼の牙馬台国を中心に小国連合を形成
(9) 昌区呼は( 5 )(=呪術 )に長じ. 史条的権成を和に統和
(5) 景初 2 年(3年=239年の誤り ), 蜂弥呼は大夫難也米らを帝方郡を経由で,
魏の都( 6 )に派遣一( 7 )の称号や多数の負鏡などを賜る
(6) 卑弥呼の死後 男王擁立で国内が再び混乱一卑弥呼の宗女(同族の女性)であ
る( 8 ) 擁立で混乱が収束 の
※266年, 晋に侯の女王(壱与か) が使いを送ったとの記述("普莉』) を最後に.
その後約150年間、 日本に関する記載が中国の歴史書から姿を消す