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世界史 高校生

問いを3つ以上お願いします🙇‍♀️

1 交通と貿易 の近代化は交通手段の革新をともなった。Aは、1872(明治 いわくらしせつだん けんぶん 5)年にイギリスを訪れた岩倉使節団の見聞である。また。 →p.70 Bは、1836年と1852年のイギリスにおける鉄道路線を示 した地図である。これらから何を考えることができるだろ うか。鉄道の敷設距離の推移、工業化と鉄道の関係などに Bイギリスの鉄道路線(谷川稔ほか「近代ヨー ロッパの情熱と苦悩』より作成) ふせつ 0 100km エディンバラ スティーヴンソン、 蒸気機関車の 実用化(1825) 注目して、問いを表現してみよう。 カーライルー ダーリントシドストックトン A岩倉使節団の見聞 北海 リーズ。ヨーク AVル リヴァプール シェフイールド ヨーロッパの農業 工業·商業の3つが今日のように盛んになっ たのはこのようにわずかの間のことであったことをわれわれは知っ た。いまの欧州と40年前の欧州と、状況がどれほど異なったかと いうことを想像してみてほしい。40年前には、陸を走る汽車もなく、 海を行く汽船もなく、電線が通信を運ぶこともなかった。運河で小 舟を曳き、海上で帆船を操り、道には馬車が走り、 駅馬を走らせて 通信を運び、兵士は銅の大砲やフリント銃を使って数十歩の近距離 を隔てて戦った。 マンチェスター おうしゅう 世界初の 公共鉄道開通 (1830) バーミンガム せん うん が ロンドン はんせん えきば ブリストル 1836年までに開通 -1852年までに開通 (久米邦武「米欧回覧実記』、現代語訳) (2交通手 の革新は 田在川

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世界史 高校生

空欄になっているところを教えてくだい

【大戦の開始) 1939年9月 [ ポーテンド 11月 ソ連がP ]に侵攻→英·仏が対独宣戦9/3 ソ連も[1]分割 7ィンテンド ]に侵攻~ 113国 』併合を経て L国連除名 【西部戦線) デンマーク→ノルウェー へも侵攻 1940年5月 電撃戦→ [ オランダ.ベルギー]経由でフランスに侵攻 奥 ャーナ1 )首相の挙国一致内閣が成立 6月 仏の[ ° “直前にイタリアが枢軸国(独) 側で参戦一→仏降状 [仏北部)独が占領→( [仏南部)親独の )がロンドンで『8 )国家主席による[10 7ィンー政射 ]政府が建つ 7月 』樹立 9月 ロンドン空爆開始(~41.5) (6 パソ )政権は空爆に耐える 【東部戦線】~40.11 パンガリー·ルーマニア 41.3 ブルガリアが枢軸国に参加 1941年3月 バルカン半島 [ユーゴスラガィア·ギリシア]占領 (~6月) →ソ連との対立を招く 4月 ソ連日本と 《 ! 6月「12 独/戦」開始→当初、 快進撃するが、戦線は腰着状態となる 日1中立 条約》を結ぶ ○米の対独姿勢 1941年3月 が 武器使子 8月 大西洋会談BY [米] ※ 大西洋集法 》を制定…英を援助 ローズブェルト 》発表…「戦争目的は全体主義 (ファシズム) の打倒」 大統領と[英]ケャーチ」ル 首相 【征服地の様子) [ドイツ]·占領したヨーロッパ各地から工業資源や食料、労働力を徴発 戦争が激化すると [5 アクツュクィツソ ]収容所などでユダヤ人を虐殺 活動。 [独配下の仏)(7 [独配下のユーゴスラグィア] (" Work:地図中の a~fに該当する出来事を番号で選び、A~Cに地名を記せ。 )が「抵抗」を呼びかけ “16 )が指導する激しい抵抗運動『 』展開 b d e a C モスクワ ① 1922年, ムッソリーニが進軍。 1938/9 英·仏·伊·独の首脳会談。 ③ 1940年成立、ペタンの対独降伏政府。 ド=ゴールが自由フランス政府を組織。 6 1945年2月米 英 ソの首脳が会談し, ドイツ降伏後のソ連対日参戦を決定。 ⑥ 1945/7米·英中が日本に無条件降伏 を求める宣言発表。AC ベルリ B X マドリード )地 B[. Jのけ職 C[ ] 戦

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世界史 高校生

世界史です。至急で教えてくれませんか、、

【課題】李鴻章と森有礼による対話文を読み、洋務運動を推進した李鴻章が「洋服」を着なかった理由を 説明せよ。 『清の高官の李鴻章と日本から派遣された公使の森有礼が朝鮮問題などについて話し合った際の対話 記録(1876年) 李「近年、貴国で行われることはほとんど賞賛すべきものばかりである。しかし一つだけそうではないの は、貴国が旧来の服装をかえて欧風を模倣したことである」 森「その理由はとても簡単であり少しの説明ですむ。そもそもわが国旧来の服装というものは、…何も せずに楽に過ごす人には最適であるが、多くの仕事をする人にはまったく適さない。…今日の情勢にな るとまったく不便である。そのため旧制を改めて新式を用いたが、そのことで利益となることが少なくな い」 李「そもそも衣服制度というものは、人に祖先の意志を追憶させるものの一つであって、その子孫であ る者はこれを尊重してずっと保つべきである」 森「…今から一千年前にも、わが祖先は貴国の服装にすぐれるところがあるのでこれを採用した。何事 にもよいところを模倣するのはわが国の美風といえる」 李「貴国の祖先がわが国の服装を採用したのはたいへん賢いことである。…すべて貴国の産物でこれ をつくることができる。現在の洋服を模倣するようなばくだいな無駄な出費を必要としない」 森「…貴国の衣服は、洋服が優良かつ便利であることに比べれば半分にも及ばない。頭髪は長くたれ、 履物は大きく粗雑そざつであり、ほとんどわが国の人民には適さない。…しかし洋服はそうではない。 …勤労は富の基もといであり、怠慢たいまんは貧の源である。…旧来の服は…怠慢にはよいが勤労に は適していない。そうして、わが国は怠慢にして貧となるのを好まない。勤労をもって富むことを欲す る。そのため、旧を捨てて新を採用した。今は出費があっても、将来には限りなくよい結果があるのを期 待している」 李「しかし、閣下は貴国が旧来の服装を捨てて欧風をまねし、貴国独立の精神を欧州の手の内にゆだ ねたことに少しでも恥じるところはないのか」 森「少しも恥じることがないだけでなく、我々はむしろこの変革を誇りに思う。決してほかから強制され たのではなく、わが国の自ら好むところだからだ。とくにわが国は古くより、アジア·アメリカそのほかの いずれの国であっても、長所があればこれを採用してわが国に導入することを求めるのである」 李「わが国にあっては決してそのような変革を行うことはないだろう。ただ武器·鉄道·電信そのほかの 機械などは必須の品であり、かの国の最もすぐれているところなので、これを外国から採用するしかな い」 『大日本外交文書』第9巻より

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