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日本史 高校生

問題ウの計算方法をどなたか教えてください! 答えは6段240歩だそうです

読(2) 下線部⑥について以下の史料を読み, (A)~(F)に適語を記入し、設問に答えよ。 そ のたまわ むかし 其の一に曰く、 昔在の天皇等の立てたまへる子代の民処の(A), おおみたから ところどころ こと 及び、別には運・御造・国造・村の所有る(B)の民、処処の(C) よ まえつきみ おのおのしなあ を罷めよ。 りて (D) を大夫より以上に錫ふこと,各差有らむ。 みさと 其の二に曰く, 初めて京師を修め、畿内 国司 きない くにのみこともち こおりのみやつこ せきこ • 郡司関塞斥 (あ) かみ さきも ゆま 篌・防人・駅馬・(E)を置き、及び鈴を造り、山を定めよ。 こせき 其の三に曰く、初めて戸籍・(F)(5)班田収授之法を造れ。凡て五十戸を 里とす。 里毎に長一人を置く。 もと えつき みつぎ こと へ ごと と 其の四に曰く, 旧の賦役を罷めて、田の調を行へ。 ······別に戸別の調を収れ。 (『日本書紀』) ア 下線部(あ)について,当時「こおり」はこの郡ではなく, 別の漢字が充てられ たことが木簡から判明している。 その漢字を1文字で答えよ。 イ 下線部(い)について, 670年、天智朝のもとで作成されたわが国最初の戸籍を 何というか。 孝ウ 下線部(う)について、のちに制定された養老令 田令の条文に「口分田給はむ ことは, 男に二段。 女は三分が一減せよ」 とある。この条文を踏まえると,次 のような家族構成の場合、支給される口分田はいくらになるか。 「○段○分」 という形で答えよ。 なお, 1段は360分とする。 《正丁 (35歳) 丁女 (33歳) 小子 (10歳) 《正丁(35歳) 小子(10歳) 次女 (8歳) > 次女(8歳)》

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現代文 高校生

問10 ④ 問11 ③,⑤ 問12 ①,④ について解説お願いします!🙏💦 答えは上から、1,4,3です。

的に成立 (2023AG-F-10) ほない。 解釈されて れるもので ~⑤のう 一国 11- わかりやすい。 第二問 次の文章を読み、設問 問1~問12)に答えよ。 理系の学問については、高度な計算や化学実験やプログラミングができるようになって新しいものを設計することが可能に なったり、機械や人体の構造やメカニズムについて正確に理解することで問題が起こった場合の対処ができるようになったりす るなど、その学問を修めることでどのような能力が得られて、そこからどのような価値を生み出せるようになるかは、 A それに比べると、人文学を修めた人が得られる能力とそれによって生み出される価値とは、曖昧にしか論じられないものである。 また、理系の学問によって得られる能力が 一的なものであることが多い一方で、文系の学問によって得られる能力 は「批判的思考」であったり「想像力」であったりと、存在を証明することが難しいものである点も厄介だ。 ある人がどのよう な技術を身につけているかについては、その技術に対応する課題に取り組んでそれを解決することで客観的に証明することがで きるが、想像力や批判的思考についてはそういうわけにはいかない。 さらには、高度な技術はどこかでそれを学ばなければ習得することが不可能である一方で、批判的思考や想像力は、それ自体 は大半の人にもとから備わっているものである。 人文学を学ぶことはこれらの能力を深めさせてはくれるが、人文学を学ばなく 優れた批判的思考や想像力を発揮できる人はいるだろうし、その逆の場合もあるだろう。 人文学は、せいぜいが「涵養」と いう程度のはたらきしかできないかもしれない。 それでは、人文学は社会に対してどのような貢献をしており、どのように役に立っているのか? 幾人かの論者が指摘しているのは、「民主主義が健全に機能するためには、一定数以上の市民が人文学に触れて、批判的思考 や想像力を適切に培わなければならない」ということである。 (注1)みたになおずみ たとえば、日本の哲学者である三谷尚澄は、著書 『哲学しててもいいですか? 文系学部不要論へのささやかな反論」のなか で、哲学を学ぶことの意義は批判的思考とともに「箱の外に出て思考する力」を養うことである、と論じている。 かんよう (2023AG-F-12) 一国 13-

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現代文 高校生

問5の答えは④だったのだすが、2,4,5の選択肢について解説をお願いしたいです。

然的に成立 (2023AG-F-10) はない。 解釈されて れるもので ~⑥のう 一国11 第二問 次の文章を読み、設問 (問1~問1)に答えよ。 (+) 理系の学問については、高度な計算や化学実験やプログラミングができるようになって新しいものを設計することが可能に なったり、機械や人体の構造やメカニズムについて正確に理解することで問題が起こった場合の対処ができるようになったりす など、その学問を修めることでどのような能力が得られて、そこからどのような価値を生み出せるようになるかは、人体で わかりやすい。 それに比べると、人文学を修めた人が得られる能力とそれによって生み出される価値とは、曖昧にしか論じられないものである。 また、理系の学問によって得られる能力が 」的なものであることが多い一方で、文系の学問によって得られる能力 A は「批判的思考」であったり「想像力」であったりと、存在を証明することが難しいものである点も厄介だ。ある人がどのよう な技術を身につけているかについては、その技術に対応する課題に取り組んでそれを解決することで客観的に証明することがで きるが、想像力や批判的思考についてはそういうわけにはいかない。 さらには、高度な技術はどこかでそれを学ばなければ習得することが不可能である一方で、批判的思考や想像力は、それ自体 は大半の人にもとから備わっているものである。 人文学を学ぶことはこれらの能力を深めさせてはくれるが、人文学を学ばなく (1) かんよう ても優れた批判的思考や想像力を発揮できる人はいるだろうし、その逆の場合もあるだろう。 人文学は、せいぜいが「涵養」と いう程度のはたらきしかできないかもしれない。 それでは、人文学は社会に対してどのような貢献をしており、どのように役に立っているのか? 幾人かの論者が指摘しているのは、「民主主義が健全に機能するためには、一定数以上の市民が人文学に触れて、批判的思考 や想像力を適切に培わなければならない」ということである。 (注)みたになおすみ たとえば、日本の哲学者である三谷尚澄は、著書『哲学しててもいいですか?文系学部不要論へのささやかな反論』のなか (3) で、哲学を学ぶことの意義は批判的思考とともに『箱の外に出て思考する力」を養うことである、と論じている。 (2023AG-F-12) 一同 13-

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