数学 高校生 約2年前 ここの②がなぜそうなるのか分かりません。教えてください🙏お願いします🙇♀️ 3- 条件,g,rを満たすもの全体の集合をそれぞれP,Q,君とする。次 の①,② について,図を用いて説明せよ。 ① かはgの十分条件であり,gはの十分条件であるとかはrの 十分条件である。 ② かはgの必要条件でも十分条件でもなく,gはrの必要条件でも十 分条件でもないときはrの必要条件でも十分条件でもないとは限 ex SA らない。 回答募集中 回答数: 0
古文 高校生 2年以上前 1〜4の答えを教えていただきたいです🙇♀️🙇♀️ ことばと表現 傍線部に注意して現代語訳してみよう。 ①いかばかりかはあやしかりけむを、(八〇・1 ) いかに思ひ始めけることにか、(八〇・2) 問いかで見ばやと (八〇・3) ④そらにいかでかおぼえ語らむ。(八〇・6) 回答募集中 回答数: 0
古文 高校生 2年以上前 弁内侍日記の質問です 写真の赤線の部分「殿上の壁にうしろ用意して居給へり」 の訳として「殿上の間の壁に背をつけていた。」となるのですがどういう思考でこの訳になるのか教えて欲しいです。 かゆ 第二問 次の文章は、宮中で粥を奉る行事が行われる、正月十五日の出来事と、その後日談である。これを読ん で、後の設問に答えなさい。 正月十五日、月いと面白きに、中納言典侍殿、人々誘ひて、南殿の月見におはします。 月華門より出でて、 何となくあくがれて遊ぶ程に、油小路面の門の方へ、直衣姿なる人の参る。 「いと更けにたるに、誰ならむ。 皇后宮大夫の参るにゃ」など言ひて、端へ入りて見れば、権大納言殿なり。いと珍しくて、兵衛督殿、台盤所 にてひらひ給ふほどに、「まことや、今日は人打つ日ぞかし。 いかがしてたばかるべき」など言ひて、「出 で給はむ道にていかにも打つべし。何方よりか出で給はむを知らねば、彼所此所に人を立たせむ」とて、まし あしここ こめいち きりみす みづ・すむつる、昆明池の障子のもと、御湯殿の長押の下の一間に勾当内侍殿・美濃殿、切簾のもとに中納言 典侍・兵衛督殿、年中行事の障子の隠れに少将・弁など窺ひしかども、暁まで出で給はず。いとつれなくおぼ すけやす えて、資保の少将して、何となきやうにて見すれば、「殿上の小庭の月ながめて立ち給へる」と言ふ。兵衛督 くしがた 殿、日の御座の火ども消ちて、櫛形よりのぞけば、殿上の壁にうしろ用意して居給へり。 「かくしなしけむも 妬し」「何とまれ、杖に書きつけて、櫛形より差し出ださばや」など、さまざまあらます程に、夜も明け方にな りぬ。いかにも叶はず。つひに油小路の門の方より出で給ひぬと聞くも、かぎりなく妬くて、白き薄様に書き て、杖先に挟みて、追ひつきてつかはしける、 少将内侍、 打ちわびぬ心くらべの杖なればつきみて明かす名こそ惜しけれ 返事、権大納言、 打ちぶる心も知らで有明の月のたよりに出でにけるかな 回答募集中 回答数: 0
古文 高校生 2年以上前 黄色の蛍光ペンの所、解説では主語が変わっていますが、それってどーやったら分かりますか? 特に 御 という感じを使った人が出ていなくて(リード文で)分からなかったです。 次の【文章Ⅰ】は、鎌倉時代の歴史を描いた「増鏡』の一節、 【文章Ⅱ】は、後深草院に親しく仕える二条という女性が書い た『とはずがたり」の一節である。 どちらの文章も、後深草院(本文では「院」)が異母妹である前斎宮(本文では「斎宮」)に恋慕する 場面を描いたものであり、【文章Ⅰ】の内容は、【文章I】の6行目以降を踏まえて書かれている。【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】を読んで、 後の問い(問1~4) に答えよ。 なお、設間の都合で【文章Ⅱ】の本文の上に行数を付してある。(配点 50 ) 【文章Ⅰ】 →問4⑥① H 院も我が御方にかへりて、うちやすませ給へれど、まどろまれ給はず。ありつる御面影、心にかかりておぼえ給ふぞいと わりなき。 「さしはへて聞こえむも、人聞きよろしかるまじ。 いかがはせむ」と思し乱る。 御はらからといへど、 年月よそにて生 ひたち給へれば、うとうとしくならひ給へるままに つつましき御思ひも薄くやありけむ、なほひたぶるにいぶせくてやみ なむは、あかず口惜しと思す。 けしからぬ御本性なりや。 なにがしの大納言の女、御身近く召し使ふ人、かの斎宮にも、さるべきゆかりありて睦ましく参りなるるを召し寄せて、 「なれなれしきまでは思ひ寄らず。ただ少しけ近き程にて、 思ふ心の片端を聞こえむ。 かく折よき事もいと難かるべし」 Bせちにまめだちてのたまへば、いかがたばかりけむ、夢うつつともなく近づき聞こえ給へれば、いと心憂しと思せど、あ えかに消えまどひなどはし給はず。 →問4個○ 【文章】 1 斎宮は二十に余り給ふねびととのひたる御さま、神もなごりを慕ひ給ひけるもことわりに、花といはば、桜にたとへて も、よそ目はいかがとあやまたれ、霞の袖を重ぬるひまもいかにせましと思ひぬべき御ありさまなれば、ましてくまなき御心の 内は、いつしかいかなる御物思ひの種にかと、よそも御心苦しくぞおぼえさせ給ひし。 御物語ありて、神路の山の御物語など、絶え絶え聞こえ給ひて、 「今宵はいたう更け待りぬ。 のどかに、明日は嵐の山の禿なる梢どもも御覧じて、御帰りあれ」 など申させ給ひて、我が御方へ入らせ給ひて、いつしか、 「いかがすべき、いかがすべき」 問4 (①④ と仰せあり。 思ひつることよとをかしくてあれば、 「幼くより参りししるしに、このこと申しかなへたらむ、 まめやかに心ざしありと思はむ」 10 など仰せありて、やがて御使に参る。ただやおほかたなるやうに、「御対面うれしく。御旅寝すさまじくや」などにて、忍びつ つ文あり。氷襲の薄様にや、 「知られじな今しも見つる面影のやがて心にかかりけりとは」 更けぬれば、御前なる人もみな寄り臥したる。御主も小几帳引き寄せて、 御殿籠りたるなりけり。 近く参りて、事のやう奏 すれば、御顔うち赤めて、いと物ものたまはず、 文も見るとしもなくて、うち置き給ひぬ。 「何とか申すべき」 →問4⑥◯① と申せば、 「思ひ寄らぬ御言の葉は、何と申すべき方もなくて」 とばかりにて、また寝給ひぬるも心やましければ、帰り参りて、 このよしを申す。 「ただ、寝たまふらむ所へ導け、導け」 20責めさせ給ふもむつかしければ、 御供に参らむことはやすくこそ、しるべして参る。 甘の御衣などはことごとしければ、御 大口ばかりにて、忍びつつ入らせ給ふ。 まづ先に参りて、御障子をやを開けたれば、ありつるままにて御殿籠りたる。 御前なる人も寝入りぬるにや、音する人もな く、小さらかに追ひ入らせ給ひぬる後、いかなる御事どもかありけむ。 問4⑥〇 5 AJ (HF) 条が幼いときから完の剣近くにいたことを旨す。 回答募集中 回答数: 0
古文 高校生 2年以上前 どこか間違っているとこがあれば教えてください💦 er gen とび [H Imaged. [写] (F. 1@[ A ・ [ Str. [ is. [ ] ] けむ 二次の傍線部の語の意味と活用形を答えよ。 [5点×16] はや、馬率て参りね。待ち給ふらむ。(堤中納言物語・はいずみ) 早く、馬を連れて帰参しておしまいなさい。 今ごろは (殿が帰りを待っていらっしゃるだろう。 1 2 恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ(源氏物語・須磨) 都恋しさに堪えかねて私が泣く声に似ている海辺の波の音は、私の恋しく思う都のほうから風が 吹くから(泣き声に似ているの)だろうか。 3 鴛鴦いとあはれなり。 かたみにゐかはりて、羽の上の霜払ふらむほどなど。(枕草子・鳥は) I おしどり 鴛鴦は本当に情が深い。雌雄が互いに場所を交替して、羽の上の霜を払うというところなど。 4人の思ふらむことをば、おし返しなつかしうもてなさせ給ふなり。(大鏡・道隆伝) 普通の人がそのように(冷淡に)思うようなことでも、逆に親しみ深い態度でお接しになるのだ。 5わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむと、わびし。(枕草子・二月つごもりごろに) [ 訳(寒さにふるえふるえしながら(返事を)書いて(使いの者に)渡して、(相手が)今ごろは どのように評価しているだろうかと思うと、つらい。 6 これを思ふに、かの池にありけむ鳶は、まことの鳶にはあらじ。(今昔物語集・巻一六ノ一三) [ 訳これを考えてみると、あの池にいたという鳶は、本当の鳶ではないのだろう。 7 みな家の内出でそけむほどは、さこそはおぼえけめ。(枕草子・宮に初めて参りたるころ) TO みな家の中から(宮仕えに)出始めたようなころは、私と同じように感じただろう。 回答募集中 回答数: 0
古文 高校生 3年弱前 問四について質問なのですが、 ら…完了の助動詞りの未然形 れ…自発の助動詞るの連用形ではだめなのでしょうか?理由もお願いしたいです。よろしくお願い致します。 に通せさせ給ひしに、作文の船・管弦の船・ 漢詩を作る人の船 でた 和歌の船とわかたせ給ひて、その道にたへたる人々を乗せさせ給ひしに、こ の大納言殿のまり給へるを、入道殿 「かの大納言いづ ぎ」とのたまはすれば、「和歌の船に乗り侍らむ」とのたまひて、よみ給 にしき をぐら山あらしの風の寒ければもみぢの錦きぬ人ぞなき 申しうけ給へるかひありて、あそばしたりな。御みづからものたまふなるは、 「作文の船に乗るべかりける。 さてかばかりの詩を作りたらましかば、名 のあがらむこともまさりなまし。 くちをしかりけるわざかな。さても殿のい づれにかと思ふとのたまはせしになむ、われながら心おごりせられし」との たまふなる。 ひとことのすぐるるだにあるに、ましてかくいづれの道にもぬ け出で給ひけむは、いにしへも待らぬことなり。 『大鏡』 注道殿…ここでは藤原道長。 大納言殿・・・ここでは藤原公任。 きんた 5927 「る・れ」の識別 http 8 11 > 動詞の一部 ホ 完了の助動詞 問二 波線部Aの現代語訳として正しいものを一つ選べ。 イ の大納言はどの舟に乗ることができるだろうか。 あの大納言はどの舟にも乗らずにはいられないだろう。 あの大納言はどの舟に乗ってしまったのだろうか。 あの大納言はどの舟にお乗りになるだろうか。 問三波線部Bを現代語訳せよ。 △X問四 二重傍線部を例にならって文法的に説明せよ。 ラ行変格活用動詞 打消の助動詞「ず」 連体形 [例]未然形 侍ら せ 形容詞の一部 助動詞の一部 自発・可能・受身・尊敬の助動詞 4 回答募集中 回答数: 0
古文 高校生 3年弱前 写真の文のけむの意味は過去推量だそうなのですが、実際に目にしたことでどうして〜と補えるので過去の原因推量ではないのですか? ⑥所もなく、車も徒歩の人もありけむ。 回答募集中 回答数: 0
古文 高校生 3年弱前 解説お願いしたいです。 おなじ帝狩いと『かしこく好みたまひけり。陸奥国岩手の郡よりたてまつれる御鷹、世になくか しこかりければ「になうおぼして御手鷹にしたまひけり。名をば岩手となんつけたまひける。 こころきも を、かの道に心ありて、預かりつかうまつりたまひける大納言に預けたまひける。夜昼、これを預か りて、とりかひたまふほどに、いかがしたまひけむ、。そらしたまひてけり。心肝をまどはして求む るに、さらに A 見出でB。山々に人をやりつつ求めさすれど、さらになし。 みづからも深き山に 入りて、まどひありきたまへどかひもなし。このことを奏せでしばしもあるべけれど、二、三日を あげず、ご覧ぜぬ日なし いかがせん」とて、内裏にまゐりたまひて、御鷹の失せたる由を奏し たまふ時に、帝ものも たまはず。 62 NOV s 希に 回答募集中 回答数: 0
古文 高校生 3年弱前 受可自尊の助動詞る、らるについてですが、受け身なのか尊敬なのかが分かりません。そのせいで内容が取れていない気がします。最初に出てくる歌の前の文で、歌を詠みかけられける。という部分がありますがこれは歌をお詠みになった なのか歌を詠みかけられたという受け身の意味なのかわかりませ... 続きを読む ふうていしょう 第3問 次の【文章Ⅰ】は、藤原俊成の歌論書『古来風鉢抄』の一節である。また、【文章Ⅱ】は、鎌倉時代初期の歌学書『和歌色 葉』の一節で、「芹つみし・・・」の歌が、一説として以下の故事に依っているということを述べたものである。これを読んで、後の 問い(問1~6)に答えよ。 (配点 500) 【文章Ⅰ】 ぎゅうぎぼさつ 行基菩薩 まだ若くおはしける時、智光法師に論義に逢ひ給ひたりけるを、智光少し驕慢の心にやありけん、若き敵に逢 ひたりと思へる気色なりければ、歌を詠みかけられける。 (注2) ふくだ かたばかま 真福田が修行に出でし片我こそ縫ひしかその片袴 おほかた かく言はれて、「二生の人にこそおはしけれ」と、帰したけり。この事は、行基菩薩の前の身に、大和の国なりける長者とぞい ひけれど、国の大領などいふものにやありけん。その家の娘のいみじく傅きけるが、かたちなどいとをかしかりけるを、門守 78 する女のありけるが、子に真福田といふ童ありけり。 十七、八ばかりなりけるが、その家の娘をほのかに見て、人知れず病にな りて、死ぬべくなりにける時に、母の女その曲を問ひ聞きて、「我が子生きて給ひてんや」と洩らし言ひたりければ、娘、「大方 はやすかるべきやうなる事なれど、無下にその童ざまにては、さすがなりぬべし。さるべからん寺に行きて、法師になりて、 学問よくして、才ある僧になりて来たらん時逢はん」と言はせたりければ、かくと聞きて、急ぎ出で立ちける。 「童の着るべかり ける袴持て来。我縫ひて取らせん」と言ひければ、母の女喜びながら、忍びて参らせたりけるを、片袴をなん縫ひて取らせたり ける。さて、寺に行きて、師につきて学問を夜昼しければ、二、三年ばかりに、味の妹の智者になりにけり。さて、後来たりけ れば、「今宵」と言ひて逢ひたりける程に、この娘、にはかに消え入るやうにて亡くなりにけり。法師あさましく悲しく覚えて、 寺に帰りて、道心深く起こしていよいよ尊くなりにけり。されど、我が童名「真福田」といふこと、僧の中には、さしも知らせ ざりけるを、年経て、行基といふ若き智者の出で来たりけるに、論義にあひたる程に、その昔名をかく言ひて、「我こそ縫ひし のち その片袴」と言ひけるに、思ひ続くれば、「我がもと道心起こし始めし女は、即ち、この行基にこそおはしけれど、我が身を き僧となさむとて、しばし仮に彼の女と生まれて見えたりける」と心得るに、尊く、めでたくも恥ぢも覚めるなり。知識け まこと 真に大の因縁なるものなり。 【文章Ⅱ 】 ごと 芹つみし昔の人も我が如や心にものはかなはざりけむ (注6) (注7) まぼ おうな ある説には、昔、大和国に猛者ありけり。 山をつき池をほりていみじき事どもを尽くせりける。 門守りの嫗の子に真福田丸と いふ童、池のほとりに行きて芹をつみけるに、猛者のいつき姫君出でて遊びけるを見て、この童おほけなき心起こりて、病に 臥しにけるを、姫君もれ聞きて、「あはれにやすき事なり。早く病をやめよ」と言はせければ、童喜びて起きゐぬ。姫君の言ふや う、「忍びて文通はさむに、手を習へ」と言へば、童ほどなくて習ひつ。また言はく、「父母死なむこと近し。 その後は何事も沙 せむに、文字知らざらむ、 わろし。 学問せよ」と言ふ。童学問してうるほひぬ。 また言はく、「忍びて通はむに、童は見苦し。 「法師になれ」と言ふに、やがてなりぬ。 また言はく、「その事となからむ法師を近づけむもあやしかりなむ。経どもをよめ。 祈り せさするやうにてもてなさむ」と言へば、よみつ。また言はく、「なほいささか修行せよ。護身なんどせさするやうにて近づけ む」と言へば、修行に出で立つ日、姫君あはれみて藤の袴を調じて取らするに、片袴をばみづから縫ひつ。これを着て修行しあ りく程に、帰りて聞けば、 姫君そのまにうせにけり。 これを聞きて深く道心を起こしてひとへに極楽を願ひて往生しぬ。 弟子ど も後の事に行基菩薩を導師に請ひたるに、礼盤にのぼりて言はく、「真福田丸が藤袴、 我ぞ縫ひし片袴」とばかり言ひて、異事も 言はでおりぬ。弟子あやしみて問ひければ、「亡者智光は必ず往生すべきものの、はからざるに世間に貪着して悪道に行かむと せしかば、我方便してかくはこしらへいれたるなり」となむありける。姫君は行基の化身なり。行基菩薩は文殊の変化なり。真 福田丸は元興寺の智光なりといへり。 とんちゃく GN (注8) 1 -79- 回答募集中 回答数: 0