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古文 高校生

傍線部⑤「「人々も名残多くおぼゆ」」とあるが誰がどのような言動に対し、人々はそのように思っているのか。説明しなさい。 (青線の部分です) 解答解説が配らいなく理解の仕様がなく分かりません、、、、、、、、 助けてください!答え教えてください!!!!

「ここはいづくぞ」と、御供の人々に問ひ給へば、「(注!) 雲林院と申す所に侍る」と申すに、御耳とどま りて、宰相が通ふ所にやと、このほどはここにとこそ聞きしか、いづくならんと、ゆかしくおぼしめ して、御車をとどめて見出だし給へるに、いづくもおなじ卯の花とはいひながら、垣根続きも(注2) 玉川 の心地して、ほととぎすの初音も心尽くさぬあたりにやと、ゆかしくおぼしめされて、夕暮れのほ どなれば、やをら葦垣の隙より、格子などの見ゆるをのぞき給へば、こなたは仏の御前と見えて、(注3) 闘伽棚ささやかにて、(注4) 妻戸・格子なども押しやりて、(注5) 樒の花青やかに散りて、花奉るとて、か らからと鳴るほども、このかたのいとなみも、この世にもつれづれならず、後の世はまたいと頼も し あぢきなき世に、か かしこのかたは心にとどまることなれば、うらやましく見給へり。 くても住ままほしく、御目とまりて見え給へるに、童べの姿も あまた見ゆる中に、かの宰相 のもとなる童べもあるは、ここにやとおぼしめせば、御供なる兵衛督といふを召し給ひて、「宰相の君 はこれにて待るにや」と、対面すべきよし聞こえ給へり。驚きて、「いかがし侍るべき宮の、これまで尋 入らせ給へるにこそ。 かたじけなく侍り」とて、②いそぎ出てたり。仏のかたはらの南面に、おまし などひきつくろひて、入れ ⑩奉る。 うち笑み給ひて、「このほど尋ね聞こゆれば、このわたりにものし給ふ など聞きて、これまで分 入り心ざし、おぼし知れ」など仰せらるれば、「げに、かたじけなく尋ね入らせ給へる御心 ざしこそ、かたはらいたく侍れ。(注6)老い人の、限りにわづらひ ふびん ⓔ侍るほどに、見果て侍らんとて、籠もり」など申すに、「さやうにおはしますらん、不便に侍り。そ の御心地もうけたまはらんとて、わざと参りぬるを」など仰せらるれば、内へ入りて、「かうかうの仰 せ言こそ侍れ」と聞こえ給へば、「さる者ありと御耳に入りて、老いの果てに、かかる めでたき 御恵みをうけたまはるこそ、ながら待る命も、 ③ 今はうれしく、この世の面目とおぼえ侍れ。つて ならでこそ申すべく待るに、かく弱々しき心地に」など、たえだえ聞こえたるも、いとあらまほしと聞 き給へり。 人々、のぞき見奉るに、はなやかにさし出てたる夕月夜に、うちふるまひ給へるけはひ、似るもの なくめでたし。山の端より月の光 の かかやき出てたるやうなる御有様、目もおよばず。艶も色も こぼるばかりなる御衣に、直衣はかなく重なれる あはひも、いづくに加はれるきよらにかあらん、 この世の人の染め出だしたるとも見えず、常の色とも見えぬさま、文目もげにめづらかなり。 わろき だに見ならぬ心地なるに、「世にはかかる人もおはしましけり」と、めでまどひあへり。げに、 姫君に 並べまほしく、④笑みゐたり。宮は、所の有様など御覧するに、ほかにはさまかはりて見ゆ。人少なく あやめ みい ひやうまのかみ しめじめとして、ここにもの思はしからん人の住みたらん心細さなど、あはれにおぼしめされて、 そぞろにものがなしく、 御袖もうちしほたれ給ひつつ、宰相にも、「かまへて、かひあるさまに聞こえな し給へ」など語らひて帰り給ふを、人々も名残多くおばゆ (注) 雲林院都の郊外にあった寺。姫君は上とともにこの寺の一角にある寂しい庵で暮らし ている。 2 玉川の心地して卯の花の名所である玉川を見るような心地がして。 3 開伽棚 仏前に供える水や花などを置くための 出入り口に付ける両開き板戸 仏前に供えられることの多い植物。 4 妻戸 5 6老い人ここでは、尼上を指す。

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古文 高校生

古文の要約お願いします🙇‍♀️🙇‍♀️🙇‍♀️ 分からなくて困ってます😭😭😭😭

「ここはいづくぞ」と、御供の人々に問ひ給へば、「(注!) 雲林院と申す所に侍る」と申すに、御耳とどま りて、宰相が通ふ所にやと、このほどはここにとこそ聞きしか、いづくならんと、ゆかしくおぼしめ して、御車をとどめて見出だし給へるに、いづくもおなじ卯の花とはいひながら、垣根続きも(注2) 玉川 の心地して、ほととぎすの初音も心尽くさぬあたりにやと、ゆかしくおぼしめされて、夕暮れのほ どなれば、やをら葦垣の隙より、格子などの見ゆるをのぞき給へば、こなたは仏の御前と見えて、(注3) 闘伽棚ささやかにて、(注4) 妻戸・格子なども押しやりて、(注5) 樒の花青やかに散りて、花奉るとて、か らからと鳴るほども、このかたのいとなみも、この世にもつれづれならず、後の世はまたいと頼も し あぢきなき世に、か かしこのかたは心にとどまることなれば、うらやましく見給へり。 くても住ままほしく、御目とまりて見え給へるに、童べの姿も あまた見ゆる中に、かの宰相 のもとなる童べもあるは、ここにやとおぼしめせば、御供なる兵衛督といふを召し給ひて、「宰相の君 はこれにて待るにや」と、対面すべきよし聞こえ給へり。驚きて、「いかがし侍るべき宮の、これまで尋 入らせ給へるにこそ。 かたじけなく侍り」とて、②いそぎ出てたり。仏のかたはらの南面に、おまし などひきつくろひて、入れ ⑩奉る。 うち笑み給ひて、「このほど尋ね聞こゆれば、このわたりにものし給ふ など聞きて、これまで分 入り心ざし、おぼし知れ」など仰せらるれば、「げに、かたじけなく尋ね入らせ給へる御心 ざしこそ、かたはらいたく侍れ。(注6)老い人の、限りにわづらひ ふびん ⓔ侍るほどに、見果て侍らんとて、籠もり」など申すに、「さやうにおはしますらん、不便に侍り。そ の御心地もうけたまはらんとて、わざと参りぬるを」など仰せらるれば、内へ入りて、「かうかうの仰 せ言こそ侍れ」と聞こえ給へば、「さる者ありと御耳に入りて、老いの果てに、かかる めでたき 御恵みをうけたまはるこそ、ながら待る命も、 ③ 今はうれしく、この世の面目とおぼえ侍れ。つて ならでこそ申すべく待るに、かく弱々しき心地に」など、たえだえ聞こえたるも、いとあらまほしと聞 き給へり。 人々、のぞき見奉るに、はなやかにさし出てたる夕月夜に、うちふるまひ給へるけはひ、似るもの なくめでたし。山の端より月の光 の かかやき出てたるやうなる御有様、目もおよばず。艶も色も こぼるばかりなる御衣に、直衣はかなく重なれる あはひも、いづくに加はれるきよらにかあらん、 この世の人の染め出だしたるとも見えず、常の色とも見えぬさま、文目もげにめづらかなり。 わろき だに見ならぬ心地なるに、「世にはかかる人もおはしましけり」と、めでまどひあへり。げに、 姫君に 並べまほしく、④笑みゐたり。宮は、所の有様など御覧するに、ほかにはさまかはりて見ゆ。人少なく あやめ みい ひやうまのかみ しめじめとして、ここにもの思はしからん人の住みたらん心細さなど、あはれにおぼしめされて、 そぞろにものがなしく、 御袖もうちしほたれ給ひつつ、宰相にも、「かまへて、かひあるさまに聞こえな し給へ」など語らひて帰り給ふを、人々も名残多くおばゆ (注) 雲林院都の郊外にあった寺。姫君は上とともにこの寺の一角にある寂しい庵で暮らし ている。 2 玉川の心地して卯の花の名所である玉川を見るような心地がして。 3 開伽棚 仏前に供える水や花などを置くための 出入り口に付ける両開き板戸 仏前に供えられることの多い植物。 4 妻戸 5 6老い人ここでは、尼上を指す。

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古文 高校生

讃岐典侍日記 現代語訳を読んでも分からないのてすが、 作者が手紙を読んだあとに呆れていることって 自分に対して呆れているんですか?(;;) よく分からないので詳しく教えて欲しいです💦

回 第13 4 9 20 日記・紀行 (2) 出題 愛知淑徳大学(文・人間情報など) 『讃岐典侍日記』 [解答・解説は本冊の181ページ] 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。 堀河天皇に親しく仕えていた讃岐典侍藤原長子は、天皇の崩御ののち自宅で喪に服していた。そこに来信 がある。 さぬきのすけ なお、関係する天皇家の系譜は次の通り。 また、この日記では、執筆の時点より以前に崩御した天皇も院 と呼称している。 ―後冷泉天皇 -後三条天皇 白河天皇—堀河天皇—鳥羽天皇 うち かくいふほどに、“十月になりぬ。「弁の三位殿より御文」といへば、取り入れて見れば、「年ごろ、宮仕へ せさせたまふ御心のありがたさなど、よく聞きおかせたまひたりしかばにや、院よりこそ、この内にさやう なる人のたいせちなり、登時参るべしと、おほせごとあれば、さる心地せさせたまへ」とある、見るにぞ、 あさましく、ひがめかと思ふまであきれられける。(亡クナッタ堀河天皇ガ)おはしまししをりより、“かく は聞こえしかど、いかにも御いらへのなかりしには、“さらでもとおぼしめすにや、それを、いつしかといひ 顔に「参らんこと、あさましき。 周防の内侍、後冷泉院におくれまゐらせて、後三条院より、七月七日参るべきよし、おほせられたりけるに、 天の川 ~おなじ流れと聞きながら、わたらんことはなほぞかなしき とよみけんこそ、げにと (『讃岐典侍日記』による。なお、設問の都合上、原文を一部改変した箇所がある) 〔注〕 *弁の三位….... 鳥羽天皇の養育にあたっていた女房。 藤原光子。 *院・・・・・・ 堀河天皇の父白河院。 堀河天皇に譲位した後、上皇として院政を開始する。 *この内… 五歳で即位した幼い鳥羽天皇の御所。 *たいせち....大切。 * 登時······ただちに。 *聞こえしかど耳にしていたが。 なる。 *周防の内侍… 後冷泉天皇に仕えた内侍の平仲子。 天皇の崩御により職を退いたが、そののち求められて後三条天皇の内侍と 問1 うづき 傍線部A「十月」の読み方として最も適当なものを、次の1~6のうちから一つ選べ。 2 かんなづき 3 ながつき しもつき 5 ふみづき むつき

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古文 高校生

古文の識別の問題です! 黄色のマーカーの場所 られ の部分は 尊敬なんですが、尊敬の場合は身分が高い人だけに 使うんじゃないんですか? そもそもの考え方が間違ってますか? 誰か教えてください よろしくお願いします!

実戦問題 16 (妻がふと部屋を見ると、雇い入れた女が、首を取って鏡台に掛け化粧をしていた。) あるじ あひだ (妻は)主の殿(=夫)に、「かかること侍るをば、いかが計らひ給ふぞ」と言へ ば、「まづ*何となく暇を出だせ」と言ふほど、女を近づけ、*近ごろ言ひか ね侍れども、人多く侍れば、 「一人も二人も暇を出だせ』とのたまふ * 間、そなた のやうなる重宝の人はましまさぬほどに、いつまでもと思へども、いづれも*譜 代の者にて、 出だされぬ者どもなれば、まづまづいづ方へも出でられ候へ。そ めい をりふし のうへ、夫の命背きがたく侍れば、重ねて娘嫁入りの折節は迎へ侍らん」と言ふ。 その時、女、気色変はりて、「さては、何ぞ御覧じて、かく仰せ*候ふやらん」と、 るよ はう そばへ近く居寄れば、「その方は何事を言ふぞ。またやがてこそ呼び侍らめ」と、さ りげなくのたまへども、「いやいや、曲もなきことなり」とて、飛びかかりける ところを、男、かねて心得けるにや、後ろに立ち添ひけるが、刀を抜き、はたと 切る。切られて弱るところを引き直し、心のままに切れば、年経たる猫なり。 センター試験 出題文 15 助動詞 けしき いとま Exercise 「曽呂利物語」 「曽呂利物語』は、江戸時代に 刊行された怪談集。 *何となく=何ということなく。 首を取って化粧をしていたか らなどという理由を示すこと なく、の意である。 *近ごろ=とても。 非常に。 間〈ので〉の意。 *重宝の人=役に立つ人。 実際 この女は、いろいろな仕事が よくできたと前のところでは 書かれている。 *譜代=代々同じ主家に仕えて いる者のこと。 *候ふやらん=~ますのでしょ うか。 「やらん」は、「にやあ 「らん」が縮まった形。 *曲もなきつれない。情がな

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現代文 高校生

この文章の中から「臆病な自尊心」と同様のことを表す語句を選ぶ問題がわかりません。ヒントでもいいのでよろしくお願いします。

時に、残月、光冷ややかに、白露は地にしげく、樹間を渡る冷風はすでに暁の 近きを告げていた。人々はもはや、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄 一幸を嘆じた。 李徴の声は再び続ける。 5 なぜこんな運命になったかわからぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように よれば、思い当たることが全然ないでもない。人間であったとき、おれは努めて 人との交わりを避けた。人々はおれを据傲だ、尊大だと言った。実は、それがほ とんど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。もちろん、かつて の郷党の鬼才と言われた自分に、自尊心がなかったとは言わない。しかし、それ は臆病な自尊心とでも言うべきものであった。おれは詩によって名を成そうと思 いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりする " ことをしなかった。かといって、また、おれは俗物の間に伍することも潔しとし なかった。ともに、我が臆病な自尊心と尊大な羞恥心とのせいである。己の珠 にあらざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の せっさたくま たま おそ 珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。 ⑩ ふんもん ③さんい おれはしだいに世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と悪恚とによってますます己の内 358 きょごう

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