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英語 高校生

答えを教えて頂きたいです。間接疑問文があまりよく分かってなくて書いている問題もよく分かりません。

本文に合うように、次の英文の 間接疑問文の形と意味 _に適する語を書きなさい。 (1) 私はアップルパイをどう焼いたらよいか習いました。 learned how I should bake apple pies. (2) 私たちはあなたが何を言いたいのかわかりません。 We don't understand what (3)あれはだれのかさかわかりますか。 Can you guess 2 who you umbrella Say that is ? 次の英文を、( )の語句のあとに続けて, 正しい文にしなさい。 (1) How much is it? (Do Po you you know ) (2) Why did the bus arrive late? (I wonder) know how much it is? I wonder why (3) Who won the match ? (I don't remember) I don't remember whethe match won? (4) How soon will we leave? (I will tell you) I will tell you how we will soon leave the bus did arrive late ? 3 次の各組の英文がほぼ同じ意味になるように, に適する語を書きなさい。 (1) Do you know Mr. Long's birthday? Do you know who Mr. Long was birthday ? (2) Please tell me his address. Please tell me where address Ms. Green said to me, “What's in the box ?" (3) Ms. Green asked me in the box. what 4 日本文に合うように,( )の語を並べかえなさい。 (1) 私はどれくらいここに滞在するか決めなくてはなりません。 I have to decide (how, stay, long, I'll) here. I have to decide how I'll stay long (2) 私に彼が喜んでいる理由を教えてください。 Please tell (him, what, me, made ) happy. Please tell me what him made here. happy.

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数学 高校生

題意からn番目のバスで到着した患者で最小の整理券を貰った患者の待ち時間を求める問題で解答では写真の様に4(n^2-n/2+1)〜となっていますが、()の+1は自分の診察時間も含めてしまうので要らないと思ったのですがどうでしょうか

[1] ある病院では午前9時からの診察に対して, 病院に午前8時に到着する送迎バ スから午前9時30分に到着するものまで、合わせて10便の送迎バスを10分間隔 で運行し,早く来た患者から順に1番、2番、3番の整理券を渡し,整理券の 番号の順に診察することとしている。診察は午前9時ちょうどに始め,1人につき 4分で終了し,終了すると直ちに次の患者の診察が始まるとする。 ある日, 来院し た患者はすべて送迎バスを利用し, k番目の送迎バスには人の患者が乗っていた (k=1,2, ..., 10)。 1.0 60.6010. 55.0 Fra 便名 到着時刻 患者数 整理券番号 180円 221.21.10 1 8:00 1人 1 exes. s. 68 2 8:10 2人 2,3 $235 ESAS, AQ ress. rass. 3.0 0825. 1.0 EETE, 1801 1803 180E 8:20 3人 4,5,6 es. 186. 18.0 BIE.IE. 2.0 ... : 0288. 10188.00 10 9:30 10人 21CD Tees 08 erep, 2081 erse. COSE. EDGE II S.I 0. SCOD SSSA (1) この日発行された整理券で最も番号の大きいものはアイ 番であり,この整 理券を受け取った患者は9時30分に到着してから診察が始まるまで ウエオ 分待つこととなる。 まで 186 BEA (数学II・数学B 第4問は次ページに続く。) 028 DEBA 1881 DEBA 8087 each se 1.4=216

未解決 回答数: 1
現代文 高校生

この問題を教えて欲しいです

問題文をよく読むこと。 *句読点、「」は一字として数えます。 【1】 ないでしょうか。 次の文章を読み、後の問いに答えなさい 時間は、物のように世界の中に直接観察できるわけではありません。 それにもかかわらず 「時間はある」と言いたくなるとすれば、それはどのよ うに「ある」のでしょうか。 私たちは、「時間がある」 とか 「時間がない」 という言い方を、日常の中でも用いています。その日常的用法をヒントにしてみましょう。 時間が「ある」とか「ない」とかいう言い方は、何を意味しているでしょうか。 「時間がない」とは、時間がどんどん過ぎ去ってゆき、いろいろな出来事に次々追われているときに出てくる言葉です。だから、時間は「まっ たく存在しない」わけではありません。時間は確かに流れており、しかもめまぐるしいほどの勢いで流れ去っています。 それにもかかわらず、そこ で出てくる言葉が、 「時間がない」 という言葉なのです。 ト 逆に、「時間がある」というのはどういう場合でしょうか。 それは、忙しく物事に追い立てられている状態とは反対に、何かをゆっくりと、じっ くりとやれる時間が目の前にあると感じるときでしょう。つまりそれは、「何を、どのくらいの時間をかけてやるのかを、自分でコントロールでき るとき」であると言えます。この場合、「時間」とはある程度の長さを持った、「余裕」や「X猶予」を意味しています。これ は 「まだ時間はたっぷりとある。」 バスや飛行機など、 乗り物の出発時刻まで、まだ十分に時間はある場合、私たちはそんなふうに言います。その逆 は、「もう時間がない。」と焦っている場合です。「もう時間がない。」と言う場合、自分の意志ではどうにもならない何かに迫られて、否応なく追 い立てられている感じがします。 その違いは、自分が、自分のコントロールのもとで、何かを自由に展開できるような広がりが感じられているかどうか、という点にあるのでは 「時間がある」「時間がない」というのは、自分の生の広がりを自分の意志でコントロールできるかどうかということ、③自分が「生きる」という ことの主体的なあり方に関係していることがわかります。 そこで「時間」は、ある種の「広がり」として意識されています。 「広がり」とは、何かができる「余裕」、言いかえれば何らかの活動が展開でき る「スペース」と言ってもよいでしょう。 しかし、 「スペース」とは英語で「空間」のことです。そうなると、ここでは「時間」がある種の「空間」 として意識されているということになります。にし もう一つ、日常における「時間」との関わり方を考えてみましょう。 「時を忘れる」という言い方があります。 「時が過ぎるのを忘れて、会話に熱中した。」とか、「あまりに面白い小説だったので、時を忘れて読み耽 った。」といった場合です。 つまり私たちは、何かに没頭しているとき、時間が過ぎるのを忘れてしまう、という経験をしばしばするようです。 そのような場合、私たちは「我を忘れる」とも言います。時間を忘れて何かに没頭しているとき、私たちは「私自身」をも忘れてしまいます。 やはり、「時間」と「私」とは深い関わりを持っているようです。事 先ほど、「時間がある」というのは、自分がコントロールできるような広がりが意識されていることだと言いました。この意味での時間、つまり 「空間化された時間」 と、「ある広がりの中で起こりうる様々な出来事を支配しコントロールしうる私」とは、深い関わりを持っています。 「空間化された時間」の中で、私たちはあくせくと立ち働いています。現代において、私たちはますますカレンダー的な時間とそれによって きざまれたスケジュールに支配されるようになっています。 これは時間がますます空間化された仕方でとらえられるようになっているという ことです。時間がますます空間化された仕方でとらえられるということは、自己の支配がますます拡大し、世界を 「私が支配しコントロールするも の」として思い描くようになることを意味しています。 時間に追われる現代社会は、自己のコントロールが無限に拡大する世界であると言えそ うです。 しかし、時間とは空間化された時間に尽きるのでしょうか。⑥「空間化された時間」とは異なる時間もあるのではないでしょうか。次に、そのよ うな時間が経験される可能性を探ってみたいと思います。 す。 すでに述べたように、「空間化された時間」は、自己のコントロールしうる空間でもあります。そうだとすると、「空間化された時間」から外に出 るとき、それは自己のコントロールしうる空間から外に出ることを意味するのではないでしょうか。 例えば、時間を忘れて小説に没頭しているとき、私は、私がすべてを支配するという生き方のモードを脱け出しています。むしろ私は、小説の中 に展開される世界に、自己の支配を委ねています。 その小説が操るがままに、その世界に私自身を委ねているのです。もちろん、私が私であるとい う意識がまったく失われるわけではないですが、私の生のモードは、「自己と自己の行為を私自身がコントロールし、そこで展開される一切を自己 が支配する」というモードではありません。私は、心地よく小説の世界に身を委ねているのです。同じことが、様々な趣味への没頭にあてはまり ます。 またそのようなとき、時間が完全に止まっているように感じられる、というわけでもありません。例えば、会話に没頭して時間を忘れる体験を例 にとりましょう。会話に熱中しているとき、会話はどんどん進み、話題は尽きることがありません。会話が進み、その内容が豊かに展開していると き、当然この「進んでいること」「展開していること」の意識を私たちは持っています。 このような意味での「時間」は、忘れられていません。 一 切は止まっているどころか、極めて生き生きと動いています。この「生き生きと動いていること」も、ある種の「時間」の性格を持っているのでは ないでしょうか。 ⑥このとき、直線的なカレンダーの時間はすっかり忘れられています。 しかし他方で、私たちは眼の前で現に展開される極めて生き生きとした活 動に参加し、その豊かな動きを経験しているのです。 では、生きた時間とはどのような時間でしょうか。 少し考えてみましょう。 生き生きと動いている時間は、カレンダー的な時間の中にはありません。 カレンダー的な時間においては、過去も、現在も、未来も、同じ平面に 並んでいます。これはまさに、空間化された時間です。 カレンダーだけを見ていても、どこが現在なのかは見えてきません。どれも同じような数字が並んでいるだけです。 どの日も現在でありうるし、 過去でも未来でもありえます。 これに対し、生きて動いている時間においては、過去は現在ではないということははっきりしていますし、現在は過去ではないということ もはっきりしています。また、現在は未来ではない、未来は現在ではないということも明白です。過去はもちろん未来ではないし、未来も過 去ではありません。このように、生きて動いている時間においては、過去・現在・未来はまったく異質なのであり、同じ平面上に平等に並べ マルリッ。 六

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