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数学 高校生

写真にある2項目について教えて頂きたいです

21:29 7月26日 ( 水 ) 00 19 第4講 × この時を ④に代入しては いけないのか ここでは④に代入して るのはなぜ? 化学白紙法 92 数学Ⅱ 1.1 図形と方程式〜 第6章 ②から [1] x+10 すなわち xキー1のとき k=x+1 ③から 練習 kが実数全体を動くとき、 2つ ky+x-1=0. y-kx-k=0 の交点はどんな図形 立教大) ②111を描くか key+x-1=0....... ①, y-kx-k=0.... ② とする。 ← を利用する x+1 ことから, x+10 と 交点を P(x,y) とすると,x,yは①,②を同時に満たす。 |x+1=0の場合に分ける。 k (x+1)=y..... ③ -+x-1=0 y2+(x+1)(x-1)=0 x2+y²=1... ④ x+1 × (1) y=x²-r) x+y=1 ただし, 点 (-1,0)を除く。 検討 ① から ky+(x-1)=0, ② から y-k(x+1)=0 よって、直線は常に点A(1, 0) を通り, 直線lは常に点 B(-1, 0) を通る。 また, 2直線ll2の係数について k・1+1(k)=0である から 直線と直線lz は垂直に交わる。 図形と方程式 ①に代入して 分母を払って したがって ④において, x=-1 とすると y=0 ●ゆえに, xキー1のとさ, 2直線の交点は,円 ④から点 (1,0)を除いた図形上にある。 [2] x1 = 0 すなわち x=-1のとき ② からy=0 x=-1, y=0 は ①を満たさないから,点(-1, 0) は図形上 ←①は-2=0 となり, の点ではない。 不合理。 以上から, 求める図形は ゆえに、その交点をPとすると ∠APB=90° したがって, 点Pは, 2点A, B を直径の両端とする円周上 にある。 ただし,ℓ は直線y=0 を, lは直線x=-1 を表すことはな いから,その交点(-10) を除く。 O-.0: (2)の値が変化するとき, 線分ABの中点の軌跡を求めよ。 - ←xキー1であるから, x=1のときの点は除 外する点となる。 B 練習 放物線:y=x-xと直線y=m(x-1)-1は異なる 2点A,Bで交わっている。 ③ 112 (I) 定数mの値の範囲を求めよ。 ty 1P A -10| 1N x lev消 er 線分 また ま 10 2 ③1 第44講 第28講 2%

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古文 高校生

「日本人が水を鑑賞する行為の極致」とは何か 教えてください!

日本人は西洋人と違った独特の好みを持っていたのであ 4こううんりゅうすい る。「行雲流水」という仏教的な言葉があるが、そうい てんりゅう う思想はむしろ思想以前の感性によって裏づけられてい 日本の庭園(天龍寺・京都) た。それは外界に対する受動的な態度というよりは、 極的に、形なきものを恐れない心の表れではなかっただろうか。 日本人の米に対~ 見えない水と、目に見える水。 もし、流れを感じることだけが大切なのだとしたら、我々は水を実感するのに もはや水を見る必要さえないといえる。ただ断続する音の響きを聴いて、その 隙に流れるものを間接に心で味わえばよい。そう考えればあの「鹿おどし」は、 日本人が水を鑑賞する行為の極致を表す仕掛けだといえるかもしれない。 山崎正和 1934年〔昭和9] 2020年 [令和2] 111m/ HOR K 間が抜ける 言うまでもなく 人工自然・天然 鑑賞 観賞 京都府に生まれた。劇作家、評論家。芸術論・演劇論・文明批評・伝統文化などの多彩 なテーマについて、広い視野と柔軟な思考とによって評論活動を行う。主な著作に、戯 『世阿弥』、評論『劇的なる精神』『鷗外 闘う家長』『柔らかい個人主義の誕生』など がある。「水の東西」は、『混沌からの表現』(一九七七年刊)に発表。本文は『混沌から の表現』(二〇〇七年刊)による。 E- 4行雲流水 空を行く や流れる水のように、 物事に執着せず、自然 のままに行動すること 「その間隙」とは、何 を指すか。 m 水の東西

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現代文 高校生

新聞記事の批評をしなければならないのですが 内容に納得してしまって特に批評するところが見つかりません。 疑うところとかありますか😭😭 私が見えてないだけでしょうか…。

エルサレムのモスクで衝突 150人以上負傷 国産経新聞 MO hy ? エルサレム旧市街のイスラム教礼拝所 「アルアクサモスク」 の周辺で15日、 多数のパ レスチナ人がイスラエルの治安部隊と衝突し、 ロイター通信によると少なくともパレスチ ナ人152人が負傷した。 4月初旬にはイスラム教徒の信仰心が高まるラマダン (断食 月)に入っており、 報復の応酬が懸念される。 why 15日はイスラム教の金曜礼拝に当たり、 モスク周辺で投石などを行ったパレスチナ人に イスラエルの治安部隊が催涙弾やゴム弾を発射して応戦し、イスラエル警察は数百人を拘 束した。3月以降、 パレスチナ人などアラブ系によるユダヤ人襲撃事件が頻発していた。 イスラエルのベネット首相は「あらゆるシナリオを想定している」とし警戒を強化する方 針を示した。パパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは、イス ラエルには「(今後起きる) 結果に責任がある」 と述べた。 アルアクサ·モスクでは昨年4月のラマダン期間中も双方のもみ合いが相次ぎ、5月には ハマスがイスラエル領にロケット弾を撃ち込んで同国軍との大規模衝突に発展し、 停戦ま での11日間でパレスチナ人250人以上が死亡した。 モスクはイスラム教とユダヤ教双方の聖地である「神殿の丘」にある。東エルサレムを 「将来の独立国家の首都」 と位置付けるパレスチナ側に対し、イスラエルは東西エルサレ ムは「不可分の永遠の首都」 だとしている。 (カイロ 佐藤貴生)

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現代文 高校生

至急です! お願いします!! この問題が分かる方、分かるものだけで大丈夫なので教えてください!

41 ステップ2 随想 ステップ2 40 17 随想 40 25 速読 目標時間 6分 15分 本文 /50 *要約 /10 40 ステップ2 読解)作家にとっての「故郷」とは 七標 おくや ひかる 己を放り込む虚構 課題)筆者の観点をおさえて読み進める 問解 人が生まれ育った場所を故郷と呼ぶのなら、庄内は必ずしもぼくの故郷とは言えないだろう。生まれたのはた (要旨をつかむために 第理解を深めよう しかに山形県ではあるけれど、一年も経たぬうちに両親ともども東京に移ってしまったからである。とはいえ母 s 要約のための確認 【各1点】 の実家である、広々とした水田に点在する集落の家には、祖母と曾祖母が残って、毎年夏には必ず帰省して庄内一 ○細盟 平野の穏やかな風光のなかに長い時間を過ごした。 庄内…必ずしも故郷とは言えない 子どもにとって夏休みはそれだけでもう心弾む出来事であるが、ぼくにはさらに田舎での数週間という贈り物 5 がきっかけ (地一) があったわけである。すばやく身を翻し水底の泥に隠れるドジョウ、草いきれのなか息を殺して浮標を見つめた S- 用水路での魚釣り、蚊帳に置かれてあわく明滅する蛍、サエギるもののない広い夜空に横たわる銀河、集落のは 庄内…「故郷」として考え始める 0筆者の気づき(認識) がっさん ずれから繰り返し眺めた月山の姿||。これら子ども時分の貴重な記憶の数々は、一昨年に書いた「三つ目の銃」 「故郷」とはひとつの =D選びとられるもの 0筆者の所感·心境 作家である「ぼく」ー という作品となって一部結晶したのであるが、要するに大人になるまでのぼくにとっては、庄内はただ心楽しく エキサイティングな冒険の場所にすぎなかった。 故郷という言葉とともに山形の家のことを考え始めたのは、三十歳に近くなってから、小説を書き始めたころ を虚構に放り のことである。 込む ひとつのきっかけは父の死である。葬式が終わり、田んぼの真ん中の墓地で、白木の箱から父の骨灰を墓の底 →庄内 にばらばらとまいたとき、かつってない不思議に甘美な気分にぽくは捉えられた。それはどうゃら自分もいずれ死 を与え続けてくれる ねばこうなるのだとの思いであるらしく、そう思って周囲を見回してみれば、五月の水田は湖沼のように陽光を 5 ちょうかいさん」 りょうせん ひばり (通2 まとめてみよう 要約に向けて 所感を四十字以内で書こう。【6点] 映して輝き、月山と鳥海山が蒼くくっきりとした稜線を鮮やかにして墓地を遠くから見つめている。雲雀のさえ ずりが空の高いところできこえた。 自分の死に場所にここは悪くない。そのような声が、「故郷」という言葉とともに、初夏の平野をぼんやりと眺 めるぼくの心に、静かに立ちのぼってきたのである。 「故郷」とは言うまでもなく近代に発明されたひとつの虚構である。都会での生活スタイルが確立されるにつれ 2 生じてきた、だれとも連帯せずに浮遊している人の孤独感、あるいは根を断たれているとの不安感が、温かく己 を包み込んでくれる母胎のごときものとして、己の魂が穏やかに回帰すべき場所として、遠い憧れの地境として、 「故郷」のイメージを文学的に創造した。故郷の山河といった場合、山や河自体は当然昔からそこにあったはずだ けれど、それらが懐かしい風景として思い描かれるにいたったのは、明治以降の文学がそのように描いてきたか らである。 (出2) (型の) たとえば柳田国男の「常民」概念をここであげるなら、それが現実に生きてある人々を具体的にさすのではなく、 失われた何かを回復せんとする柳田のロマン派的文学の心情が作り出した虚構であることは、数多くの批評家が 指摘するとおりである。「常民」とは都会にある者の眼に映った、「故郷」に棲む人間の幻像である。 一方では、少なくとも近世以来、西欧的な都市団体をもたなかったわが国では、都会の生活者といえども地縁 血縁のしがらみからは逃れがたく、そうしたしがらみの象徴としての意味をもまた「故郷」は担うことになった。0 (地4) かくして故郷は両義的であり、だからこそ遠くにありて想うものなのである。 おも 虚構である「故郷」はつまり選びとられるものである。選んだおぼえなどないという人にしても、無意識のうち にそうしているのであり、人生の節目のあるとき、ここがやはり私の故郷なのだと、感慨にとらえられつつ風景 に眼をやった記憶がだれにも必ずあるはずである。 (注5)なか 虚構をこととする作家であるなら、当然この選択にはジカク的である。作家は「故郷」を発見する。たとえば中5 く。 上健次にとっての紀州がそうである。むろん作家は故郷にアンジュウしたり、ただ感傷にひたるために故郷を選 ぶのではない。何らかのかたちで「私」を問題にせざるをえない近代小説の伝統のなかで、己自身をひとつの虚構 に放り込むことで、多様な物語を「私」の内部に導き入れようと作家は企むのである。 ひとりの作家であるぼくは、庄内を自分の「故郷」として選んだ。これから小説を書き進めていくなかで、ぼく の「故郷」は途切れることなく、創造の活力を与え続けてくれるだろう。 (注) 1草いきれ- 2柳田国男- 3常民||柳田国男らによる造語で、柳田の民俗学の対象となった、伝統文化を担う人々のこと。 4遠くにありて…|室生犀星(一八八九~一九六二)の詩をふまえた表現 5中上健次||紀州(現在の和歌山県)生まれの小説家。一九四六~一九九二 -夏、生い茂った草が日光に照りつけられて発する熱気。 -日本の民俗学の創始者。一八七五~一九六二 「近代」(明治以降)において、人 は身分制度や家の概念から自由に なり、地方から都市部へと人口が 流出しはじめた。こうした変化を 背景に、本文での「故郷」のほか、 家」から離れた「個人」といった概 念も生み出された。 むろ う さいせい (ガイド- 従来の観点とは異なる、本文における筆者の認識が端的に示されている一文に線を引こう→問三を攻略

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