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古文 高校生

至急、明日のテスト前の範囲でのわかない所なので急ぎです💦💦 傍線が引かれてる単語は最後の[のたまう]以外敬語の種類が謙譲語となりみたいなのですがその理由を詳しく教えてください🙇‍♀🙇‍♀

149 1頭の弁 人 指す。書 しき 頭の弁の職に参りたまひて 頭の弁の、職に参りたまひて、物語などしたまひしに、夜いたうふけぬ。「あ 1 うし す御物忌みなるにこもるべければ、丑になりなばあしかりなむ。」とて、参 たまひぬ。 4くらうどどころ 5かうやがみ つとめて、蔵人所の紙屋紙ひき重ねて、「今日は残り多かる心地なむする。 にはとり もよほ 夜を通して、昔物語も聞こえ明かさむとせしを、鶏の声にされてなむ。」 と、いみじう言多く書きたまへる、いとめでたし。御返りに、「いと夜深く こと 6まうしやうくん はべりける鳥の声は、孟嘗君のにや。」と聞こえたれば、たちかへり、「『孟 あふさか 7かんこくくわん 8かく 嘗君の鶏は、函谷関を開きて、三千の客わづかに去れり。』とあれども、こ れは逢坂の関なり。」とあれば、 「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関は許さじ よぶか 10 5 2職 「職の御 当時中宮定子 仮御所とした 3御物忌み 内 4蔵人所蔵人 5紙屋紙 京都 反故紙をすき 6孟嘗君 人 ( 代、斉の宰相。 鶏の声を巧 開門させ、価 7函谷関 地秦 日没に閉じ、 8客 孟嘗君に着 9逢坂の関 地 賀県大津市の に「逢ふ」の意 「丑」とは何時侑 だ 随筆 枕草子

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現代文 高校生

文学国語「共感と驚異」穂村弘 「それ自体の純度を追求されてはいけない」とはどのようなことか。 教えて頂きたいです。

体験に即しているという点では原作よりもむしろこの方が自然である。 多くの読者の体験と一致しているはずである。 それにもかかわらず、感動の度合 いでは明らかに原作の方が強い力を持っている。「桜色のちいさな貝」では、心 の深いところには刺さらないのである。読者の多くは、自分では「飛行機の折れ た翼」を砂浜に埋めたことがないにもかかわらず、その思い出に対してより強い 感情移入をすることができる。それはなぜだろう。 「翼」と「桜貝」の違いはそのまま、言葉が驚異の感覚を通過しているかどう かの違いである。おかしなたとえになるが、「桜貝」の歌がコップのように上か ら下までズンドウの円筒形をしているとすれば、原作の方は砂時計のようにクビ レを持ったかたちをしている。このクビレに当たるのが「飛行機の折れた翼」の。 部分である。この歌を上から読んできた読者の意識はここに至って、「えっ? 飛行機の折れた翼?」という、自分自身の体験とはかけ離れた一瞬の衝撃を通過 することによって、より普遍的な共感の次元へ運ばれることになる。 その際一首のなかで「飛行機の折れた翼」は、あくまでも共感へ向かうための クビレとして機能しており、多くの作品同様に、ここに含まれる驚異の感覚は、B つまり か。 寸胴。 語句 ●意表をつく 漢字 翼(翼賛・尾翼) 普遍 ★「言葉が驚異の感覚を 通過している」とは、具 体的にはどのようなこと ズンドウ 上から下まで が同じ太さであること。 在)→不変・不偏 277

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漢文 高校生

土佐日記の阿倍仲麻呂の歌です 穴埋めしてほしいです🥺🥺🥺🥺

(一月) 二〇日。昨日のように悪天候)なので、船 を出さない。 みな人々は心配し嘆いている。苦しく待ち遠しいの ただ、出発してから)経った日数を、今日で何日、 二十日、三十日と数えると、(あまりに数が多いので) 指も痛んでしまうに(2)。とてもつらい。夜は(3) 二十日の夜の月が出た。(ここは都と違って) 山の稜 線もなくて、海の中から(月が)出て来る。このような 光景を見てのことであろうか、昔、阿倍仲麻呂という 人は、唐の国に渡って、帰国の途についた時に、船に るはずの場所で、かの国の人々が、(5)、別れを ほんで、あちらの漢詩を作ったりなどした。(名残が ずそれで十分満足することがなかったのだろう カ、二十日の夜の月が出るまで(その場に留まって) いたそうである。その月は海から出た。これを見て仲 麻呂さんは、「わが国では、このような歌を、神代から 神もお詠みになり、今は上中下すべての( 7 )の人も、 このように、別れを惜しみ、喜びもあり、悲しみもあ る時には詠むのです。」と言って、詠んだ歌は、 青々と広がる海原のはるか遠くを仰ぎ見ると、あ の月は(かつて故国) 春日(8)三笠の山に出て いた月(と同じ月)なのだなあ。 と詠んだそうである。かの国の人は、聞いてもわかる まいと思われたが、(仲麻呂が) 言葉の意味を、( 9 ) でおおよその内容を書き出して、日本の言葉を習得し ている人に説明したところ、(かの国の人々も) 歌の心 情がわかったのであろうか、たいそう意外なことに賞 賛したそうだ。唐の国とわが国とは、言葉は違うけれ ども、月の(10)は同じことであるはずだから、人 の心も同じなのであろう。 さて今、その昔を思いやって、ある人が詠んだ歌は、 都では出るのも入るのも) 山の稜線に見た目で あるけれど、(ここでは)波から出て波に入ること よ。

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