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英語 高校生

チャレンジ(6)について質問です。  そのDVDを見終わったら の部分を when you finished watching it と、しては駄目なのでしょうか。 なぜここで現在完了形が使われるのでしょうか

STEP 2 次の日本文に合うように、( )に適語を入れなきい。 father comes home. (②)次のドイツを訪れれば、彼女はそこへ5回行ったことになるだろう。 She ( been there five times Lyrice visits Germany next spring. (3) 私は次の6月で日本に住んで5年になる。 years next June. 終えるまで待ってください。 Please wait untill ( ) to bed by the time my Q2 次の日本文に合うように、 in Japan for five (1) 明日までには雨はやむだろう。 (stopped/it/by tomorrowroom_/wili ). (2) もう1冊本を読めば、私は今10のことになる。 I ( this month/ will/if/have read/1/ten books) read another book. (3) 私の祖母が亡くなって、来年で16年になる。 My grandmother ( dead/for/been/have/16 years/will) next year. Challenge 次の日本語を英語に直しなさい。 (1) あなたは今までに流れ星を見たことがありますか。 (shooting stari. (2) ケビン(Kevin)は日本にどのくらい住んでいますか。 (3) サキは今朝からずっとピアノの練習をしている。 (4) 私は彼から聞くまでにすでに試合の結果を知っていた。 彼らは明日の今ごろはパリ(Paris)に到着しているでしょう。 (6) そのDVDを見終わったら、私に貸してください。

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古文 高校生

京極中納言相語の質問です。上段では寂蓮入道は勅ばれる側だったのに急に下段では撰ぶ側になっているのですが何故ですか?勝手に立場が代わられたら主語を取るのが大変です。

和歌は、ただ初めの五字(=初句) から終わりの七字(=結句) まで、そうだそうだと思われることを詠んでいるものがよいので ある。寂蓮入道の歌に、次のような歌がある) 尾上より…...=山の峰から門前の田んぼまで吹き通って来る 秋風にのって、稲葉の上を吹き渡ってくる雄鹿の声よ (作者寂蓮はこの歌について) 格別に自分でも感嘆する気持ちが あって、『千載集』が選ばれたとき、どんなことがあっても入集す るはずの歌だという旨を申し出たのだが、撰者(=藤原俊成)は、 「(趣向の)おもしろい歌である。 この歌は道理に合わないわけ ではないが、後代の和歌を損なうような歌である。入集すること はできない」と申し上げなさったところ、 作者 (寂蓮)は、「その ままこの和歌一首を入集させたとしても、なんの不都合もあるま い」ということを、泣きながら申し上げたので、私(=藤原定家) の推薦枠として入集を申し入れ実現をみた。 ところが、最近、「海 辺の鹿」という題の歌)に、「松の枝もるさを鹿の声」とありま したのは、この(寂蓮の作品と)同じ趣向でありました。 「月だに 「つらき浦風に」といっているその「浦風」という言葉だけが海辺 に関わるものですが、 そのほかは「海」を指すものは何もない。 また、「松の枝もる」などとあります下の句も、鹿の声はどうして 松の木の枝をもれてくるのか、納得しがたい。そのころ、 (藤原) 家隆の歌に、 時雨ふる….……..=時雨の降るころになると、雄鹿の表面の毛に ある星(=白い斑点)も、まっ先に冬毛に変わるためにいろ つやがなくなり曇って見えることだ とあったのを、作者(家隆)は、うまく詠んだとお思いになって いたが、(俊成) 入道は、「これも理屈は通っている。 (鹿の毛が) 冬毛に変わるころに、表面の毛の星(=白い斑点)が曇っている というところは(趣向が) おもしろい」と言われたが、優れた歌 であるとはなさらなかった。 そういうわけで、(和歌は)どうあっ ても趣向のおもしろさをねらうべきものではないと(私として も)思うのです。加えて、(父俊成が寂蓮の歌について、後 代の) 歌を損なうだろうと申し残されたことが「松の枝もる」に ついても)当てはまるのである。 「稲葉を渡る」「松の枝もる」と いう言葉によっておのずから理解されるのである。

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