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日本史 高校生

この後三条天皇の話から延久の荘園整理令から最後まで全く理解できなくてわかりやすく教えてくださる方がいるとありがたいです。 今週定期テストなんですけど流れや理解できないと暗記できなくてすいません🙇🏼‍♂️

公領主 No.0501 院政と平氏の台頭 (1) 教科書 p.76~80 年組 番名前 (1) 後三条親政 藤原氏のいうこときかなくてもいい 天皇 後三条天皇 母方のおじいちゃん と 即位(1068 年)摂関家(藤原氏)を外戚とせず ※大江匡房らを登用し, 自由な立場で政治を刷新 本家 えんきょう 朝廷 (本所) 2延久の荘園整理令 (1069年) 国司 ○内容 きろく しょうえんけんけいじょ 「目代 在庁官人 3 記録荘園券契所 郡司司保司 領家 所 預所代 下司・公文 (記録所)を設置,審査 名主 百姓 (田) 下人所従 在地領主 ate ( ・寛徳2年(1045年) 以後の新立荘園停止 同年以前の荘園でも,国務の妨げとなるもの, 立券不明なものを停止 いわしみずはちまんぐう ※摂関家の荘園も整理の対象とする徹底した整理 例: 石清水八幡宮領13カ所を停止 →①かなりの成果をあげ、国衙領が回復, ②荘園公領制が成立 せんじ ます 4宣旨升 しょうえんこうしょうせい の制定・度量衡の統一 ④荘園公領制・・・荘園と公領(国衙領) が並立する土地領有の体 ○公額(国衙領)・郷・保に再編→荘園と並ぶ所領単位に 個人の土地 図の土地 15 ぐんじ ごうじ ほし ◎国、都里(奈良時代) 国、郡郷保 →国司が開発領主を郡司・ 郷司・保司に任命、徴税を請け負わせる みょう ○荘園・公領の内部構造… 名が耕地の大部分を構成→田堵など有力農民に割り当てる →田堵がしだいに権利を強めて →作人や下人に耕作させ、年貢・公事 夫役を領主へ納入 (2) 院政の開始と展開 ちてん きみ • 5名主 ・農民のこと となる 後年、公事、夫役 院をスタート 1086 ①院政時代・・・上皇は治天の君とよばれ、実権掌握 O ○ しらかわ (院政 1086~29年)…堀河天皇に譲位,政務後見 (1086年) 6 白河上皇 7 鳥羽上皇 (院政1129年~56年) 8 後白河上皇 (院政1158~79年、1181~92年) (=院政の開始)

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数学 高校生

なぜ2の最後って積で確率を求めるのですか?

422 重要 例題 56 図形上の頂点を動く点と確率 0000 円周を6等分する点を時計回りの順に A, B, C, D, E, Fとし, 点Aを出発点 として小石を置く。 さいころを振り, 偶数の目が出たときは2, 奇数の目が出た ときには1だけ小石を時計回りに分点上を進めるゲームを続け、最初にAに ちょうど戻ったときを上がりとする。 (1) ちょうど1周して上がる確率を求めよ。 (2) ちょうど2周して上がる確率を求めよ。 指針 さいころを振ることを繰り返すから, 反復試行である。 (1) 1周して上がる → 偶数の回数m, 奇数の回数nの 方程式を作る。 [北海道] 基本52 重要 例題 さいころを続け 率は100 6 数 指針 (ア) 求め (イ)確 pk+1 かし や CH ..... 1,2をいくつか足して6にする。 F 偶 1周目にAにあってはいけない。 E BAはともに5だけ進むから,同じ確率になる。 D (2) 2周して上がる ...... A → F, F → B, B → A と分ける。 このときA→Fと (c) (1.4)のとき 2m+n=6 (1) ちょうど1周して上がるのに, 偶数の目が回 奇数の目がn と 解答 (m,nは0以上の整数) よって (m, n)=(0, 6), (1, 4), (2, 2), (3, 0) これらの事象は互いに排反であるから, 求める確率は ①②③④⑤ 43 ぐききき 5! [14] (2,2)のとき 2 +oC(1/2)(1/2)+(1/2)^(1/2)+(1/2)=1 64 回出ると (2) ちょうど2周して上がるのは,次の[1]→[2] → [3] の順に進む場合である。 [1] A から F に進む5逾[2] F から B に進む (A には止まらない) [3]BからAに進む進む (1) と同様に考えて, [1] ~ [3] の各場合の確率は ①②③④ [1] 2m+n=5から き この場合の確率は (m, n)=(0, 5), (1, 3), (2, 1) E (1/2)+(1/2)(1/2)+oca(1/2)(1/2)=3/2 [2] 偶数の目が出るときであるから,確率は 2.2 [3] 確率は[1] と同じであり よって, 求める確率は 21 × 32 21 23 12 +C 12 [3] BからAに進むと 21 441 5だけ進む。 これは [1] のAからFに進む (5 け進む)のと同じであり × 32 2048 確率も等しい。 さいこ 答 確率を 答 OES ここ PR- Þ 両 練習動点Pが正五角形ABCDE の頂点 A から出発して正五角形の周上を動くものと © 56 る。Pがある頂点にいるとき, 1秒後にはその頂点に隣接する2頂点のどちらか それぞれ確率 1/12 で移っているものとする。 (1)PがAから出発して3秒後にEにいる確率を求めよ。 練習 5 57 (2)PがAから出発して4秒後にBにいる確率を求めよ。 (3)PがAから出発して9秒後にAにいる確率を求めよ。 [類 産能大

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数学 高校生

なぜ(2)の答えの最後ってかけるのですか?

422 重要 例題 56 図形上の頂点を動く点と確率 0000 円周を6等分する点を時計回りの順に A, B, C, D, E, F とし,点Aを出発 として小石を置く。 さいころを振り, 偶数の目が出たときは2,奇数の目が出た ときには1だけ小石を時計回りに分点上を進めるゲームを続け,最初に点A ちょうど戻ったときを上がりとする。 (1) ちょうど1周して上がる確率を求めよ。 (2) ちょうど2周して上がる確率を求めよ。 指針 さいころを振ることを繰り返すから, 反復試行である。 (1) 1周して上がる 1,2をいくつか足して6にする。 F → 偶数の回数m, 奇数の回数nの方程式を作る。 (2) 2周して上がる ・・・・・・ 1周目に Aにあってはいけない。 A→F, FB, B → A と分ける。 このときA→Fと BAはともに5だけ進むから、同じ確率になる。 E (1) ちょうど1周して上がるのに, 偶数の目が回奇数の目がn (t) 4)のとき と 解答 よって きききき 5! 1141 2.21のとき 2m+n=6 (mnは0以上の整数) (m, n)=(0, 6), (1, 4), (2, 2), (3, 0) これらの事象は互いに排反であるから, 求める確率は 43 (1/2)+(1/2)(1/2)+(1/2)(1/2)+(1/2)-47 【北海道大) 回出るとする (2) ちょうど2周して上がるのは,次の[1][2]→[3] の順に進む場合である。 [1] A から F に進む[2]F から B に進む (A には止まらない) [3]BからAに進む進む2891 (1) と同様に考えて, [1] ~ [3] の各場合の確率は 例題 57 重要 例 「さいころを続けて 率は 100 Ck × 6100 指針 (ア) 求める (イ)確率 +1 と かし,砕 や階乗 CHAR 解答 さいころ 確率をか ここで Dk+1 ① ② ③ ④ [1] 2m+n=5から (m, n)=(0, 5), (1, 3), (2, 1) PR 両辺 ぐぐきき +4C1 この場合の確率は1/2)+.(1/2)(1/2)+(1/2)^(1/2)=13/12 C これ 41 2.21 [2] 偶数の目が出るときであるから, 確率は 1 よっ [3] BからAに進むとき [3] 確率は [1]と同じであり 23 21 DE 32 よって, 求める確率は 21 1 21 441 × 32 2 32 2048 5だけ進む。 これは [1] のAからFに進む(5だ け進む)のと同じであり、 確率も等しい。 練習動点Pが正五角形ABCDE の頂点 A から出発して正五角形の周上を動くものとす ⑨ 56 る。Pがある頂点にいるとき, 1秒後にはその頂点に隣接する2頂点のどちらかに それぞれ確率 1/3で移っているものとする。 (1)PがAから出発して3秒後にEにいる確率を求めよ。 (3)PがAから出発して9秒後にAにいる確率を求めよ。 (2)PがAから出発して4秒後にBにいる確率を求めよ。 〔類 産能大] PR+ こ 練習 ⑤ 57 よし

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現代文 高校生

愛知医科大学看護学部の公募推薦の過去問です。 答えがないので、答えを出して欲しいです。お願いします🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️

国 びまん 令和六年度 看護学部学校推薦型選抜(公募制) 基礎学力試験問題用紙 囲 次の文章は、一九九〇年に出版された山崎正和の『日本文化と個人主義』の一節です。この文 章を読んで、後の問に答えなさい。 文化は、これまで国家や民族という観念と強く結びついてきた。そして、人間の歴史を振返っ てみると、不幸なことに国家や民族の自覚はつねに対立抗争の意識とつながってきた。ひとつ の社会のなかで、個人もまたお互いに争うことがあるが、とりわけ国家や民族は、お互いに争う ことで自分自身をつくりあげてきた。その結果として、文化という特性はただの個人の特性以上 に、とかく他者との比較、対立の観点から考えられがちになる。じっさい、今日の経済マサツ や、つい近年までの世界戦争の現実を振返ってみても、ひとが自国の文化、他国の文化をあげ つらうときには、つねに何らかの意味の優越感や、国家主義的な自己主張の意識が伴っていた。 そして、そういう優越感が、たとえば敗戦といった現実によって崩れたとき、今度は極端な自己 卑下が社会に瀰漫するという事実は、多くの日本人の記憶に新しいことだろう。 こうした事情からして、文化論には、1二つの避けがたい危険な傾向が伴っているといわねば ならない。その第一は、過剰な特殊化の危険である。文化を考える場合には、他民族、他国の文 化と比較して考えがちであるので、どうしても両者の共通性よりは、ひとつの文化の異質性を強 調して考えることになる。 つい昨日まで文化的に じっさい、日本の場合、過去の文化論はしばしば民族主義や国粋主義と手を結びがちであった イクセプショナリズム し、アメリカの場合でも、アメリカ文化の「例外主義」という思想が、長らく見え隠れに受け 継がれてきたようである。ユダヤ人の「選ばれた民」の意識、ドイツ人の民族的な使命感といっ たものは、自国の文化を過度に特殊化し、他国との違いを強調することから生まれてきたが、 ③こうした使命感はいったん裏返ると劣等感に変貌する。 高村光太郎という詩人は、若いころフ ランス留学から帰って、日本の国の貧しさとその精神の狭さを嘆いて、「根つけの国」という自嘲 的な詩を書いたことがあった。しかし、彼が本性において強烈な愛国主義者であり、第二次大戦・ 中には過激な祖国讃美の詩を書いたことは、同時代を生きた日本人なら誰もが知る事実だろう。 とかく異文化との劇的な接触は、精神の単純な人物にとっては、自国の文化について過度な自尊 心を誘い出すか、逆に過剰な劣等感を刺激するものであるようにみえる。 そして、いずれの場合でも、そうした特殊化は、個人が自分の存在や行動について振返るとき、 奇妙に気持ちを安らがせてくれる支えになる。自分とは何か、7自己の実質は何かということは、 もともとたいへん難しい問題であり、簡単には答えが出ないものであるが、ひとは生きるために その答えを欲しがりがちである。そのさい、いちばん安易なやり方は、自分がどういう仲間に属 しているかを実感して、それを語ることで自己の中身を言い表わすことだろう。そして、自分 がどういう仲間に属しているかを振返るとき、その仲間の範囲が狭くて、他の集団と対立してい ればいるほど、自分自身の世界のなかにおける位置は明確になる。ここでもまた、文化論のひず みというものは、人間性の悲しい弱さに深く根ざしているといえそうである。 【

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