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世界史 高校生

歴史 答え教えてください🙇‍♀️

ごかい? とうかいどう ・五街道/東海道 なかせんどう ②中山道 おうしゅう 4甲州道中 5 奥州道中 にしまわ ・西廻り航路 ひがき 菱垣廻船・樽廻船の航路 江 はこだて にっこうどうちゅう 200km 箱館 ③日光道中 ・東廻り航路 チャレンジ まつまえ りゅうきゅう えそち 松前 江戸時代に、琉球で蝦夷地 はちのへ その他の航路 青森 八戸 こんぶ の昆布を消費した記録がある。 秋田 0 みやこ 日本海 宮古 気仙沼 佐渡 いのま せんだい 石巻 仙台 小 新潟 しらかわ 輪島 隠岐 日光の 白河 5 富山 30 くに うつのみや 宇都宮 -朝鮮通信使の 通った航路 京都 名古屋 単府 江戸 ふくやま つしま 対馬 はぎ 広島 福山 大坂 下関 さかい ひらど はかた 博多 堺 山田 「和歌山 やまだ ともだ 下田 けせんぬま ちょうし 銚子 地図を見て、 流通経路につい て説明した下記の文章の空欄 に適語を記入しよう。 蝦夷地で採取された昆布は酒田 を経由し、(A廻り航路) で大坂へ運ばれた。 また, 琉球へ は(B薩摩)から運ばれた。 さかた 太 平 手 ** この航路は近年「昆布ロード」と もよばれている。 ちょうせん 朝鮮 しん 清・オランダ 鹿児島 8 からの航路 りゅうきゅう 琉球からの. 使節の航路 またねがしま 3種子島 K- ◆江戸時代の交通 学習課題をもとに「確認」「説明」に答えてみよう。 確認 きょてん 江戸時代の日本において, 水上・陸上交通の拠点となった都市を本文や教科書p.23 図2から三つ書き出そう。 説明 江戸・京都・大坂 「 日本がその後急速な近代化を遂げるにあたり,一番重要だったと思う要因とそのように考えた理由を説明 しよう。

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古文 高校生

帝のセリフの中の敬意対象は全て帝でいいのですか?

例:(聖モ)無常を心にないだ (聖も) 無常を心にかけていらっしゃったとうかがう。 二 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。(一部省略) くわさ 延喜の、世間を作法したためたまひしかど、過差をばえしづめさせ 醍醐天皇は 世間の風俗習慣をお取りしまりになったが 過度のぜいたくを抑えなさることが さうぞく たまはざりしに、この殿、制を破りたる御装束の、ことのほかにめで できないでいらっしゃった時に、左大臣時平公は うち 2) てんじゃう たきをして、内に参りたまひて、殿上にさぶらはせたまふを、帝、 宮中に 殿上の間に こじとみ しきじ 小蔀より御覧じて、御けしきいとあしくならせたまひて、職事を召し 蔵人 いち 臣下の最高位 びん て、「左のおとどの、一の人といひながら、美麗ことのほかにて参れる、 便なきことなり。はやくまかり出づべきよし仰せよ。」と仰せられけ 不都合なことである れば、承る職事は、いかなることにかと怖れ思ひけれど、参りて、わ ( かしこま ななくわななく、「しかじか」と申しければ、いみじく驚き、畏り承 りて、急ぎまかり出でたまへば、御前どもあやしと思ひけり。 先払いの者たちも不思議なことだと思った ひとつき さ さて、本院の御門一月ばかり鎖させて、人などの参るにも、「勘当 時平公は家の門を おとがめ 重ければ」とて、会はせたまはざりしにこそ、世の過差はたひらぎ なくなって たりしか。うちうちによく承りしかば、さてばかりぞしづまらむと みこころ て、帝と御心あはせたまへりけるとぞ。 こんなふうにしてこそ (大鏡)

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古文 高校生

弁内侍日記の質問です 写真の赤線の部分「殿上の壁にうしろ用意して居給へり」 の訳として「殿上の間の壁に背をつけていた。」となるのですがどういう思考でこの訳になるのか教えて欲しいです。

かゆ 第二問 次の文章は、宮中で粥を奉る行事が行われる、正月十五日の出来事と、その後日談である。これを読ん で、後の設問に答えなさい。 正月十五日、月いと面白きに、中納言典侍殿、人々誘ひて、南殿の月見におはします。 月華門より出でて、 何となくあくがれて遊ぶ程に、油小路面の門の方へ、直衣姿なる人の参る。 「いと更けにたるに、誰ならむ。 皇后宮大夫の参るにゃ」など言ひて、端へ入りて見れば、権大納言殿なり。いと珍しくて、兵衛督殿、台盤所 にてひらひ給ふほどに、「まことや、今日は人打つ日ぞかし。 いかがしてたばかるべき」など言ひて、「出 で給はむ道にていかにも打つべし。何方よりか出で給はむを知らねば、彼所此所に人を立たせむ」とて、まし あしここ こめいち きりみす みづ・すむつる、昆明池の障子のもと、御湯殿の長押の下の一間に勾当内侍殿・美濃殿、切簾のもとに中納言 典侍・兵衛督殿、年中行事の障子の隠れに少将・弁など窺ひしかども、暁まで出で給はず。いとつれなくおぼ すけやす えて、資保の少将して、何となきやうにて見すれば、「殿上の小庭の月ながめて立ち給へる」と言ふ。兵衛督 くしがた 殿、日の御座の火ども消ちて、櫛形よりのぞけば、殿上の壁にうしろ用意して居給へり。 「かくしなしけむも 妬し」「何とまれ、杖に書きつけて、櫛形より差し出ださばや」など、さまざまあらます程に、夜も明け方にな りぬ。いかにも叶はず。つひに油小路の門の方より出で給ひぬと聞くも、かぎりなく妬くて、白き薄様に書き て、杖先に挟みて、追ひつきてつかはしける、 少将内侍、 打ちわびぬ心くらべの杖なればつきみて明かす名こそ惜しけれ 返事、権大納言、 打ちぶる心も知らで有明の月のたよりに出でにけるかな

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