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英語 高校生

この英語の正誤判定の10問の答えが無くて困ってます…誰か、この10問答えを教えてくれないでしょうか?よろしくお願いします

第1 与えられた文に対する説明として正しくないものを, 下から1つ選べ。 (1) People hit by the lack of jobs crowded around the city hall. [ 1 ] ① この文は第1文型である。 ②この文のV (途語動詞)は, hit と erowded の2つである。 ④ hit は過去分詞である。 ① around the eity hall は, erowded を修飾する副詞句である。 (2) The reason why I married her was (a)that she had got me to believe (b)that she had a large fortune. [ 2 ] ① この文は第2文型である。 ② 下線部(a)の that は名詞節を作る。 ③ 下線部(b)の that は名詞節を作る。 ① 下線部(a)のthat が作る節に含まれるのは,believe までである。 (3)(a)Thinking that you know when in fact you (b)don't is a fatal mistake (c)which we all tend to make. [ 3 ] の 下線部(a)のThinking は, 動名詞である。 2 下線部(b)の don't の後には, make が省略されている。 の 下線部(c)は、 mistake を先行詞とする関係代名詞である。 0 この文は,第2文型である。 It may be considered improper for young businessmen (a)to Suggest ideas (b)that differ experienced members of the business. [ 4 ] 0 下線部(a)の to suggest は, 名詞用法の不定詞である。 ② 下線部(b)の thatは, 関係代名詞である。 の 下線部(c)の those は, people の意味である。 02行目のカンマは, older と more experienced とを並列の関係で結 びつけている。 (5) The huge amounts of carbon dioxide contained in plants of rain forests (a)and (b)released during cutting (c)them down contribute significantly to the "global warming" crisis. [ 5 ] の 下線部(a)の and は, contained を結びつけている。 from (c)those of older, more forests と released crisis と

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生物 高校生

答えがないので、回答が間違っていたら教えて下さい。 【3】の(3)はわからないので教えて下さい。

により 素固定 マメのなかまの植物の根に共生している機 や、細 (ア (4]人 う。 谷問いにんよ。 (N)は空気の約き割を占めるが、 多くの植物はこれを直接利用することはできた かし、 北の組菌 豚のンアノバクテリアは、宝志ガスを取り人れてアンキニウ ムに遅元することができる。 物は、土中の(A定)をから吸収し、これらを原軽として売を含むアミノ酸を合 ましている。これは、から吸収された(A)はそのまま, (B)は(A)に還元されてから、いくつ かの過を終ていろいろなアミノ酸がつくられる。 アミノ酸は多数材合してa)となる。ま た。アミノ酸はなど重要な有機素化会物を合夜するときの原料となる。 動植物の遺体や排出物は上壌中の細強や歯類のはたらきで分解され, 家素は(A)となる。 (A)は登団酸置や組酸菌などのCMにによって(国)となり。再び植物に利用される。 43)の一部 は、上確中の脱室素銀値のはたらきで密煮ガスに分解され大気中に戻される。 (1)文中の空備A (に適当な治句を記入せよ。 (2) 文中の空欄(a), b)にんる適当な敵句を次のアーカより選び, 記号を答えよ。 授業フリント 生個系 と。 人間が除素を工業的に固定して生産した化学料が、 素 のバランスを ある。 [3] 次の文を読み、 下の問いに答えよ。 空素は、生物体のタンパク質や核酸などの構成物質として重要である。 しかし、 を生ま 生産者である植物の多くは、大気中の空素を直接利用できない。 は、 生系における 循環を模式的に示したものである。 アデンプン エ)スクロース イ)クンパク質 オ 防酸 ウ)セルロース カ 核酸 (DNAやRNA) (3) 下線部-のはたらきを表す適当な語句をそれぞれ答えよ。 (42 下線部1のはたらきをする脚菌を2つ答えよ。 大気中· 水中の窒素 確酸イオン B 野o円 石化 8 A No 肥料 9 (ま) 3 10 b 水中 2 業国定宇業同化」あ告イ) (4)オンジュモ (2 遺体- 排出 ネジ 9 9 アンモニウムイオン, 硝酸イオンなど← (1) 図中の の 5) にあてはまる生物名を、 それぞれれ1つずあげよ。 図中の矢印6~①の作用に適する語句を, 次のア~ケから選び、記号を書け。 ア、窒素同化 カ。 被食 イ、光合成 ウ、工業的家素固定 エ,分解 ケ、死亡、枯死排 オ。脱家 キ、呼吸 ク.宝素固定 (3) 生能系内の物質の流れとエネルギーの流れの違いを説明せよ。 その際、 変換されるエネ ギー名についてもふれること。 の 3) な教菌 タイズ インジュモ オ 9) の 22

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現代文 高校生

現代文の問題です。私は(二)を選んでしまいました。解説には、選択肢の右隣に青でバツを着けたところが、誤りとしか書かれていなかったので、詳しい解説が知りたいです。よろしくお願いします🙇🙇🙇

ロボットだけかもしれない。 9実はハーバード·ビジネス . スクールの教授であるデービッド.A.モスは、アメリカ政府が、福祉的政策ではなくて、リ スクマネジメント的政策をとってきたことを指摘している。それは、いわば自由な人間を、保護すべき人間として扱ってきた 歴史でもある。それは、4三期に分かれる。 一第一期は、一九○○年以前で、ビジネスに対する保障を目指していた。第二期は、一九○○年から一九六〇年で、労働者に 対する保障を目指していた。第三期は、一九六○年以降で、すべての人に対する保障を目指していた。第一期は、有限責任制 度によって、企業の倒産時にその企業の所有者である株主の責任を限定した。個人株主を保護して、投資を呼ぼうとした。 二期は、労働者に対する保険の支払を、労働者から雇用者に転 aガした。働いている労働者がミスをして怪我をしても、その 責任を使用者、経営者に負わせる仕組みである。「第三期が、製造物責任で、事故リスクを一般市民、消費者から製造者に転カV した。どれも弱いものを助けるという観点からはそれなりに否理的ではあるが、古くからの責任の理解とは泥離してきている。 しかも、第一期と第二期においては、弱い者が特定の人であり、その人を助ける者も何らかの利益を得るという意味でまだ 納得がいくが、第三期では、すべての人のリスクを、つまり複雑な人工物の事故の責任を製造者、メーカーに負わせることに s c を持っていて、しかも、メーカーが負うには実際上、大き過ぎる責任となっている。 (工物 の事故は複雑で、原因を厳密には特定できない。だとすれば、単純に誰かを非難することはできない。しかし一方で、 損害を受けた被害者が泣き寝入りをせよと言うのも、何かおかしい。問題は誰に責任を帰すかということだ。原因となった当事 旨が分からず、帰責できないのであれば、賠償できるだけのお金を持っているとか、帰責しても非難を浴びにくいといった要素 が考慮されることになる。その対象として浮かび上がったのがメーカー、企業、法人である。そして、実際、そういう仕方で対一 なっ 処されるようになった。

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現代文 高校生

現代文の100字要約の問題です。 上手くまとまらず、悩んでいるのでわかる方教えていただきたいです。

現代文の文章ですが、松尾芭蕉以降の近世の世界観を逃 さてここで、「山吹や蛙飛びこむ水の音」に戻ろう。このようにかはづの和 歌の歴史を見てくると、「山吹」「かはづ」「水」という組み合わせはさほど不 思議ではない。しかしここにはすでに、和歌の観点から見た場合、重大な欠落 がある。それは「鳴く」という言葉の欠落だ。連歌集である『蒐玖波 集』の 歌でさえ、「なにごとのあらそひか有る鳴く蛙」と、かはづは鳴くことになっ ている。しかし芭蕉はかはづを鳴かせなかった。「蛙飛びこむ水の音」という 着想だけでも、これは和歌の言葉を通して見た自然ではなく、その隙間を縫っ て芭蕉自身が発見した新しい自然だった。かはづは鳴かない。なんと、ぶざま にも水に飛び込んだのである。そして山吹の問題だ。其角は和歌の歴史から 言って当然のように山吹をつけた。なにしろかはづが鳴かないのだから、せめ て山吹でもないことには歌の道に連なることができない。しかし(芭蕉は即座 にそれを退け、やがて「古池や」に至ったという。結果としてここに、「山吹」 も「清流」も「鳴く」も無い、無いものだらけのかはづの句ができた。千年の あいだ続いたかはづの自然は、ここにあとかたも無く崩壊したのである。 それにしても、このような和歌の歴史の中で考えてくると、なんと革命的な 句なのだろう。単に和歌で必須とされる要素が無い、というばかりではない。 鳴く」に対して「 I」が対時され、「声」に対して「 Ⅱ 時され、「清い」に対して「一 D の文章を読み、あとの設問に答えよ。 芭蕉は「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」と言ったという。『三冊子』 はこの言葉について、「X私意をはなれよといふ事也」と書きとめている。魔 末保は、このようなことが言われるには、「松が、まさにそこにある松、つま り、 即物的に接することのできる松として出現しはじめた時代だという前提が なければならない」と論じた。これは「江戸時代にとって自然とは何であった か」という問題を考える上での根幹である。我々の時代はすでにそういう時代 が始まってから久しく、物は「即物的に」物でしかないのが当たり前になって しまった。そうでなければ、これほど環境は悪化しないし、これほど多くの物 が平然と消費され捨てられたりはしない。それゆえに、近世という時代が始 まって間もなく、芭蕉や西鶴や近松に何が起こっていたか、よほビ自夏刀b かせなければ理解できないのである。(中略) A自然はすでに近世において、ただの樹木や石や水という「物」になってし まった、と考えられる。それまでは表現するだけで自然の力を感じさせた雅語 (たとえば和歌の言葉)や雅の絵画(中世山水画など)さえももはや力を持た ず、貨幣経済の中でひたすら自然が消費されていくようになった。遊山を描く 扉風絵や旅を書きつける旅行記などは、まさにそのような消費対象としての 自然(自然の俗化)を調歌しているわけだが、同時に、このような「物」とし ての自然の出現は、新しい文学をもたらすことにもなったのである。 芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」の句は、作られた時のことが「葛の松 原』に書かれている。『野ざらし紀行』の旅を終えて江戸に戻って一年ほど後 のことだ。旧暦三月の暮れ、江戸の郊外に遊んだ。雨が静かに降り、風柔らか に吹き、ときたま蛙が水に飛び込む。芭蕉は「言外の0フゼイこの筋にうかび て、蛙飛びこむ水の音 といへる七五は得給へりけり」という。このとき芭蕉 は七五のみ想い浮かんで、上の言葉は浮かばなかった。するとそこにいた其角 小、上を付けた。それが「山吹や」である。ここに、「山吹や蛙飛びこむ水の 昔」という発句ができあがった。この其角の案はもっともで、まさに和歌に連 なる句の世界としては、まっとうな作だった。そしてそこには、Bまだ近世の 俳人たちを支配していた自然観がかいま見える。 『万葉集』にいう。「かはづ鳴く清き川原を今日見ては何時か越え来て見つつ 偲はむ」||かはづは必ず清い川、澄んだ水にいる。そしてかはづは必ず「鳴 く」。澄んだ水でないと生息しない蛙のうち、和歌の世界でその美しい鳴き声 が詠まれるのはたった一種類、かじか蛙だけである。『万葉集』に始まった 「かはづ」の歌は、つまりかじか蛙だけのための歌であり、そうであるからに は「澄んだ水、清流」そして「鳴く」という二つの言葉が不可欠だったのであ る。「かはづ鳴く神名火川に影見えて今か咲くらむ山吹の花」 は、神社のある場所の川のことをいう。ここでは飛鳥川か竜田川だ。この歌に は山吹の花が出現する。「清流」「鳴く」「山吹」の三つの言葉がこうして、「か はづ」とセットになって現れるようになる。「かはづなくるでの山吹ちりにけ り花のさかりにあはまし物を」 |これは『古今和歌集』の歌だ。井出の玉川 は山城の国の川のことだが、「玉川」は清流を意味する。川は清流でなくては ならず、水は、常に流れて水を入れ替える=でよくてはよう!よい。「匹こよく pv しゅう が対 日 」が対時され、「流れる川」に対して 」が対時されたのである。古池とはどんな池だろうか。まず流れな い。水が入れ替わらない。澄んでいない。その底には、枯れ葉や木の残骸や動 物の死体が腐って堆積し、間違いなく濁っている。その周辺には苔や菌類や古 木や下草がいつも濡れてじっとりと生きていて、数え切れないほどの生命が地 を這っている。古池とは歴史の堆積であり、生命のるつぼなのだ。そこに蛙が 飛び込めば底の堆積物は一気に舞い上がり、水はさらに濁るだろう。かじか性 がそういう環境に暮らせるはずがなく、ここに登場する蛙はがま蛙や殿様蛙 牛蛙など、そのあたりで庶民が日常的にみかける生命力旺盛な蛙に違いない。 Vト さらに言えば、古池が川と違うところは、ふだんはじっと動かないところ だ。まるで川は我々人間の意識の流れのようであり、古池は我々人間の無意識 の堆積物のようである。みじろぎもしないその濁り水に突然一匹の蛙が飛び込 む、というその一瞬に起こるハモンのざわめきは、記憶の堆積と無意識に起 こるざわめきのようだ。何が起こったのか。周知のように禅では、座禅の際に このざわめきを意図的に起こす。p意識によって隠された連関への目覚めをも たらすためである。 芭蕉はこの句から、風雅の道を見つけたと言われている。すなわち、蕉風の 確立である。蕉焦風では、言葉の革命と新しい境地の創造が、確かにあった。そ トトキA+ -神名火川と れは、和歌の言葉の背後に隠された自然を、詩の言葉として発掘するというこ とだった。「木のもとに汁もなますも桜かな」 ーごく日常的な食べ物の出現。 J るャ 了東風々に糞のいきれを吹きまはし」 ふがん人のうしろむき」 -排池物も詠まれる。「団扇もて -まるで浮世絵のように、俗世の人の姿を捉える。 うぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれか うたをよまざりける」と、『古今和歌集·仮名序』にも言う。もはやかはづは 驚と同じくらい、和歌の世界のスターとなった。それもその美声ゆえであっ た。いったんスターとなったからには、代表的な和歌の集に登場し続ける。 海くれて鴨のこゑほのかに白し」||思い切りのいい不定形。声が色とL て眼に見える。和歌の言葉の繰り返しの中で日本人の脳裏に形成された定型E 自然観は、このように次第に崩れてゆき、江戸時代になってそれは新たな自 世界を構成することになった。私たちの今日の自然観は、和歌のそれではな~ 俳譜の自然観にずっと近い。 傍線部 a.bの漢字の読みを記せ。 (日留) (田中優子『江戸の自然,

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