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古文 高校生

解き方を教えて下さい

助動詞 ⑩ 助動詞総合 ① 過去連体形 形 存続 連用 あした 雪のおもしろう降りたりし 人のがり言ふべき事ありて文をやるとて、雪のこと何ともいはざりし返事に、「この雪いか のある様子で ある人のもとへ 手紙をやろうとして、 ひとふで が見ると、一筆のたまはせぬほどの、ひがひがしからん人のおほせらるる事、聞き入るべきかはかへすがへすくちをしき御 聞き入れることができようか。ほんとうに おっしゃらない 情趣を解さない おっしゃる 情ない こころ 心なり」と言ひたりしこそ、をかしかりしか。 A11 今は亡き人なれば、かばかりの事も忘れがたし。 なので これくらいのこと 意味の見分け 20 次の傍線部の助動詞の意味と活用形を答えよ。 意味 活用形 311 市 JA 11 Sex (徒然草・三一) 「体系古典文法」 45~18ページ ヒント ②推量・意志・可能以外 の「べし」で「べき」 +体言の時、「べし」 の意味は当然・義務の 場合が多い。 ④ 「のたまはせ」は「言 「ふ」の尊敬語「のたま はす」の未然形。「ほど」 は名詞。 「む」+体の形。 ⑥「おほせ」は「言ふ」 の尊敬語「おほす」の 未然形。 ⑦「御心」は名詞。 ⑧「言ひ」は、動詞「言ふ」 の連用形。 ⑨ 「をかしかり」は形容 詞「をかし」の連用形。 「しか」は、係助詞「こ その結び

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漢文 高校生

漢文、助詞の働きがある漢字をひらがなに直す問題について質問です。 画像の問題⑤について、模範解答は「孰」につく送り仮名を「レカ」としていましたが、私は「レ」としました。 「与」という漢字自身が係助詞の「カ」の働きをしてそう読ませているので、送り仮名につける必要はないのでは... 続きを読む

頭文字遊記文完大量で表示)に浸意して 次の キニ ハント し文に直しなさい。 加 粛 <貞観政要> を加えるのがよい。) 間礼於老子〈史記・老子韓非列伝> について今まさに老子に尋ねようとした。) たん すいノ 温水也。 <孟子・告子上> はちょうど渦を巻いた水のよ なものだ。) シトキ すべかラク クス ビラ 得意須尽 <李白 酒> 廻りになる時は、ぜひ厳守と きだ。) まさ ナル ノ 当如此也。<史記 高祖本紀〉 <史記・伯夷列伝> 死にそうになったとき、歌を作った。) 我言之 孟子公孫丑下> して私のためにこれを言わないのか、言え 所以玉也。 孟子公孫丑下> 有様を見かけない。) 1 ン IN ラ OFF いるたろ 実践 返読文字に注意して、次の①~⑦の白文に、書き下 し文に従い返り点・送りがなをつけなさい。 年易老学難成。 <朱熹偶成> せうねん お やす 少年老い易く学成り難し。 人無遠慮、必有近憂。 <論語・衛霊公> ひととぼ おもんばか な かなら ちか うれ あ 人遠き慮り無ければ、 必ず近き憂ひ有り。 病従口入、禍従口 出。 わざはひ 病は口より入り、 禍は口より出づ。 躊躇不能去。 <白居易・長恨歌> ちうちょ あた 躊躇して去ること能はず。 ⑤吾与徐公敦美。 <戦国策・斉策> われ じょこう いづ 吾と徐公と熟れか美なる。 <十八史略・西漢> ⑥不如因善遇之。 因りて善之を遇するに如かず。 これ <孟子・離婁上> 所欲与之、聚之。 する所は之を与へ、左をむ。 英語や古文で文法を学ぶように、漢文でも文法を学ぶ必要があります。 ただ、漢文は活用によって語尾変化するということがありません。文法 的事項は慣用的な句の形によって表されることが多いのです。そこで、 漢文の文法は普通「匂法」と呼ばれます。 次ページからは、この句法につ SKEL ③3③ 4 やまひ くち IT さ くち Date No. 私はキ 問題 解答 ズシモ 下し文・口 うしゃ

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日本史 高校生

室町時代の社会と経済活動について、本文をもとに、農業の発達にはじまり、それが何の発達につながっていったのか、その連鎖の過程が分かるように、160字程度でまとめなさい。(教科書P.106~107参照) 教えてほしいです。お願いします。

106 村や都市の住人たちは、どの ようにして生活を成り立たせて いたのか、考えてみよう。 水 石山寺蔵) 水車を設けて川から田に水を引いて いる。 WA M AMA GR TW SES MAMMAS A ③肥料やり (本)」,国立歴史民俗博物館に をまいている。 IS世紀末には、朝鮮から伝わっ 木綿の栽培が東海地方で始ま り、一般の衣服の生地として使 われ、のちには布やとし ても重宝された。 日本の鋼生産は15世紀初めに復 調して海外への主要な輸出品と り 15世紀末ごろには金鉱の 開発が始まった。 16世紀前半に は朝鮮からの技術移転により、 石見銀山などでの生産が本格 【化した [p.124]。 市では主から営業を許された 市座が設けられ、 その地の領主 に税をおさめる契約をした商人 のみに、営業が認められた。 3 室町時代の社会と経済活動 ②田植えの風景(背菜風俗 東京国立博物館蔵) 村ごとに、農民がそろって田植えを 行うようになった。 第2編 中世の日本と世界 室町時代は寒冷な気候の時期が多く、 15世紀にはし ばしば深刻な凶作や飢饉にみまわれた。 そのため、 なかで おくて 稲作では、各地の気候にあわせて早稲中稲 晩稲の品種が栽培され、竿 ばつや虫害に強い東南アジア原産の米(大唐米) も導入された。西日本で だいとうまい 農業・産業の 発達 は、米・麦・そば・野菜などの三毛作が登場し、庶民の食事を豊かにし かりそうもくばい しもごえじんぶんにょう さん いりあい た。 肥料として刈敷や草木灰が一般化し、 下肥(人糞尿)も使われ始めた。 しかし、人々が共同利用していた山野 河海などの入会地では、伐採や 用水をめぐる争いもめずらしくなく, 共通の利害を持つ人々は個々の社 園をこえて地域ごとに団結して協定を結ぶこともあった。 また, 手工業 の原料として、暴・・鮭・住胡麻・麻などの栽培もさかんになった。 漁業を専門とする集団が生まれ, 揚浜式の製塩業も普及した。 15世紀 前期には、 明や朝鮮に対する輸出品として銅の需要が増えたため、新し あげはま じゅよう い鉱山が数多く開発された。 にしじん はかな とうき 京の西陣や博多の絹織物をはじめ, 麻織物 綿織物 陶器・紙・酒・ 油などの生産が進み, 刀や農具をつくる鍛冶や鋳物業などの手工業もさ かんになった。 特に15世紀後期には、大きな窯の開発に成功した備前・ びんぜん から とこなめ 越前・瀬戸・常滑などで壺や腕などの陶器が大量に焼かれ、全国 信 に出荷された。 商業・流通の 発展 産業の発達につれて商業や流通もさかんになった。 ろくさいいち 市の開催日も増え、仁の乱後には月6回の六斎市 p.110 が一般化した。都市では常設の小売店 (見世物)が増加し、特定の商品だ けをあつかう専門の市場も生まれた。公家や寺社を所とする商工業者 の座も種類や数が増加し,一定地域内での仕入れ・販売の独占権や、領 内での関鈍免除の特権などを本所からあたえられた。 p101 産業や商品流通の発達とともに, 貨幣の流通もさかんになった。13世 せんのう だいせんのう 紀末から, 荘園では年貢の銭納化 (代銭納) が進み, 年貢にかわる銭をえ るために荘園の市場で作物が売却された。 逆に荘園領主は,納入された ばいきゃく たんせん むなべつせん きか によって、必要な商品を市場で購入できた。 また, 段銭棟別銭, 茜 土倉役など、銭納の税も一般化した。 ただし、宋銭や明銭などの渡来銭はつねに不足し、長期の使用による 破損もはげしかったため, 中国福建や日本各地で模鋳された銭が れつあく えりに 利用され始めた。 もっとも,それらの多くは劣悪な銭で, 撰銭 ( 銭の選 だいみょう。 6 別の対象となったので、 商取引が渋滞した。 そこで幕府や戦国大名は, くりかえし撰銭令を出して混乱をおさめようとしたが, 劇的な効果は望 めなかった。 また, そもそも銅銭は重くて運びにくく、 価値も一定しな かわし さいふ かもと やましろ いたくはんぱい。 かったので、為替や割符を用いた代銭納が好まれるようになった。 商品の輸送がさかんになるにつれて, 交通網も発達した。 近江国の大 津・坂本, 山城国の鳥羽・淀など交通の要地で, 馬借など運送業者が活 躍した。 物資の保管や委託販売を業務とする問(問丸) は, 馬借を支配し、 卸売り・運送や商人宿をいとなむ問屋に発展した。 幕府や公家・寺社は, 収入を増やすために多くの関所を設け、 商売物に税(関銭や津料)をかけ ることもあった。 といいま とい せきしょ ⑤機織り 喜多院蔵) 綿布は、 初 , めは朝鮮や中国から輸入されたが, 15世紀末に は、三河地方で綿花が栽培され、 綿織物業も各地 で発達するようになった。 うたあわせ ⑥ 大鋸引き(「三十二番職人歌合』 サン トリー美術館蔵) 大鋸は二人がかり で引く銀であり, 明から伝わったと される。 16世紀の室町通商店街のにぎわ い (「洛中洛外図屏風(上杉本)」 米沢市上杉 博物館蔵) 室町通りは南北に走る. 商家が建ちならぶ目抜き通り。 中央 に都で有名な烏帽子屋がある。 近郷 からの出稼ぎ農民が、 商家の屋根を ふきかえている。 西日本の10余か国に対明用の油 の専 MASTES NUE 油座は, 属し, 石清水八幡宮を本所とし た。 海路や陸路を通じて運ばれ た原料(荏胡麻) から灯油をつく り, 京都の公家や寺社, 各地の 問屋などに販売した。 流通貨幣(一文銭)の種類を限定 したり、 銭貨間の交換比率を定 めたりした。 ⑥ その結果, 銭の現物そのものは 現地に滞留し、しだいに各地で 流通の基準となる特定の銭が選 | 好されていった。 たとえば, 関 丸いらくつうほう 東では永楽通宝、九州では洪武 ■通宝が高い評価をえた。 ① FOLL 3 8t 第3章 ⑦ 明銭と造 明銭の① 洪武通 宝や②永楽通宝などが輸入され, そ れまでの宋銭などとともに1枚1文 として流通した。 日本 中国を問わ ず 民間の模造銭がさかんにつくら れ、日本では, 枝つきの③鋳造銭が 確認されている。 中世社会の展開 107

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古文 高校生

活用形も教えて下さい

15 N 4 dobi 探究) MD-2 H かけことば 若狭湾 狭 若 丹後国府天の橋立 19 丹後 琵琶湖 但馬 ER HRF 5 丹波 古典を探究1 調べたいテーマを検討する 奈良 十訓抄 大江山いくのの道 「和泉式部、保昌が妻にて、丹後に下りけるほどに、京に歌合ありけるに、 小式部内侍、歌詠みにとられて詠みけるを、定頼 中納言はぶれて、小式 部内侍、局 にありけるに、「丹後へ遣はしける人は参りたりや。いかに心も となくおぼすらん。」と言ひて、局の前を過ぎられけるを、御簾より半らば かり出でて、わづかに直衣の袖をひかへて、 r 8なほし 大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天の橋立 と詠みかけけり。思はずに、あさましくて、「こはいかに、かかるやうやは ある。」とばかり言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて、逃げられけり。 小式部、これより歌詠みの、世に覚え出で来にけり。 これはうちまかせての理運のことなれども、かの卿の心には、これほど の歌、ただいま詠みいだすべしとは、知られざりけるにや。 (第三) ○ 学習のポイント ① 「大江山…」の歌について、 ① この歌は定頼に対する答えになっている。 定頼の言葉とこの歌を問答の形 になるように、言葉を補って現代語訳してみよう。 ② この歌に用いられている掛詞について説明してみよう。 「返歌にも及ばず、・・・・・・逃げられけり。」 (148) とあるが、なぜそうした のか、その理由について話し合ってみ よう。 「知られざりけるにや。」(114. 1)を品詞分解し、現代語訳してみよ 「大江山」「生野」「天の橋立」 はいずれも和歌でくり返し詠まれてお うまく り、「歌枕」と呼ばれる。地域の歌枕 をさがして、どんな歌人がどんな和歌 を詠んでいるか調べてみよう。 ディに いくのの道」 関連地図] C S 3 3.4.

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