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日本史 高校生

Aの最後にある 「⑤や④とともに②と争うことになった」の文は ②高句麗④加耶⑤百済が答えなのですが、新羅は争いに入ってなかったのか教えていただきたいです。

(3)次のA· Bの史料文を読んで, それぞれの史料に関する説明文の空欄(①~②)に適する語句を記せ。 A 百残,新羅は旧是属民なり。由来朝貢す。而るに倭,辛卵の年よりこのかた, 海を渡りて百残を破 り新羅を口口し, 以て臣民と為す。六年丙申を以て, 王射ら水軍を率る, 残国を討科す。 ひゃくざん もとこれ ゆらい しか しんぼう もっ しんみん な へいしん みずか とう か 【説明文]史料の出典は(① )の碑文で, 倭国が( ② )と交戦したことが述べられている。朝鮮半島南部 の()資源を確保するために, ( ④ ) 諸国と密接な関係をもっていた倭国は, 4世紀後半に( ② )が 南下策を進めると, (⑤ )や(④ )とともに(② )と争うことになった。 しょうめい つかわ いわ ほうこく へんえん はん B 興死して弟武立つ。 …順帝の昇 明二年,使を遣して上表して日く, 「封国は偏遠にして, 藩を外に そでいみずか かっちゅう つらぬ ばっしょう ねいしょ いとま もうじん 作す。昔より祖禰射ら甲胃を撮き,山川を歌渉して寧処に違あらず。東は毛入を征すること五十五国。 ……」と。 (説明文]史料の出典は( ⑥ )で, 5世紀後半に倭の五王の一人である武が中国の南朝に( ⑦ )して倭王 と認められたこと, 倭国の王権が勢力を拡大して地方豪族たちを服属させたことが述べられている。埼 玉県の( )古墳出土の鉄剣銘と熊本県の(③ )古墳出土の鉄刀銘には, ともに「獲加多支園大王」と記 され,統治を助けた地方豪族名がそれぞれみられる。この大王は, 武であり, 「記紀」に記された( 0 ) にあたる。なお, 鉄剣と鉄刀の銘文は( @ )の使用を裏付けるものである。ヤマト政権のもとで, T仙面立書などの作成に当たったのは(1② )に組織された渡来人たちであった。 TI

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世界史 高校生

高一です 写真のノートを使っている人 答えを教えてください お願いしまーす

100 4.明代の社会と文化 (1) 明代の社会 2 江南地方の発展 米作の中心移動(江漸→湖広 :長江中流域)一“湖広熟すれは天下足る の 国際商業の活発化→中国国内の商工業の発展うながす →江逝(長江下流域)一綿織物や生糸を生産する家内制手工業が 生糸や陶磁器→日本や新大陸,、 p C が中心 陶磁器の生産一[ d コ一金融業, 徽州(新安)商人一塩産 ④ 社会組織 会館 公所(同郷者·同業者の相互扶助のための場所)の発達 ]による納税=各種の税を銀納に一本化 e 3 国内経済 特権商人の活躍 [2 5) 税制の改革 (3 )などの都市集中→文化人として活躍する者も 佃戸の困窮 大土地所有制の発達→小作農と地主の抗争激化(抗租運動)一郵茂七の乱(148) 6 都市の発展商人や[4 7 (2) 明の文化 0 特色 伝統的文化の集大成(実用的, 実践的で庶民的な文化) 西洋文化も流入 木版印刷による書物出版の急増→書物購買層の拡大へ J』『水滞伝』『西遊記』『金瓶梅』他 戯曲や講談 2 庶民文学 小説一四大奇書『[5 3 儒学 [6 (7 コ一官学とされ多くの注釈書が登場→形式化 J一王守仁(王陽明)が大成→学者や庶民にも広まる 「心即理」「致良知」「[8 おうようめい 」を説き,朱子学を批判 りじ ちん ほんぞうこうもく そうおうせいてんこうかいぶつ 宋応星『天工開物』(産業技術書) 徐光啓·湯若望ら『崇禎暦書』(暦学) 1宣教師による布教と科学技術の紹介 の 科学技術 李時珍『本草綱目』(薬学) じょこうけい のうせいぜんしょ とうじゃくぼう すうていれきしょ 徐光啓『農政全書』(農業技術書) 6 キリスト教宣教師の活動一[° (10 )一日本で布教 りまとう -世界地図の作成=「[12 大編纂事業一『永楽大典』『四書大全』『五経大全』 )(利瑞資)- J」 とう きしょう 6 その他 書·画一董其昌(南画) 5.明の衰退 (1) 日本の状況 織田信長,豊臣秀吉の日本統一(16世紀)←南蛮貿易の利益増 ヨーロッパの火縄銃統, 大砲の使用 豊臣秀吉の朝鮮侵略(1592~93,97~98) 日本では文禄 慶長の役 朝鮮では王辰·丁西優乱 じんしん ていゆうわらん →(13 )率いる水軍の抵抗,明の援軍により日本軍撤退 江戸幕府一徳川家康の対外政策=[14 貿易を促進 東南アジアに日本町を建設 16~17世紀 中国との貿易(銀令生糸)=D利益増大 ヨーロッパ諸国の進出 →ポルトガル(拠点(15 1630年代に日本人の海外渡航禁止などいわゆる[17 )),オランダ(拠点(16 ))との争い (2) 清の建国 政策を実施~幕府統治の基礎固め (18 )(清の太祖)が中国東北地方の[19 )(満州語でアイシン)と定め建国(1616) [2 諸部族を従えて支配 →国号を[20 編制,満州文字制作 太宗ホンタイジ(位1626~43) 内モンゴルのチャハルを支配し国号を清に改称(1636) 明の滅亡「内憂一(22 )の財政再建策に対する反発 政争の激化((23 Jと非東林派の争い) 宮官の横暴 一財政難 L外患一豊臣秀吉の朝鮮侵略 女真の強大化→制圧に巨額の軍事費」 重税や飢僅のため反乱頻発→(24 )の乱(農民反乱)→北京占領 滅亡(1644)

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