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日本史 高校生

この問題っていつの進研模試の問題か分かりません(;_;)冬季課題でもあり、テストがあって分かりません、、いつの進研模試の問題か教えて欲しいです🙏

に答えよ。(配点 20) のうちから 百 A 中国大陸や朝鮮半島から九州北部に伝わったとされる,水稲耕作などの。大陸 3 ウ からもたらされたさまざまな技術や文物は日本列島に大きな変化をもたらし,や がて,小国(クニ)とよばれる政治的なまとまりが各地にあらわれた。 間5 下線部C 朝鮮半島 この頃の日本列島の状況は,中国の歴史書に 「倭」 という呼称を用いて記録さ ア の使者が中国の光武帝から印綬を ちから一一 れている。「後漢書」 東夷伝には倭の 与えられたとあり,小国の王がその地位を権威づけるため遣使していたことがわ かる。また,「拠志」 倭人伝には, の倭国大乱とよばれる2世紀後半の戦乱の後 の日本列島の状況についての手がかりがあり, 3 世紀前半に呪術に優れた が邪馬台国の王となり混乱をおさめ, 鍵に遺使し, 「親糖倭王」 の称号 を得た記録が残っている。しかし, 3世紀後半から5世紀初めまでの倭と中国王 0 朝鮮と 2/百済に 西文上 イ の 大伴 朝との交流は記録上, 確認できていない。 C 中国大陸 問1 空欄 に入る語句の組合せとして正しいものを,次の①~ も大きな影 ア イ のうちから一つ選べ。 15 えていた中 陥末の涯 の ア 奴国 イ 卑弥呼 ア 0/ア 奴国 イ 卑弥呼 イ 登与(盛与) ア 狗奴国 『 海奴国 イ 貴与(畳与) させ大帝目 唐との交 遣唐 問2 下線部@に関して, 弥生時代の技術や文物について述べた文として誤ってい るものを,次の0~④のうちから一つ選べ。 0 九州北部では、朝鮮半島の影響を受けた支石墓がつくられた。 ② 水稲耕作は, 弥生時代前期には北海道地方北端まで波及した。 制度を学 16 問6 下級 金属器の使用が始まり,青銅器はおもに祭肥に用いられた。 の組台 の 稲の収穫の際には, おもに石包丁を用いた穂首刈りが行われた。 X 下線部Dに関連して, 次の図甲·乙について述べた文a~dについて, 正し いものの組合せを, 下の①~④のうちから一つ選べ。 問3 Y 17 甲 問7 墓地 大型建物 外源 物見やぐら 堅穴住居 外源 内濠 高床倉庫群 第4 ssua 1~ 乙 (配」 A 策を 契 の軍 発

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現代文 高校生

長文問題なんですが、問3問4問7の、文章から答えを見つけ出す問題が分からないので教えて欲しいです、、、

ロ 一古典芸能」そこでは、テレビのスイッチをひねれば容易にお目にかかれる類の、無責任かつ場当り的な芸の意 は消え、水い過去を背負った厳しい芸の様相を帯びてくる。 2この厳しさは、いうまでもなく「伝承」の尊重という事実による。そしてこの態度の根本に、「伝承」とは、ほかな らぬかつての名人達人たちが具現した芸の極意の集成であるとする達意を感じとることが出来る。もともと、芸は磨 かぬかぎり生なものだ。芸と術、そのヨーロッパ流の意識を持たなかった日本の芸術家たちも、芸を磨く体的手段 を、「伝承」に見出してきたということである。 mもちろん、この方式は極めて日本的である。たとえば、以前母が持っていた華道の教科書にそのことを感じた。開 くと、 そこには毛筆で克明に写生された生花の絵がずらりと並んでいた。ただし解説めいた記述ははなはだ簡単で、 残る印象といえば、華道の根本の形式、「天」、「地」、「人」の三文字が、要所要所に点々と記されていたことぐらいだ おた 美力問題2(水の東西) ()の文章を読んで、 後の問いに答えよ。 十近代のヨーロッパの教科書では、こんな簡略は考えられない。第一、生花の素材になる花や葉や木の枝は、一つと して同じ形をしているわけがない。とても画かれたものと同じ形のものを求めようとする方が無理である。そこでも しヨーロッパ方式をやるとすれば、その千変万化を 蒐 集 し、分類し、体系づけるという作業から始まることになる だろう。そういう典型的な例を、僕は和声の教科書でよく知っている。 L小けれども、母の目には、上述した程度の教科書が結構歌い出すというふうであった。一見、それは驚くべきことだ ったが、母にとってはあたりまえで、いうまでもない、教科書を見るまえに、形において千変万化の素材を選択し、 整え、配することによって、バラバラなものがびしりと一体になる様を、先人たちの生花に実感し、またその秘訣を、 手をとられて体験ずみなのである。すなわち、日本の修業方式は、体験がまずさきで、教科書はそれを補足する役割 に置かれている。当然、メモ程度のもので、こと足りるというわけだ。 6日本古来の音楽にも、これと同じことがいえるだろう。もともと「間」とか「節まわし」とか、そういう微妙なも のは、到底ヨーロッパ式の記譜法で捉えられるわけのものではない。今日の三絃用の記譜法も、便法としての意味を一 こえるものではなく、依然師匠と差し向いで、その指や音の動きを、弟子は目と耳とで心得ていくのが本来である。 この体当り的な習得法を、職人たちは「盗む」という。親方はロでは教えてくれないから||というのは、親方自 身もそうして覚えてきたのだから親方の仕事からその技を盗むのである。「盗む」という言葉が、これほど鮮やか な心情を表わす例を、僕はほかに知らない。 cそれからみると、ヨーロッパ方式 は実に懇切丁寧である。体系化されているから、生徒は芸心とかかわりなく、習 得に熱心なかぎり体系に通じることだけは保証され、教師もまた、巨匠名匠たらずとも、教科書を「解説」する役且 が果たせさえすれば、教師としての資格をもつ。そしてこの相違は、おのずから日本とヨーロッパの芸術のありよう をかえていった。たとえば、日本にはテクニシャンは生れないが、ョーロッパにはテクニシャンを生む土壌がある。 そしてまた、日本は[A ]という 絶 に結ばれて、「伝承」の中に自らの形成を見出してきたが、ヨーロッパでは、 [B]を追ってその拡大や、破壊を企てることが出来た。 たが、それ故、どっちが本当でどっちが嘘というわけではあるまい。大切なのはむしろ、ヨーロッパにおいても、 少くとも巨匠たちは、根本の態度においてつねに体験的であったということの方である。 った。 *和声I和声法という法則に基づく和音連結 *1三線=三番線。 『日本の耳』(岩波新書)小倉朗(一九七七年,岩波書店) 開一修線1 「この態度」とは、どのような態度か。十五字以内

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