マウリヤ朝
マウリヤ朝の
最大領域
前3世紀中頃)
コレクサンドロ
の遠征路
ヤ山脈
ータリプトラ
ガンジス川
ニコンガル湾
ララ
ピャーナ朝
-ーナ朝の
域 (2世紀)
三通路
山脈
タリプトラ
← ② アショーカ王石柱
碑頭部 ブッダの象徴で
もある獅子の下には、ダ
ルマ (法) を表す法輪が刻
まれている。 インドの国
旗に使用されている法輪
は、これに由来する。 発
見地のサールナートは、
せっぽう
ブッダの初説法の場所。
サールナート考古博物館、高さ
213.5cm
する後悔なのである。
読み解き
アショーカ王にとって、
ダルマとはどのような
概念だったのだろう。
がいほうちょく
りょ
いくばい
文献 アショーカ王の碑文 (摩崖法勅)
[アショーカ王の]即位8年に、カリンガ国が征服された。 こ
のカリンガでの戦争において、 15万人がそこから (捕虜とし
て) 移送され、 10万人がそこで殺され、またその幾倍かが死
んだ。それ以後、今やカリンガ国は領有されているのであ
るから、…[アショーカ王は] ダルマの遵奉、ダルマへの
愛慕、および(人民への) ダルマの教導 (に専念している)。こ
|れは・・・・ [アショーカ王が] カリンガ国を征服したことに対
(歴史学研究会編『世界史史料2」岩波書店)
前3000
2
北イン
南イン
南イコ
●ドラ
●北イ
化を
●東西
→東南
31
ガンダーラ様