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日本史 高校生

4の問6を解くのに必要な知識を教えてほしいです!よろしくお願いします🤲

紀元前4世系紀ころまでに水桶耕作を基礎とする! た。その後(0)製の刃先を持つ農具が普及すると,湿田よりも生産力の高い(2 れた。稲が実ると、a石包丁で収穫し,脱穀してから、高床倉庫に叔米を保管したとされる。 食料生産が始まると身分の差や貧富の差が発生した。争いに備え、防御の濠を周囲用にめぐらせた( 集落や,逃げ城的性格の高地性集落などは弥生時代に特徴的なものであるといえる。また,身分左を及味 する大量の副葬品を持つ墓が出現した。九州北部の喪棺墓や、低い増丘のまわりに溝をめぐらした( 墓,高い墳丘を持つ墳丘墓などである。死者は縄文時代と塁なり.屈葬でなく( ⑤ )されたものが多い。 弥生時代のもう一つの特徴に青銅や鉄などの金属器の使用がある。近畿地方を中心に(6 )を宗価 とする文化圏が認められる。一方,九州では銅矛や銅文,瀬戸内海では( )を祭器としている。 問1 空欄( 0 )~( 0 )に適する語句を答えよ。 問2 下線部(a)として最も適当なものを次から一つ選べ。 こから って 本列 のも 用し 馬県 代の 雪は 二は エ. イ。 ウ ア。 北 問3) 下線部b)について,高床倉庫の発見で有名な静岡県の弥生時代の遺跡を答えよ。 問4 下線部c)について,祭器は普段はどこに保管してあったか。最も適当なものを次から一つ選べ。 ア.薬棺の中 イ.土の中 ウ、高床倉庫の中 エ.首長の居館 3 問1 5 7 問2 問3 問4 4.小国の分立と邪馬台国】次の史料を読み,下の問いに答えよ。 せいこう せいけん A. 安帝の永初元年,倭の国王帥外等,生口百六十人を献じ, 請見を願ふ。 すんをちゅうげ えいしょ みつぎ ちょうが たい。 B.建武中元二年,倭の奴国, 貢を奉じて朝賀す。使人自ら大夫と称す。倭国の極南界なり。光武,賜 いんじゅ ふに。印殺を以てす。 さいじ けんけん C.夫れ( 0 )海中に倭人有り,分れて百余国と為る。歳時を以て来り献見すと云ふ。 D.倭国乱れ,相攻伐して年を歴たり。乃ち共に一女子を立てて王と為す。名を(2)と日ふ。 ( 3 )を事とし, 能く衆を感はす。 E.景初二年六月, 倭の女王, 大夫難弁米等を達し, 那に諾り, 天子に詣りて朝献せんことを求む。 問1 空欄(0 )~( ③ )に適する語句を答えよ。 問2 下線部(a)について,「安帝の永初元年」とは西暦何年のことか。 問3 下線部b)について,「建武中元二年」とは西暦何年のことか。 問4 下線部(c)について,「印殺」は江戸時代に現在の福岡県志賀島で発見されている。その印にはどのよ うな文字が刻印されていたか。 漢字5文字で答えよ。 問5 史料A~Eの出典として最も適当なものを次から一つずつ選べ。なお, 解答が重複してもよい。 ア「漢書」地理志 問6 史料A~Eを,書かれている内容から年代順に並べかえよ。 わか こうばつ すなわ SD いた ちょうけん しめ つかわ イ、「後漢書」東夷伝 ウ.「競志」倭人伝 エ.「宋書」倭国伝 問1 0 3 問2 問3 問4 問5 A D 問6 L山

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数学 高校生

課題3のやり方がわかりません、 誰か教えて下さると嬉しいです🙇🏼🙇🏼

課題学習 回1 開平法 学習のテーマ数と式 平方根を筆算で求める方法は古代ギリシャの時代からいろいろな方法が研究 されてきた。日本では江戸時代に盛んになった和算で,開平法として伝承さ れた。ここでは, 開平法の原理などを調べてみよう。 5 V72361 を筆算で求めるには,次のようにする。数字は,小数点を 基準に2桁ずつに区切っておく。 0 2乗して7以下になる最大の整数 として2を見つけ,ルートの上に2 を書く。 27から 2° すなわち4を引いた結果 課題 1 2;6 V7:23:61 2 人 10 1 モー 2 4 46 3:23 J人正側の3と,上から下ろしてきた 23 を 6 2:76 52 並べて 323 と書く。 3 左側では, 2+2=4を縦書きで計算する。 g 4口×口<323となる最大の整数口として6を見つっけ,ルートの 15 上に6を書く。 の 323 から46×6すなわち 276を引き,上から下ろしてきた 61 を並べて書く。左側では,46+6=52 を縦書きで計算する。 以下,これを繰り返す。この方法で(72361 を求めよう。 代共の な式 課題1の方法は, 計算が終わらなくても続けていけば,平方根がいく らでも詳しく求められる。また, 小数に対しても適用できる。 20 とを 課題 2 次の平方根を課題1の方法で小数第3位まで求めよう。 (2) V12.34

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日本史 高校生

答えを教えてほしいです。

20 動物の骨や角から作られた釣針や錆などを何というか。 20 水河時代ともよばれる,約1万年前までの時代を地質学では何というか。 20 ニホンシカやイノシシを捕獲するために使用された狩猟用具は何か。 20 地面を掘り, 柱を立てて屋根をかけた縄文時代の住居を何というか。 Stage Stage A A用語チェック の旧石器文化·縄文文化 ころ 2 打ち欠くことで作る石器を何というか。 046年に相沢忠洋によって発見された。群馬県の旧石器時代の遺跡名を答えよ。 の 2 つ発見 三性 3 もり の縄文時代の女性をかたどった人形を何というか。 。あらゆる自然物や目然現象に霊威を認める考え方を何というか。 つの死者の霊を恐れ,手足を折り曲げて埋葬する方法を何というか。 色) 8 2農耕文化の成立と小国分立 の 縄文晩期の水田跡が発見された福岡県の遺跡名を答えよ。 70 石包丁による稲の収穫方法を何というか。 70 収穫物を保存するために作られた, 床の高い建物を何というか。 20 戦いに備え, 周囲を濠や土塁で防御した集落を何というか。 70 九州北部で見られる,大きな石をいくつかの石で支えている墓を何というか。 76 弥生時代の青銅製祭器のうち, 近畿地方を中心に分布するものは何か。 2② ほり 6 70 紀元57年に中国の皇帝から印綬を授けられたのは倭の何という国か。 の 20 江戸時代にのの印綬が発見された志賀島は, 今の何県にあるか。 20 邪馬台国の卑弥呼が中国の皇帝からおくられた称号は何か。 3古墳文化とヤマト政権 Z0 古墳の墳形で最も重要とされ, 大規模古墳に採用されている墳形は何か。 Z2 古墳の墳丘上に並べられた, さまざまな形の素焼きの土製品を何というか。 ZO 古墳時代前期 · 中期の石室の形状を何というか。 Z0 仁徳天皇陵とされる, 大阪府堺市にある最大規模の古墳名を答えよ。 2 3③ 6 20 ヤマト政権と密接な関係を持っていた朝鮮半島南部の諸国を何というか。 6) 2O 391年にヤマト政権が交戦した朝鮮半島の国はどこか。 20 古墳時代後期に見られる一か所に集まった多数の小古墳群を何というか。 20 豊作を神に祈る春の祭りを何というか。 の 8 20 熱湯に手を入れさせ, ただれたかどうかで真偽を判断する裁判を何というか。 20 埼玉県 ·稲荷山古墳の鉄剣銘や熊本県 ·江田船山古墳の鉄刀銘に見られる 「獲加多支歯大王」は, 何天皇にあたるか。 10 20 7世紀中ごろから近畿の大王の墓に採用された墳形を何というか。 20 血縁を中心に大王によって編成された豪族の同族集団を何というか。 20 豪族の政権内での地位や職務に応じて, 大王が与えたものを何というか。 0 6世紀初めに新羅と組んでヤマト政権に反乱を起こした人物は誰か。 216 大王が日本各地に設けた直轄地を何というか。 210 有力な豪族の私有地を何というか。 2D 有力な豪族の私有民を何というか。 12 13) 15) 16) の 5 田国トHAク

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現代文 高校生

現代文の100字要約の問題です。 上手くまとまらず、悩んでいるのでわかる方教えていただきたいです。

現代文の文章ですが、松尾芭蕉以降の近世の世界観を逃 さてここで、「山吹や蛙飛びこむ水の音」に戻ろう。このようにかはづの和 歌の歴史を見てくると、「山吹」「かはづ」「水」という組み合わせはさほど不 思議ではない。しかしここにはすでに、和歌の観点から見た場合、重大な欠落 がある。それは「鳴く」という言葉の欠落だ。連歌集である『蒐玖波 集』の 歌でさえ、「なにごとのあらそひか有る鳴く蛙」と、かはづは鳴くことになっ ている。しかし芭蕉はかはづを鳴かせなかった。「蛙飛びこむ水の音」という 着想だけでも、これは和歌の言葉を通して見た自然ではなく、その隙間を縫っ て芭蕉自身が発見した新しい自然だった。かはづは鳴かない。なんと、ぶざま にも水に飛び込んだのである。そして山吹の問題だ。其角は和歌の歴史から 言って当然のように山吹をつけた。なにしろかはづが鳴かないのだから、せめ て山吹でもないことには歌の道に連なることができない。しかし(芭蕉は即座 にそれを退け、やがて「古池や」に至ったという。結果としてここに、「山吹」 も「清流」も「鳴く」も無い、無いものだらけのかはづの句ができた。千年の あいだ続いたかはづの自然は、ここにあとかたも無く崩壊したのである。 それにしても、このような和歌の歴史の中で考えてくると、なんと革命的な 句なのだろう。単に和歌で必須とされる要素が無い、というばかりではない。 鳴く」に対して「 I」が対時され、「声」に対して「 Ⅱ 時され、「清い」に対して「一 D の文章を読み、あとの設問に答えよ。 芭蕉は「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」と言ったという。『三冊子』 はこの言葉について、「X私意をはなれよといふ事也」と書きとめている。魔 末保は、このようなことが言われるには、「松が、まさにそこにある松、つま り、 即物的に接することのできる松として出現しはじめた時代だという前提が なければならない」と論じた。これは「江戸時代にとって自然とは何であった か」という問題を考える上での根幹である。我々の時代はすでにそういう時代 が始まってから久しく、物は「即物的に」物でしかないのが当たり前になって しまった。そうでなければ、これほど環境は悪化しないし、これほど多くの物 が平然と消費され捨てられたりはしない。それゆえに、近世という時代が始 まって間もなく、芭蕉や西鶴や近松に何が起こっていたか、よほビ自夏刀b かせなければ理解できないのである。(中略) A自然はすでに近世において、ただの樹木や石や水という「物」になってし まった、と考えられる。それまでは表現するだけで自然の力を感じさせた雅語 (たとえば和歌の言葉)や雅の絵画(中世山水画など)さえももはや力を持た ず、貨幣経済の中でひたすら自然が消費されていくようになった。遊山を描く 扉風絵や旅を書きつける旅行記などは、まさにそのような消費対象としての 自然(自然の俗化)を調歌しているわけだが、同時に、このような「物」とし ての自然の出現は、新しい文学をもたらすことにもなったのである。 芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」の句は、作られた時のことが「葛の松 原』に書かれている。『野ざらし紀行』の旅を終えて江戸に戻って一年ほど後 のことだ。旧暦三月の暮れ、江戸の郊外に遊んだ。雨が静かに降り、風柔らか に吹き、ときたま蛙が水に飛び込む。芭蕉は「言外の0フゼイこの筋にうかび て、蛙飛びこむ水の音 といへる七五は得給へりけり」という。このとき芭蕉 は七五のみ想い浮かんで、上の言葉は浮かばなかった。するとそこにいた其角 小、上を付けた。それが「山吹や」である。ここに、「山吹や蛙飛びこむ水の 昔」という発句ができあがった。この其角の案はもっともで、まさに和歌に連 なる句の世界としては、まっとうな作だった。そしてそこには、Bまだ近世の 俳人たちを支配していた自然観がかいま見える。 『万葉集』にいう。「かはづ鳴く清き川原を今日見ては何時か越え来て見つつ 偲はむ」||かはづは必ず清い川、澄んだ水にいる。そしてかはづは必ず「鳴 く」。澄んだ水でないと生息しない蛙のうち、和歌の世界でその美しい鳴き声 が詠まれるのはたった一種類、かじか蛙だけである。『万葉集』に始まった 「かはづ」の歌は、つまりかじか蛙だけのための歌であり、そうであるからに は「澄んだ水、清流」そして「鳴く」という二つの言葉が不可欠だったのであ る。「かはづ鳴く神名火川に影見えて今か咲くらむ山吹の花」 は、神社のある場所の川のことをいう。ここでは飛鳥川か竜田川だ。この歌に は山吹の花が出現する。「清流」「鳴く」「山吹」の三つの言葉がこうして、「か はづ」とセットになって現れるようになる。「かはづなくるでの山吹ちりにけ り花のさかりにあはまし物を」 |これは『古今和歌集』の歌だ。井出の玉川 は山城の国の川のことだが、「玉川」は清流を意味する。川は清流でなくては ならず、水は、常に流れて水を入れ替える=でよくてはよう!よい。「匹こよく pv しゅう が対 日 」が対時され、「流れる川」に対して 」が対時されたのである。古池とはどんな池だろうか。まず流れな い。水が入れ替わらない。澄んでいない。その底には、枯れ葉や木の残骸や動 物の死体が腐って堆積し、間違いなく濁っている。その周辺には苔や菌類や古 木や下草がいつも濡れてじっとりと生きていて、数え切れないほどの生命が地 を這っている。古池とは歴史の堆積であり、生命のるつぼなのだ。そこに蛙が 飛び込めば底の堆積物は一気に舞い上がり、水はさらに濁るだろう。かじか性 がそういう環境に暮らせるはずがなく、ここに登場する蛙はがま蛙や殿様蛙 牛蛙など、そのあたりで庶民が日常的にみかける生命力旺盛な蛙に違いない。 Vト さらに言えば、古池が川と違うところは、ふだんはじっと動かないところ だ。まるで川は我々人間の意識の流れのようであり、古池は我々人間の無意識 の堆積物のようである。みじろぎもしないその濁り水に突然一匹の蛙が飛び込 む、というその一瞬に起こるハモンのざわめきは、記憶の堆積と無意識に起 こるざわめきのようだ。何が起こったのか。周知のように禅では、座禅の際に このざわめきを意図的に起こす。p意識によって隠された連関への目覚めをも たらすためである。 芭蕉はこの句から、風雅の道を見つけたと言われている。すなわち、蕉風の 確立である。蕉焦風では、言葉の革命と新しい境地の創造が、確かにあった。そ トトキA+ -神名火川と れは、和歌の言葉の背後に隠された自然を、詩の言葉として発掘するというこ とだった。「木のもとに汁もなますも桜かな」 ーごく日常的な食べ物の出現。 J るャ 了東風々に糞のいきれを吹きまはし」 ふがん人のうしろむき」 -排池物も詠まれる。「団扇もて -まるで浮世絵のように、俗世の人の姿を捉える。 うぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれか うたをよまざりける」と、『古今和歌集·仮名序』にも言う。もはやかはづは 驚と同じくらい、和歌の世界のスターとなった。それもその美声ゆえであっ た。いったんスターとなったからには、代表的な和歌の集に登場し続ける。 海くれて鴨のこゑほのかに白し」||思い切りのいい不定形。声が色とL て眼に見える。和歌の言葉の繰り返しの中で日本人の脳裏に形成された定型E 自然観は、このように次第に崩れてゆき、江戸時代になってそれは新たな自 世界を構成することになった。私たちの今日の自然観は、和歌のそれではな~ 俳譜の自然観にずっと近い。 傍線部 a.bの漢字の読みを記せ。 (日留) (田中優子『江戸の自然,

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日本史 高校生

この解答を教えてください🙇‍♀️よろしくお願いします!

時国 H十H サ 0 ナ 時回 3)次の姫路の地図をみて, 下記の設問に答えよ。 問1 姫路のような都市を何というか。 生野街道 問2 中曲輪には家臣団らの屋敷が配置された。 この居住地域を何というか。 問3 問2に居住する人々について述べた次の各 文の正誤を判断し, ○×の記号を解答欄に記せ。 (7) 支配身分として苗字 帯刀の特権をもった。 (イ) 戸主の権限が強く, 家督は長子が相続する ことを原則とした。 (ウ) 町の支配のために町年寄に選ばれるものも 本 いた。 問4 外曲輪の南側には商人や手工業者が居住し た。この居住地域を何というか。 問5 問4に居住する人々には多様な階層が存在した。 次の①~③の階層の名称を記せ。 の町屋敷をもち, 町の運営に参加した。 の宅地を借りて自分で家屋を建てて住んだ。 の商家に住み込んで働いた。 問6 問4に居住する人々について述べた次の各文の正誤を判断し, ○×の記号を解答欄に記せ。 (7)屋敷地にかけられる地子を免除される特権をもった。 (イ)それぞれの職種ごとに仲間 組合などとよばれる集団をつくった。 (ウ) 町は代表であるかわたを中心に, 町法にもとづいて運営された。 問7. 都市の商業について述べた次の文章の空欄(②~) に適する語旬を記せ。 都市を根拠地とする(② )は, 生産地の( ③ )から商品を受託し, これを都市部の(① )に手数料を とって卸売した。都市部の( ③ )は, 仕入れた商品を武家や(② ) 商人などに売った。 (③ )は, 購 人した商品を消費者に売る商人で, 常設の店舗, 路上の店, もち歩いて販売する零細な(④ )など, さまざまな形で商売を営んだ。

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古文 高校生

食はしむるにと言ふの動作主を教えて欲しいです🙇 あと祐庵と奴僕は同一人物ですか?

aル明(a) = 次の文章は、江戸時代に琵琶湖畔に住んでいた食通、北村祐庵についてのエピソードである。これを読み、後の問に答えよ。 (祐庵は北村氏,つね阪僕をして、湖中の水を汲ましめて、茶の水に用ふるに、 某 の所と令す。其の指す所にあらざるを汲 み来たれば、必ず又其の所を知ること神のごとく、終に欺くことを得ず。魚鳥の得る所を知るも、またがくのごとし。しかのみ ならず、因る人豆腐の串に貫きたる)俗に田楽といふ。食はしむるに~此の串の竹は遠く来たれるもの也、といふ。主も知ら 祐に食はさセえ ず、厨下にとひしに、浪花より物を荷ひ来たる竹をもて削りがり、といひしなどは、奇といふも余あり。又或る家にて、砕菜の 美を出せしに、此の薬は男のたたきし也、といひしかば、厨四にとふに然り。是はいかにして知り給ふや、と問ひしに、男のた たきしはあらし。因力能是にかなへり。必ず依にせさせ給へ、といひしとぞ。かかれば人に物を饗すること必ずつっつしめり 所がら湖中の鯉鮒の類を調ずるに、魚板数枚を用ゆ。はじめ 鱗 をはなつより、肉を切るにいたるまで、次を追ふて板を転ず な ー 3B 3A 注二 たたき な る。 LG あへ さこ。 かくせざれば、うっり香ありて Eへ、といふに、さらばいくかに、と契りて帰る。其の日閥人の至る時、其の門鮒数十を取り入るるを見るに、食につきて出した といへり。一日京師にて、茶事の因にあひたるに、名にしおふ源五郎鮒食はせ繁 6A る所、はつかにして みたまふ所の源五郎助の真なるものば、数十の内にて一二を得がたし、といへりとなん。 8人あやしみ 30 さリもあまた取り入れ給ふと見しに、是はいかに、といへば、国笑ひて、望 6B (『近世崎人伝』より) 注 大阪 た 注1 案の黄語 野菜の吸い物 京都

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