日本史 高校生 約1年前 誰かもっと分かりやすく簡単に教えてくれませんか🤲´- Try 四つの口のうち長崎以外の三つの口を通してつながった地域は, 明治時代末にはどのように なっていくだろうか。 松前藩と交易するアイヌが居住していた蝦夷地は, 1869(明治2)年に北海道となり開拓使がおか れた。薩摩藩に服属し清に朝貢した琉球王国は, 1879年のいわゆる琉球処分によって沖縄 県とな った。 対馬藩と交易をおこなった朝鮮は1897年に大韓帝国と国名を変え, 日露戦争後の1910年 に大日本帝国に併合された。 このように, 明治時代の末にはすべてが大日本帝国の領土となった。 未解決 回答数: 1
現代文 高校生 2年弱前 文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む た。 問4 傍線部 (3) 「このことを、なぜわれわれは素直に認めることができないのだろうか」とあるが、この問いに対する筆者 考えとして最も適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は2 ① 他者に対して心を開くことは危険を伴うことだから。 ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑤ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 upt 解答番号は、第二間で 【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~問10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 の偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイブそのものも、すでに複雑で錯 した経路と水脈をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係によるAなものではなく、あ ある種の根源的な喪失と離脱のなかから再発見・再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、A な帰属関係所有関係を前提としない、 旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは間言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を な手掛かり とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 へと移住した。 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、それはふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリアでに傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことばへと転用 された「グラフィティ」 (Graffitti) を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の商店の壁、シャッターを目呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 書きが文字だけであれば、それはふつう 「ビシャソン」である。 独特の字体に、符牒のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字がや虫のかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描くだけのビシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に踊っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集「夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。 彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二プロックほど離れた路地の壁に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐにテッドロックもおそらく気づいていない〉 この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024AG-B-1 (2024AG-B-2) ② 介護する 不十分さが解消されるため、その関係を豊かにすることに注力 介護が人間に向けられたものとなり、その人間の豊かさに寄与するものとなるためには、人間の価値を能力から切り離 で捉えた上で、介護する者と介護される者の間に心が開かれた関係が形成される必要がある。 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい う関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に 行く春や鳥啼き魚の目は 巨) primavera não nos deixe passaros choram wwwwww (注) ばしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの を想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、 地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか 経験した無数の声と文字による橋渡しの過程に携帯用の筆入れと墨壺である矢立」からとりだされた筆記用具によって 俳聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このピシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 プ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの それすらもはや判然とはしない。ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の俳諧が、ポルトガル語の Haikai へと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の連関の統 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの詩句の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた目録のなかに書き込んでいった。 「一の鹿」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反芻することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。 人類学という実践 そのものが、異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 をふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 夢の残滓を「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識の刺によってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。 ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、 ことばと文学がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと 刺を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、流謫の「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、 ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの句が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 lágrimas no olho do peixe (28) (2024AG-B-3) (2024AG-B-4) 未解決 回答数: 1
現代文 高校生 3年以上前 この文章の問6の問題なのですが、ロ、ホが正解でして、ホが正解なのがよくわからないのです。全体的には合っていると思うのですが、歴史的、非歴史的、というのが文章のどこにも書かれていないので合っていないと思います。なぜホが正解になるのですか。 g++ 問五傍線部2「アフリカ美術の取り扱い方」 とあるが、筆者によれば 「ジェームズ・クリフォー ド」は「アフリカ美術」の近代における動向をどのように捉えているか。それを表す三十五 字以上四十字以内の箇所を抜き出し、冒頭と末尾の三字をそれぞれ記せ。 問六本文の内容に合致するものを、次の中から二つ選べ。 一九八四年にサイードが企画した展覧会に対し、クリフォードはそこに見出される日本 人像が、西洋の歪んだ自己認識から生み出されたものであることを指摘した。 ロクリフォードは、西洋がアフリカ文化を自分勝手な仕方で捉えているばかりか、そうし た西洋中心主義的な自らのありように無自覚でもあることを厳しく批判した。 ハクリフォードによれば、ピカソなどの「モダンアート」とアフリカの「部族美術」に親 縁性があるのは、アフリカ文化が先進国である西洋の文化を模倣してきたからである。 ニ「オリエンタリズム」 をめぐるサイードの議論によれば、西洋は非西洋を遅れたものと見 なしつつも、つねに「エキゾティック」なものとして神秘化し、崇敬の対象としてきた。 ホ 西洋は自文化を進歩し続ける歴史的なものと捉えつつ、アフリカ文化を静止した非歴史 的なものとして保護するという形で抑圧している、とクリフォードは主張した。 語句の意味 エキゾティック(ℓ7) 異国情 回答募集中 回答数: 0
日本史 高校生 4年弱前 私は高校二年生で日本史Bをとってます。しかし人物や出来事が増えるにつれ、混ざったり忘れてしまってきているので分かりやすく表を作りたいです。しかし何をどうまとめればいいか多すぎてごちゃごちゃした表が出来てしまいます...。💦もし、高校でまとめた表や役に立った表など写真などで送... 続きを読む 未解決 回答数: 2
現代文 高校生 約4年前 新編国語総合学習課題ノートの「待つということ」と「夢十夜」の答え持ってる方いませんか? 語句・漢字 基本 随想2 待つということ 次の傍線部の漢字の読みを記せ。 1 新宿を経由する 一緒に出かける ③ 行いを後悔する (44) 方向音痴な人 異国の地 半島の南端 船着き場に行く バス停に行く ⑨ 身振りで表す 100 質問攻めにする 1 濃い色 1 鮮やかな花 13 羽虫の音 44 重々しい態度 年齢を重ねる (2) (6) (5) (7) (8) (15) (14) (5:7) (こうじ) (こうかい) (おんち) (SAV) ( ) ( (てい) (みぶり) (しのもんぜ) (あざ) ) ( ねんれ ( 3 かくたみつよ 角田光代 2 次の傍線部の仮名を漢字に直せ。 1駅のアンナイバン ② シンケンな表情 44 ザセキに着く LO (6) (7) ⑧ バスをおりる (10) (9) (14) (13) 安全カクニンをする ベンチにこしかける(腰 新しいジョウホウ 美しいコウケイ 1000 ごみをすてる 1 てまねきする 11 エンテンカで待つ 車でイドウする 144 親にしかられる はずかしい (15) 教科書 シュウイを見回す 110~113ペー (座席) SFF 検印 捨周 ) ( 手招) (火 ) (移動) @ REHE (110.2) さっそう 颯爽〔一一二.10] 44 年齢を重ねる〔一一二・ ⑤ あくせくする 〔一一二 (3) 回答募集中 回答数: 0
世界史 高校生 4年以上前 問Ⅲが分かりません!! お願いします🙇♀️🙇♀️ 資料C:日本の鎖国令(1635) 日本へ日本の船を出すことは堅く禁止する。 日本人は異国へ行ってはならない。もし密航する者があれば、本人は死罪、船及び船主は停めおいて申し出ること。 異国に住んでいる日本人が帰国すれば死罪にする 資料D:日本の鎖国令 (1639) 日本で禁止になっているキリスト教を、それとは知りながら広めようとする者がいまでも渡航してくる。 キリシタン宗門の者たちが徒党を組み、悪事を企てることがあれば、直ちに厳重に処罰する。 キリシタンが隠れ住む所へ、南蛮人が援助していること。 右の理由によって、今後ポルトガル船が日本に渡ってくることを禁止する。今後渡ってきた時はその船を壊し、乗員は即 座に死罪にせよと命令があった。よってこのように通達する。 資料:フランスの啓蒙家ヴォルテールの論じたイエズス会の追放 『寛容論』 *イエズス会士自身が、その『異聞書簡集』のなかで、この賢明な清国の皇帝である薙正大帝が彼らに言われた言葉を伝 えている。「股は汝らの宗派が不寛容であるのを存じている。フィリピン諸島ならびに日本での渋らの所業も存じている。わが 父の目を欺きおおせたからといって、脱をも欺けるとは思うまいぞ。」皇帝がイエズス会士に賜った御言葉の全文を一読すれ ば、この君主が人類で最も英滅にして最も寛仁であらせられのがわかるであろう。 問I:日本や清国においてキリスト教を禁止していく背景にはどのような理由を挙げることができるだろうか。資料を参考に 考えてみましょう。 回答募集中 回答数: 0
日本史 高校生 4年以上前 至急!! 1. 写真のabcに当てはまる語句を教えて欲しいです 2. それぞれ史料ABCを時代順に並び替えて欲しいです A -、異国江 (a つかわ かた )の船遣すの儀、堅く停止の事。 一、(a つかわ もし まじく )人異国江遣し申す間敷候。若忍び候て乗渡る者芝有るに於ては、其者は死罪、 おい ならびに 其の舟井船主共二留め置き、言上仕るべき事。 ごんじょうつかまつ まじく。 *「間敷」…COしてはならない 「言上」…申し出る B -異国え(b ほか つか )の外、舟遣わすの儀、堅く停止の事。 ごせいきんな 日本国御制禁成され候(c そのおもむき )宗角の儀、箕態を存じながら、彼の法を弘 さしわた るの者、今に密々差渡るの事。 .自今以後、x.. かれうた渡海の儀停止せられおわんぬ。 一、 *せいきんな *「御制禁成され」…禁止された さしわた 「弘む」…広める 「密々差渡る」…密航してくる 回答募集中 回答数: 0
日本史 高校生 4年以上前 簡単でいいのでお願いします 課題:元窓を機に御家人の幕府への不満が高まったが、その要因を80字以上 1 00 字以内で記述しなさい。 ただし、次の語句を必ず用いること。 【異国警固番役·恩賞 · 得宗 御内人 】 【モx】 回答募集中 回答数: 0