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世界史 高校生

すんごいお願いします!! 問1〜5を教えてほしいです。 1〜15の答えはこれらだと思います! 1 チャンドラグプタ 2 マウリヤ 3 アショーカ 4 ダルマ 5 クシャーナ 6 カニシカ 7 大乗仏教 8 ガンダーラ 9 グプタ 10 チャンドラグプタ2世 11 ナー... 続きを読む

【4】 古代インドの王朝について、空欄に適切な語句を記入し (「知」)、 問いに答えなさい。 前317年ごろ、マガダ国の武将 (①) が (②) 朝をたてた。 (①) は西北インドのギリシア勢力を 一掃し、アフガニスタン東部も確保した。 また、 デカン高原にも支配を広げ、インド史上最初の帝国 が形成された。 第3代 (③) 王の時代に最盛期に達し、 南端部をのぞく全インドを支配した。 (③) 王 は仏教への帰依を深め、 不殺生や慈悲など守るべき社会道徳 (④、 法) を説き、 詔勅を刻んだ磨崖・ 石柱を各地に作らせた。 また、 仏教教団を厚く保護し、 仏典の編集 (仏典結集) やスリランカ布教を 援助した。 しかし、 (③) 王の死後まもなく帝国は分裂した。 1世紀に、大月氏から自立したイラン系の (⑤) 人が西北インドに (⑤) 朝をたてた。 2世紀の (⑥) 王の時代に中央アジアからガンジス川流域まで支配し、東西交易で栄え、国際色豊かな文化をうんだ。 前1世紀ごろ、 A大乗の改革運動がおこり、 2~3世紀に体系化された。 (⑥) は (⑦) を厚く保護 した。 ギリシア式彫刻の影響を受けた (⑧) 美術とともに (⑦) は中央アジア、東アジアに広がった。 4世紀はじめ、マガダ地方でチャンドラグプタ1世が (⑨) 朝をたてた。 第3代 (⑩) は、 北イン ドの大半を支配し、南インドにも進出した。 (⑨) 朝時代には、インド固有の宗教としてBヒンドゥ 一教が確立し、 インド古典文化が完成期をむかえた。 5世紀にたてられた (⑩) 僧院は、 教学の中心として発展した。7世紀前半にインドを訪れた (⑩) や7世紀後半にインドを訪れた (13) は、 ここで学修に没頭し研鑽を積んだ。 仏教美術では、 (⑧) 様 式とは異なる 「 (⑨) 様式」 が完成した。 日本の (14) 金堂壁画は (⑨) 様式の影響を明示するものと して有名である。 数学・医学・天文学なども発展し、インド数字 十進法 (15) の概念は、イスラー ム圏を通じてヨーロッパに伝わり、 近代科学の発達に貢献した。 7世紀前半、 ハルシャ=ヴァルダナが北インドを統合した (ヴァルダナ朝) が、 王の死後王朝は崩 壊した。 その後、北インドは8世紀から13世紀まで、ヒンドゥー国家が分立抗争する時代になった。 問1 下線部Aの内容を、 それ以前とのちがいをふくめて説明せよ。「思」 問2 下線部Bを50字程度で説明せよ。 「思」 問3、東南アジアにおける、 ア. 中国文化、イ.インド文化の影響を示す例を1つずつ書け。 「知」 問4、東西の交易を説明するときに重要だと考える語句を4つあげよ。 「思」 問5、ア.東南アジアに現在ある世界遺産を1つあげよ。 イ. アがある国名を書け。 「知」 ●

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現代社会 高校生

明日までの課題です 回答だけでいいので何番か教えてください🙇‍♀️🙇‍♀️

ウォーミングアップ 問11 【第二次世界大戦後の国際社会】 第二次世界大戦後の国際社会の状況に関する記述として最も適当 なものを、次の ① ~ ④ のうちから一つ選べ。 14追試2 1 植民地支配から独立したアジア・アフリカ諸国は,冷戦期には、東西の各陣営との同盟を重視する 立場を表明した。 (2) ソ連においてペレストロイカが実施され,その改革の気運が, 東欧諸国での,市場経済から計画経 済への移行を加速させた。 3 アメリカとソ連の両首脳は, マルタ会談において, 東西冷戦の終結を宣言した。 4 欧州連合(EU)には, ワルシャワ条約機構に加盟していた国は参加していない。 東欧諸国の動 問12 【冷戦の終結】 東西冷戦終結前後の時期 (1980年代後半~1990年代前半) の旧ソ連・ 04追試10 向に関する記述として最も適当なものを,次の ① ~ ④ のうちから一つ選べ。 ① 北大西洋条約機構 (NATO) に対抗して1950年代に設立されたワルシャワ条約機構は,この時期に 解散した。 2 ソ連のゴルバチョフ共産党書記長は,国内では積極的に民主化を推進したが,国外ではアフガニス タンへの軍事介入を開始した。 3 東ドイツのワレサ委員長は,自主管理労組「連帯」 を率いて積極的に民主化運動を展開し、ベルリ ンの壁の撤去を実現させた。 4 ソ連・東欧諸国は, 経済相互援助会議(COMECON) を通じて経済協力を進め、市場経済への移行を 速やかに実現した。 問13 【非同盟諸国】 1955年に開かれたアジア・アフリカ会議で取り決められた事柄に関する記述として最 も適当なものを,次の ①~④のうちから一つ選べ。 00追試10 種が撮駅を行をよヒー ① 米ソ両国の軍拡競争に対抗するため, まず東南アジアを非核地帯として設定し, それを徐々にアジ ア・アフリカ全域に拡大することが合意された。 ② 東西の軍事的対立に巻き込まれないように, 会議参加国の間で集団安全保障体制を確立することが 合意された。 ③領土と主権の尊重, 平和共存, 内政不干渉, 相互不可侵,平等互恵, 基本的人権の尊重などから成 る平和十原則が採択された。 ④ 大国主導のジュネーブ極東平和会議に対抗して, アジア・アフリカ諸国が中心となり、朝鮮戦争と インドシナ戦争の自主的な解決案を提唱した。 2 ■核 (1)枚 ○ MAARSSO 問14 【テロとの戦い】 テロとその対応に関する記述として最も適当なものを、次の①~④のうちから一 つ選べ。 0820 5XCARGOVI ① 日本は,国際テロの防止と根絶のために, 戦闘が行われている地域への自衛隊の海外派遣を可能と する周辺事態法を制定した。 (2) クリントン大統領は、米国で起きた同時多発テロの首謀者を匿っているとしてアフガニスタン攻撃 150 frelor を開始した。 (3) 日本は、国際テロを未然に防止するために, 指紋採取と写真撮影を来日外国人に義務づけ得るよう 国内法を改正した。 ④ 国際刑事裁判所(ICC) が発足し, マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ行為など国際犯罪の実行犯 を起訴処罰できる国際体制が整った。 ( (2)

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世界史 高校生

明日提出課題いで分からないので教えて欲しいです。早急にお願いします🙇‍♀️🙇‍♀️

第2章 ②2 オリエント文明 5 オリエント諸国の変遷 年代 エジプト 前 小国家・集落 〈ノモス〉 形成 3000- 2500- (古王国) 時代 前都 : (メンフィス) 4 上・下エジプトの統一 前 1000- 前 2000- (中王国) 時代 都 : テーベ ピラミッド)の建設がさかん ・・・最大は (クフ) 王のもの ネ オリエント世界の形成 遊牧民(ヒクソス)の流入と支配 前 1500- (新王国) 時代都 : (テーベ) アメンホテプ4世 〈イクナートン〉) | (パテル=エル=アマルナ) に遷都 ヘブライ人, モーセにひき いられ「("出エジプト)」 | 前500- (32アケメネス) 朝 | 前300- トロイア(トロヤ) S----- クレタ島 ミレトス 2 フェニキア人の クノッソス (38ヒッタイト) 人 ロゼッタ=ストーン 発見地 商業拠点 古王国時代の都・ ( 45 メンフィス) エジプト 前14世紀以降の都 ( 46 テル=エル=アマルナ) 中王国時代の都 (48新王国) 地中海東岸 小アジア ST. アラム人の 「カッシート人 ( 40 シドン) 商業拠点 (ティルス) (2ダマスクス) |シリアまで進出 YEE ( 24 ヘブライ) (フェニキア人 (ユダ) 王国 拠点(シドン)・ティル (イスラエル) 2 国 (ダマスクス) ス ユダヤ教の聖地 ( 43 エルサレム) 王国 前722 (39ミタンニ) 王国 アラム人 拠点 (鉄器) 使用 (ヒッタイト) 人 人「海の民」 ( 28 バビロン) 捕囚 前15~ 前10世紀頃の オリエント 北部 メソポタミア 南部 ( 15 アッカド) 人 アムル人 ( 16 バビロン) |第1王朝〈古バビロニア王国〉 ("ハンムラビ)王が全盛 ミタンニ 王国 都市文明おこる (12シュメール) 人の 都市国家・・・ ( 13 ウル)・ ウルク ( 1楔形) 文字 独立 第3代 (33 ダレイオス1世)のとき, 最大領域 かんさつ 各州に知事〈サトラップ〉をおき, 「( 35 王の目)」 「(36王の耳)」による監察 ( 3 アレクサンドロス) 大王の帝国 (49リディア) 前612 前586 (28新バビロニア (30リディア) (29新バビロニア 〈カルデア〉) (31メディア) 〈カルデア〉) 王国 王国 都 ( 28 バビロン) 王国 王国 (20カッシート) 人 サルデス 諸王朝 ( 2 アッシリア) 王国 |エジプト| (53ダレイオス1世) 時代 の最大領域 イラン | (50メディア) バビロン ( 51 新バビロニア 〈カルデア〉) 4王国分立 (前6世紀) ペルシアの国道 ( 54 王の道) スサ ( 52 アケメネス朝) ●ペルセポリス アケメネス朝の統一 (前6世紀頃) 総合マスター世界史

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日本史 高校生

自分なりに気づいたこと を書くという宿題があります! この表からわかることを 教えてください!

宿 中期後半 下) 前方 かったが、 形石棺 及 普及。 せんどう 美道 三んどう 幸つ 古墳,市野山 允恭天皇陵古墳,前の山=白鳥陵古墳、岡ミサンザイ=仲哀天皇陵古墳 だいおうぼ 大王墓 p.40, 地方首長墓との関係 p.41 群集墳・八角墳 p.41 前期の前半をとくに出現期, 後期の後半を終末期という。 *2 石室がわりに棺全体を粘土で囲んだもの。 *3 九州北部の有力豪族の古墳に登場。 中期(4世紀後半~5世紀) 後期 ( 6 世紀) 終末期(7世紀) 全国に分布 *2 世界遺産の登録名称/ 3 古墳の変遷と分布 時期 出現期 (3世紀後半) 前期 (4世紀~4世紀後半) 分布 大和東南部・瀬戸内中心 全国に広がる 丘陵や台地 立地 形態 箸墓型前方後円墳 内部 竪穴式石室と割竹 竪穴式石室・粘土柳 2 竪穴式石室と長持形石棺, 横穴式石室・横穴墓 ねんどく 主体形木棺 割竹形木棺 粘土槨, 横穴式石室の出現 *3 木棺・家形石棺 石塚山古墳 (福岡) いなり はAに元稲荷古墳 (京都) 記載 前方後円 (方) 墳・ 円 墳方墳 丘陵や平地 ふきいし 原則的には葺石でおおう 会津大塚山古墳 (福島) うなどんやま 行燈山古墳(奈良) 前方後円墳の巨大化 やま 佐紀陵山古墳(奈良) 古墳表面 つぼ 群集墳には葺石なし に、 埴輪 特殊器台と壺形埴輪 円筒埴輪,形象埴輪 形象埴輪の増加(家形,形象埴輪の隆盛(埴輪群 もしくはなし の登場 (家形, 器財) 人物など), 円筒埴輪 など) p.40 円筒埴輪 埴輪は原則なし さんかくぶちしんじゅうき かっちゅう かざり 副葬品 銅鏡(三角縁神獣鏡 銅鏡(三角縁神獣鏡 銅鏡,装身具,鉄製甲冑 金銅製装身具・馬具・干 中国鏡・玉類・飾大刀・ p.41 も) 鉄剣・が多数),鉄剣・刀, p.36. 43 刀, 玉類 (勾玉など) 玉類, 碧玉製腕飾類 金銅製馬具 きぎょく うでかざり 武器 p.40,鉄素材, 具, 日用品 (須恵器・土 装身具,四神・男女の 師器) p.42 官人群像などの壁画 被葬者 司祭者的首長 p.43 武人的首長 p.43 しぶたにもこうやま 箸墓古墳(奈良) p.37 渋谷向山古墳(奈良) 代表的 椿井大塚山古墳 (京都) 桜井茶臼山古墳(奈良) な古墳 浦間茶臼山古墳 (岡山) 新山古墳(奈良) うらまちゃうすやま とうしょ 限られた地域・階層 丘陵や平地、山間部や島嶼部 平地や丘陵の南斜面 関東および大王墓以外で前方後大王墓は八角墳に移行 円墳の縮小・消滅, 群集墳が急増 群集墳は急速に消滅 はっかくふん だいせんりょう 大仙陵古墳(大阪) 誉田御廟山古墳(大阪) 太田天神山古墳 (群馬) 稲荷山古墳 (埼玉) p.44 室宮山古墳(奈良) つくりやま 造山古墳(岡山) 切石積横穴式石室, 横 口式石槨, 漆塗りの棺 列石による区画など ・おおきみ 政治的首長(大規模墳), 渡来人・大王・ 中央貴族 工人・官人・有力農民(群集墳) 方有力者 (だいおう) つのづか くるまづか | 角塚古墳(岩手) 壬生車塚古墳 (栃木) <「日本国 A古 いわと 岩戸山古墳 (福岡) p.41 |新沢千塚古墳群(奈良) |岩橋千塚古墳群 (和歌山) 地 五条野(見瀬) 丸山古墳(奈良) 石舞台古墳(奈良)p.48 いましろづか 今城塚古墳(大阪) p.40 高松塚古墳(奈良) p.59 天武・持統天皇陵 (奈良) 中尾山古墳(奈良) 阿武山古墳(大阪) ご しき 五色 道当 埴 15

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日本史 高校生

自分なりに気づいたことを書く という宿題があります! この図からわかることを教えてください!

変遷 山背 五塚原 元稲荷 < 寺戸 2 大塚 わ 妙見山 おとくに 乙訓古墳群 恵解山 500m1 0 一部改変) 天皇陵古墳 B 畿内豪族の勢力範囲 上石津 ミサフザイ 10km 津 大仙陵 TIZE 現在の 海岸線 大和 内 河内山 津山 師ニサンザイ はじ 土師氏古市古墳群 ○有力な豪族 の勢力範囲 古墳群 平群氏 土師氏 藤八木法隆寺 物部氏 物部氏 ●誉田御廟山 和泉百舌鳥古墳群 大伴氏) 葛 出現期・ 生駒山 |前期 宝塚 後期 D 葛城氏 馬見古墳群 E 葛城山 はっかくふん 青・八角墳 p.41 * 前期の前半をとくに出現期, 背 椿井大塚山 五社神 佐紀古墳群 西殿塚 川台木塚山 行燈山 ウウナベ 和 王に EE 纒向石塚 新木山 耳成山 畝傍山 おおと 大伴氏(阿倍氏 香具山 高松塚 巨勢氏 大和 石上神宮 大和古墳群 柳本古墳群 渋谷向山 大王家 三輪山 箸墓 2 ●蘇我氏 あべ 石舞台 五条野(見瀬) キトラ 丸山 氏 桜井茶臼山 ■ ②1 有力豪族の 勢力範囲 (想定図) 5~6世紀の畿 内における有力豪 族の勢力範囲想定 やまと 図。 大和川水系の 支流ごとに大型前 <『日本歴史地図」 ほか〉 古墳の分布 方後円墳が分布す る。 ヤマト政権 (→ p.42) の盟主であ おお きみ る大王家は、大和 だいおう みわ 盆地の東側の三輪 山ろくを本拠地と していたと推定さ れている。

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