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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

た。 問4 傍線部 (3) 「このことを、なぜわれわれは素直に認めることができないのだろうか」とあるが、この問いに対する筆者 考えとして最も適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は2 ① 他者に対して心を開くことは危険を伴うことだから。 ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑤ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 upt 解答番号は、第二間で 【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~問10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 の偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイブそのものも、すでに複雑で錯 した経路と水脈をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係によるAなものではなく、あ ある種の根源的な喪失と離脱のなかから再発見・再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、A な帰属関係所有関係を前提としない、 旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは間言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を な手掛かり とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 へと移住した。 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、それはふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリアでに傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことばへと転用 された「グラフィティ」 (Graffitti) を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の商店の壁、シャッターを目呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 書きが文字だけであれば、それはふつう 「ビシャソン」である。 独特の字体に、符牒のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字がや虫のかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描くだけのビシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に踊っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集「夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。 彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二プロックほど離れた路地の壁に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐにテッドロックもおそらく気づいていない〉 この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024AG-B-1 (2024AG-B-2) ② 介護する 不十分さが解消されるため、その関係を豊かにすることに注力 介護が人間に向けられたものとなり、その人間の豊かさに寄与するものとなるためには、人間の価値を能力から切り離 で捉えた上で、介護する者と介護される者の間に心が開かれた関係が形成される必要がある。 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい う関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に 行く春や鳥啼き魚の目は 巨) primavera não nos deixe passaros choram wwwwww (注) ばしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの を想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、 地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか 経験した無数の声と文字による橋渡しの過程に携帯用の筆入れと墨壺である矢立」からとりだされた筆記用具によって 俳聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このピシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 プ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの それすらもはや判然とはしない。ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の俳諧が、ポルトガル語の Haikai へと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の連関の統 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの詩句の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた目録のなかに書き込んでいった。 「一の鹿」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反芻することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。 人類学という実践 そのものが、異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 をふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 夢の残滓を「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識の刺によってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。 ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、 ことばと文学がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと 刺を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、流謫の「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、 ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの句が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 lágrimas no olho do peixe (28) (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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化学 高校生

(5)の問題で、どうしてx/10になるのかが 分かりません💦解説お願いします。

2 市販の食酢(密度1.02g/cm²) 中に含まれる酢酸の濃度を求めるため次のような実験を行った。 食酢中の酸はすべて酢酸として、各問いに答えよ。 [実験] 食酢 20.0mLを正確にとり、純水で薄めて200mLとした。 この薄めた液20.0mLを 正確にとって(ウ)に入れ、指示薬Aを数滴加えた。 これを (土) 0.100 mol/Lの水酸化ナトリウ ム水溶液で滴定し, 中和点を求めた。 この滴定を3回繰り返し行った。 [水酸化ナトリウム水溶液の滴下量] 1回目 14.8mL, 2回目=14.7mL, 3回目 14.9mL (1) (ア)~(エ) の操作で用いるガラス器具名を記し、その器具を図の (a)~(e) から選べ。 また、 その器具の扱い方として適するものを、次の①~④の中から選べ。 ① 蒸留水で洗って, そのまま(ぬれたまま) 用いてよい。 (a) (b) ②蒸留水で洗って, 加熱乾燥して用いる。 ③蒸留水で洗ったのち, 清潔な布またはろ 紙で内部をよくふいて用いる。 ④蒸留水で洗ったのち,さらに中に入れる 溶液で数回洗って用いる。 (ア) ホールピペット, (c), ④ (ウ) コニカルビーカー, (e), ① (イ) メスフラスコ, (b), 1 (エ) ビュレット, (d), ④ (d) (e) (2) 指示薬Aとして最も適するものの名称およびこの実験における色の変化を示せ。 指示薬 フェノールフタレイン 色の変化 無色 -> 赤色 (3) この実験で起こる中和反応の化学反応式を記せ。 CH3COOH + NaOH→ CH3COONa + H2O (4) 器具 (d) を用いて液量を測定するとき,右図の (x), (y), (z) のどの液面を目盛りに合わせて読 み取るのが正しいか。 表面張力であがっている体積は無視する。 (z) (5) 実験で用いた市販の食酢は,何mol/Lの酢酸水溶液か。 一目盛り -(x) 液面上端 - (y) 液面中央 --(2) 液面下端 1x- × X 20.0 10 1000 14.8 L=1×0.100mol/Lx- -L 1000 よって, x=0.74 mol/L 0.74 mol/L

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理科 中学生

(1)の解き方がわかりません!明日テストなので早めに教えて欲しいです!!

1 力の合成と分解 (2) - 3 運動とエネルギー これについて. 3. 図1のような,ともに質量320gの直方体 A, B を使って次の実験 ①〜② を行った。 次の問いに答えなさい。ただし,質量100gの物体にはたらく重力の大きさを1Nとする。 図 1 机 4cm 物体A 6cm 物体B 5cm 8cm ・8cm 図2 図3 物体A ばねばかり 物体A 8cm ばねばかり 図 4 図5 物体B 物体B 物体A ばねばかり 実験 水そう a 水そう 水そう 水そう b 水そう カの矢印の長さは、力の 大きさを正確に表したも のではない。 a 物体Aにはたらく浮力 物体Aにはたらく重力 物体Bにはたらく浮力 ・b : C 物体Bにはたらく重力 ① 図2のように、物体Aをばねばかりにつるしてゆっくりと水そうの水に入れ、物体Aの一部が水面より上に出てい る状態で静止させた。 このとき, ばねばかりは1.8Nを示した。 ②図2の状態からさらにばねばかりを下したところ、図3のように物体Aの全体が水中に沈んだ。このとき,物体A は水そうの底についておらず、ばねばかりはONより大きい値を示した。また、物体Bを静かに水そうの水に沈めた ところ、図4のように水に浮いた。 (1)図1で,机が物体A,Bから受ける圧力はそれぞれ何Paか。 (2) 実験①で、物体Aにはたらく浮力は何Nか。 (3)実験 ②で、物体A, B にはたらく浮力と重力を図5のようにa,b,c, 3 A 1600 Pa (1) dと表す。aとb,cとd, bとdのそれぞれの大小関係はどのように なるか。 次のア~ウ, エ~カ, キーケからそれぞれ1つずつ選び、その 記号を書け。 B Pa 500 (2) 1.4 N aとb aとb:ア a > b イ a<b ウ a = b cとd:エ c>d オ c<d カ c = d bd: キ b> d ク b<d ケ b = d (3)ced h bed f 120cm³ 120g -21-

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理科 中学生

至急!!!!!! 問3の(1)の問題がわかりません。 腕を伸ばした時のけんの様子はエのようになると書いてあるのですが、これは腕を曲げた時も同様にけんはエのような状態になるのでしょうか? 理解苦手なので教えていただけると幸いです!

2 次の問いに答えなさい。 実験 Aさんたちのグループは、意識して起こす反応において, 刺激や命令の信号が神経を 伝わる時間について調べるため,次の実験を行った。 図6 (c) (a) (b) -06X 筋肉 068 電流の向き きにすれに じになる。 「といい。 精によ 殖のう バイオ 個 受 与え けた かく 不透明な隔壁 (パーティション) である。 [2] Aは,自分で決めたタイミングで、 ライトのスイッチとストップウォッチ のスイッチを同時に押す。 [3] Bは,Aのライトが光ったらすぐに 自分のライトのスイッチを押す。Cは, Bのライトが光ったらすぐに自分のラ イトのスイッチを押す。 以下同様に, D E F G Hまで順に続ける。 [4] Aは,Hのライトが光ったらすぐに ストップウォッチのスイッチを押し 時間を測定する。 [| [5] [2]~[4] を繰り返し5回行った。 表 は、この結果をまとめたものである。 [1] A~Hの8人が、 図1のようなライトを持って図2のように いすに座り、それぞれ矢印の向きにライトを向ける。 Aはスト ップウォッチも持つ。 図2に太線で示したのは,高さ180cmの 図2 図1 あし 節 スイッチ 1 実験について 次の(1),(2)に答えなさい。 隔壁 D 0.091080 表 回 1 2 3 4 5 観察1 異なる種類の哺乳類における目の きかたのちがいを調べるため, ヒトと ウマの頭骨の標本を観察し, それぞれ 図3. 図4のようにスケッチした。 観察2 脊椎動物と無脊椎動物 (節足動物) における骨格と筋肉のつくりのちがいを調べた。 ○ヒトのうで ¥50 時間 〔秒] 1.77 1.78 1.71 1.75 1.79 3 30 図 4 80 ヒト ウマ 筋肉 P (1) 図1のように隔壁を置き、直前の人以外のライトの光が見えないようにすることは、 応時間を正確に測定するために大切である。 その理由として最も適当なものを, アーエか ら選びなさい。 ア 直前の人以外のライトの光が見えると, 刺激の種類が変わるから。 イ直前の人以外のライトの光が見えると、感覚器官や筋肉と神経の間で、 信号が伝わる 速度が変わるから。 小 ウ直前の人以外のライトの光が見えると, 刺激を受け取る感覚器官が変わるから。 エ 直前の人以外のライトの光が見えると, 自分の順番が近づくのが予測できてしまうか (2)この反応のA~Hさんの8人全員において, 刺激や命令の信号が目から手の筋肉まで伝 わる経路の長さをそれぞれ0.8mとし, 刺激の信号が脳に伝わってから脳が命令の信号を出 すまでの時間をそれぞれ0.05秒とする。このとき、信号が脳内以外の経路を伝わった速さ はおよそ何m/sであったか、四捨五入して小数第1位までの数値で書きなさい。 ただし、 A~Hさん全員の反応時間の合計は表の5回の反応時間の平均を用いなさい。 0.8×0.05=0.0.40 問2 観察1からヒトの目は前向きについているが、ウマの目は横向きについていることがわ かる。このことについて説明した次の文の ■に当てはまる語句を書きなさい。 ウマの目が横向きについていることで, 早く発見することができる。 問3 観察2について、 次の(1),(2)に答えなさい。 ため後方から敵が近づいてきても (1) ヒトのうでの図5ので示した部分では,筋肉P,Qのけんはどのように骨につ いているか ア~エから選びなさい。 図5はヒトのうでの骨格と筋肉を表した 図5 標本のスケッチである。 筋肉P,Qの端は けんになっていて、で示した部分にあ るひじの関節で別々の骨についており,筋 筋肉 Q 肉Pを縮め筋肉Qをゆるめるとうでが曲がり, 筋肉P をゆるめ筋肉Qを縮めるとうでが 伸びることがわかった。 ○カニのあし 図6の(a)のようなカニの「あしI」をはずして殻を切り開き, 図6の (b)のようにスケッ チした。 さらに, (b) の 「節①」 を 「節②」からはずし、 図6の (c) のようにスケッチした。 (c) では2つの乳白色のひも状のもの(以下では「ひも」と呼ぶ) が見られ, 資料で調べたとこ ろ, 2つのひもにはそれぞれ筋肉がついており、これらの筋肉を縮めたりゆるめたりす ることによって, ヒトがうでを曲げたり伸ばしたりするのと同様のしくみであしを曲 げたり伸ばしたりすることがわかった。 -3- ア エ (2) カニが図6(c)の矢印の向きにあしを伸ばすとき, ひもX.Yについている筋肉はそれぞ れどのようにはたらくか, ア~エから選びなさい。 〒100 ア ひもXについている筋肉とひも Yについている筋肉の両方が縮む。 イひもXについている筋肉とひもYについている筋肉の両方がゆるむ。 ウ ひもXについている筋肉が縮み, ひもYについている筋肉がゆるむ。 エひもXについている筋肉がゆるみ、ひもYについている筋肉が縮む。 -4- 中3

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