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古文 高校生

理解力がなくて訳を読んでも内容が掴めません この古文の内容をわかりやすく教えてほしいです🙇

13 1 【出典紹介 今物語】 がたり たん とんせい 今物語 鎌倉時代中期の説話集。一冊。 藤原信実編。 「今物語」の名前のとおり、おおむね 平安時代後期~鎌倉時代前期に材を採り、和歌連歌説話や霊験譚・遁世譚など内 容は多彩。また、登場人物も帝・廷臣・高僧・女房から武士など、広い階層に及ぶ。 ふきだし解説 本文分析・現代語訳・ふきだし解答 ナ行下二段 連用形 活用 過去・連体形 格助 格助 八四用 過去・体 格助 過去・体 接助 けるに、 カ四・用接助 大下二・用 訪ね 伏見中納言と言ひける人のもとへ、西行法師 行きて 西行法師が行って訪ねたが、 伏見中納言と呼ばれた人のところへ、 係助八四・用 完了・体 接助 ほど あるじは歩き違ひたる その家の主人は行き違いになったので、 格助 ダ下二・用接助 八四・体 係助 形シク・体 格助 ハ四・体接助 格助 に、侍の 出でて、「何事言ふ 法師ぞ」と言ふに、縁に尻かけて カ下二・用接助 ワ上一・用完了・体格助 居たるを、 格助 「怪しかる法師の、か このように 「変な法師が、 「訪ね」の言い切りの 形 (終止形)は、「訪ねる」 ではなく、 「訪ぬ」である。 こうした言い切りの形を 理解しておかないと、い つまでも「ラ行活用」と 答えてしまう。前章で「け る」 (終止形は「けり」)を 学んでいるので、活用形 は理解しておきたい。 「の」は主格を示す場合 が多い。 (仕える) 出て、 西行が縁側に尻をかけて座ったのを、 「何を言う〔=どんな説法をする] 法師であるか」と言うと、 時 格助 格助 格助 格助 形シク・体 間助 格助 八四・用存続・体 格助 サ下二・用 存続・体格助 く痴れがましきよ」と思ひたる けしきにて、侍ども睨みおこせたる 侍たちが(西行法師を)にらんでいる時に、簾の内で、 馬鹿げたことをしているよ」と思っている様子で、 熊の内に、箏の琴にて 箏の琴で 「西行法師」も正解。 形ク・終格助 格助 四 存続・体格助力四・用接助 格助 「憎し」と 秋風楽をひきすまし 秋風楽を美しく弾いているのを 格助 サ四・未謙譲意志・終格助 八四・用過去・巳接助 ん」と言ひければ、 と言ったので、 たるを聞きて、西行、こ の侍に、「物申さ 西行が聞いて、 西行が、この侍に、 「もしもし」 「気に入らない」 08 格助 格助 接助 係助 八四 係助格助 八四・体 接助 ラ四用接助 「何事ぞ」と言ったのが 「この侍」であり、言われ た人物が「西行」である。 5 格助 サ四・未謙譲使役・用ハ四・命尊敬補 格助接助 給へ 」とて、「ことに身に 申さ と言って、「(あなたの弾く琴 の音のせいで) 格別 に身に は思ひながら、立ち寄りて、「何事ぞ」と言ふに、「簾の内へ とは思うものの、 近くへ立ち寄って、 「何事か」と「西行に言うと、「簾の内へ申し上げさせなされ」 形ク・体 格助 終助 格助 接助 品 水風かな」と言ひ出で たり 格助 ダ下二・用完了・用過去・接助 けれ 口に出して言ったので、 「憎き 法師の言ひ事かな」とて、 「不愉快な法師の言うことであるよ」 格助 ラ四・用完了・用 過去・終 かまちを張り けり。 と言って、 横っ面を張ってしまった。 ラ四・用完了・用 過去・終 西行はふはふ帰り けり。 西行は、あわてふためいて帰ってしまった。 格助 格助 ラ四・用完了・体格助 後に、中納言の帰りたるに、 後で、 中納言が帰った際に、 ラ四用 過去・巳 接助 語り けれ ば、「西行に 語ったところ、 か もの しみる秋の風だなあ」 西行の災難 て 246 KBS つ 係り結び 八四丁寧完了・巳 連体 候ひ 「かかる痴れ者こそ 「このような馬鹿者がおりました。 係り結び 断定用係助 ラ変•用 強意・終 現在推量・已 こそ あり 「きっと西行であっただろう。 サ下二・八四・用丁寧補完了・終 つれ。張り伏せ 候ひ 張り倒しました」 。 のぶざね 格助 断定・終格助 接助 らめ ふしぎのことなり」とて、心憂がら 感心できないことだ」 て 格助 格助 ぬ」とかしこ顔に としたり顔で ラ四・未 尊敬用 過去・終 けり。 と言って、残念がっていらっしゃった。 56 客か

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古文 高校生

古文の質問で写真の赤線の部分は解答には作者から藤原道長への敬意と書いていて、饗応し申したのは藤原道隆なのになぜ藤原道長への敬意となっているのですか?

そちどの 3 えことば 2みなみのみん 帥殿の南院にて人々集めてあそばし しに、この殿渡らせ給へれば、思ひかけず なかのくわんぱくどのおぼ あやしと、中関白殿思しおどろきて、い 5きやうおう みじう饗応し申させ給うて、下﨟におはし ませど、前に立て奉りて、まづ射させ奉ら や かず せ給ひけるに、帥殿の矢数いま二つ劣り給 おまへ ひぬ。中関白殿、また御前に候ふ人々も、「い ま二度延べさせ給へ。と申して、延べさせ 給ひけるを、やすからず思しなりて、「さ らば、延べさせ給へ」と仰せられて、また n 射させ給ふとて仰せらるるやう、「道長が みかど きさき 家より帝、后立ち給ふべきものならば、こ の矢当たれ。 と仰せらるるに、同じものを なから 中心には当たるものかは。 次に帥殿射給ふに、いみじう臆し給ひて、御手も 100むへんせかい わななくけにや、的のあたりにだに近く寄らず、無辺世界を射給へるに、関1 11にふだうどの 白殿、色青くなりぬ。また、入道殿射給ふとて、「摂政関白すべきものな らば、この矢当たれ」と仰せらるるに、初めの同じやうに、的の破るばかり、 同じ所に射させ給ひつ。饗応し、もてはやし聞こえさせ給ひつる興もさめて、 こと苦うなりぬ。父大臣、帥殿に、「何か射る。な射そ、な射そ。と制し給 おとど ひて、ことさめにけり。 だいじゃうだいじん 【太政大臣 道長】 さぶら 弓を射る道長と伊周 『大かゞみ絵詞』 Bib nemo TheR のを 2 4 5

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歴史 中学生

すいません 鎌倉時代時代の徳政令の内容で御家人が質に入れた土地について、ただで取り戻すことを認めたとはどのような意味ですか??🙇‍♂問3です!

大陸 6 6 解く ax² 5m 未 階級 目にE とする ①), 16 【3】 古代から近世にかけての文化に関連する資料 1~6を見て、 次の各問いに答えよ。 仏教が日本に伝わり、蘇 我氏や聖徳太子があつく 信仰したことで、初の仏教 文化が栄えた。 聖徳太子が 斑鳩に建てた法隆寺が代表 的な建築物である。 b遣唐使が停止されたこ ろから, 日本の風土や日本 人の慣習に合った文化が栄 えた。宮中で仕える女性た ちが、仮名文字を用いてす ぐれた文学作品を著した。 資料2 国風文化 資料1 飛鳥文化 e 室町時代には、武士の 文化と公家の文化の融合が 見られた。 足利義政が建 てた慈照寺東求堂同仁斎は, 書院造の代表的な建築物で ある。 資料4 東山文化 ↑ g安土桃山時代には, 大 名の経済力を反映した文化 が栄えた。 狩野永徳がすぐ れたふすま絵や屏風絵を描 く一方. 千利休は質素なわ び茶の作法を確立した。 資料5 桃山文化 社-8 C 鎌倉時代になると, 武 士の力強さを反映した文化 が栄えた。 また.d分かり やすく実行しやすい教えを 説く仏教の宗派が次々に生 まれ。 支持を広げた。 資料3 鎌倉文化 18世紀末から19世紀初 めにかけて, 江戸の庶民を 担い手とする文化が栄えた。 十返舎一九の『東海道中膝栗 毛」などの小説が広く読まれ るようになった。 資料6 化政文化 問1 資料中の下線部aに関連して, 聖徳太子が冠位十二階の制度を定めた目的として適当な ものを、次のア~エのうちから1つ選び,記号で答えよ。 ア 朝鮮半島から移り住んだ渡来人を役人に取り立てる目的。 イ 家柄の良い人物を役人に取り立てる目的。 ウ隋で学んだ留学生を役人に取り立てる目的。 エ才能や功績のある人物を役人に取り立てる目的。 問2 資料2中の下線部bに関連して, 9世紀末に遣唐使の派遣を停止するよう提言した人物と して適当なものを,次のア~エのうちから1つ選び, 記号で答えよ。 ア 菅原道真 イ 藤原純友 ウ 小野妹子 工 中臣鎌足 問 3/ 資料3中の下線部cに関連して, 鎌倉時代に出された徳政令の内容として適当なものを. 次のア~エのうちから1つ選び,記号で答えよ。 ア 御家人が質に入れた土地について, ただで取り戻すことを認めた。 イ 御家人の土地をめぐる争いについて, 幕府に訴えることを禁止した。 ウ 御家人が,子孫に対して分割相続で土地を分け与えることを認めた。 エ 御家人が, 農民から年貢を不正に取り立てることを禁止した。

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歴史 中学生

問ニの イとロ 教えてください

1 花子さんは,わが国の古代から近代の各時代の特色について,政治と人々のくらしを カードにまとめた。 カードをみて、各問に答えよ。 GH上にあり、I-CL-20 <カード〉 [古代] 問3 りつりょう ①律令に基づいた 政治が行われた。 ○ [ア] [中世] 2② 武士による支配の しくみが整えられた。 しょう む 1 聖武天皇 ○[イ] 近世 ③幕府による大名支配 のしくみが整えられた。 ○〔X〕 じんしん てんのう 壬申の乱に勝利した ( )は、天皇を中心とする国家の建設をすすめた。 問1 下の□内は, 下線部①についてまとめたものである。( )にあてはまる人物を 次の1~4から一つ選び, 番号を書け。 てんむ 2 天武天皇 かんむ 3 桓武天皇 近代 ○ アジアで最初の りっけん ④ 立憲制国家となった。 ○〔ウ〕 問2 下の□内は, 下線部②についてまとめたものである。 (①) と (⑥) にあてはまる 語句を書け。 ふじわらのみちな 4 藤原道長 はん しょうぐん ごけ にん りょうち しゅごじとう 将軍が御家人に領地の支配を認め,守護や地頭に任命するという () , 御家人が京都や鎌倉を しゅじゅう 警備し,合戦に参加するという (日)の主従関係をもとに, 幕府の支配のしくみが成り立っていた。

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