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数学 高校生

1番の証明についてです。 6の倍数になるためには、2の倍数かつ3の倍数である必要があると思うのですが、この答え方では、2の倍数と3の倍数の時で場合分けされていて、「かつ」にはなっていない気がします。 どうしてこのような回答になるのが分からないので教えてください!!!🙇🏻‍♀️

例題 248 連続する整数の積 nを整数とするとき,次の問いに答えよ. (1) 連続する3つの整数の積が6の倍数であることを示せ (2)2m²+3m²+nが6の倍数であることを示せ **** 考え方 (1) 連続する3つの整数は, 「n, n+1, n+2」 や 「n-1, n, n+1」 などの表し方が 解答) ある. 6の倍数は, 6×(整数) で表せるが, 違う見方をすると, 6の倍数は、2の倍数であ かつ、3の倍数であることから, 3つの連続する整数が, 2の倍数であることと、 3の倍数であることを示す. (2)2+3m²+nを連続する3つの整数の積で表せないか考える。 (1) 3つの連続する整数の積をn(n+1)(n+2), 整 数とすると, (i) n=2k のとき, n(n+1)(n+2)=2k(2k+1)(2k+2) 2k: 偶数 2k+1 : 奇数 (2k+1) (2k+2) は整数より,n(n+1)(n+2)は2の倍数である。 n=2k+1 のとき, n(n+1)(n+2)=(2k+1)(2k+2) (2k+3) =2(2k+1)(k+1)(2k+3) (2k+1)(k+1)(2k+3) は整数より, n(n+1) (n+2) は2の倍数である。 (ii) n=3k のとき, n(n+1)(n+2)=3k(3k+1)(3k+2) k(3k+1)(3k+2) は整数より, n(n+1)(n+2)は3の倍数である. n=3k+1 のとき, n(n+1)(n+2)=(3k+1)(3k+2)(3k+3) 26g+5=3(3k+1)(3k+2)(k+1 (3k+1)(3k+2) (k+1) は整数より, n(n+1) (n+2) は3の倍数である。 I+l-n=3k+2 のとき #1 (1) n(n+1)(n+2)=(3k+2)(3k+3)(3k+4)- YAR8=3(3k+2)(k+1)(3k+4) (3k+2)(k+1)(3k+4) は整数より, n(n+1)(n+2)は3の倍数 (i), (i)より, n(n+1) (n+2) は2の倍数であり3の倍数であるから, 6の倍 数である. よって、3つの連続する整数の積は, 6の倍数である. (2) 2m²+3m²+n=n(x²+3n+1) 例 考え 解答

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古文 高校生

模試とかにでてくる初めてみる古文、漢文の問題だと全く内容が理解できなくて全然答えがあいません、😢 読解するのにポイントとかアドバイスあれば古文、漢文、どちらか片方だけでもいいので教えてくれませんか、??

聞きたり。 げんろく ばんじゅう あこう あきのたくみのかみながり とか こうずすげよしなが あだう 元禄十四年(一七〇一年)、江戸城内において、播州赤穂藩の藩主浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央に斬りつける事件が起 浅野内匠頭は切腹のうえ、赤穂藩は取りつぶしとなったが、吉良上野介には何のお咎めもなかった。この処置に納得で きない浅野家の家臣四十七人は、元禄十五年十二月十四日に吉良邸に討ち入り、上野介を討ち取って主君の仇討ちを果たした。 彼らは死後「赤穂義士」として浅野家の菩提寺である泉岳寺に葬られた。本文に登場する、堀部弥兵衛、 安兵衛もこの赤穂義 士の一員である。これを踏まえて次の文章を読み、後の問いに答えよ。(配点 三〇) ぼだいじ せんがく 堀部弥兵衛が娘を幸といふ。かねて安兵衛を養子として変せんとする折から、国亡び、復讐の挙に及び、父の弥兵衛も夫の 安兵衛も、ともに世に亡き人となりにけり。これより前、かの復仇を思ひ起こしける志願に、母を伴ひ諸国の寺社に詣で、昨年 冬、伊勢の松坂にて、吉良家を襲ひ志を遂げたりといふことを聞き、喜びつつ京師にのぼりしころ、父子とも死を賜ふよしを (注3) ゆあみ (注2) においては、自分の僧江戸にありて一寺の住職たるに尋ね行きて、尼とならんことを願ひけるに、この憎もただ人に はあらで、「明日になりてともかくもせん」とて、その夜死者に沐浴さする所に入れて、ひさしめ試みるに、つゆばかりも恐るる 思なく、 こころよく寝なければ、「さては出家は遂ぐべし」とて、戒を授け法を伝へ、妙海と名付く。 (注5)しば しつつけ (注7) (注4) あうかい この後に芝泉岳寺の義士の墓の傍らに、かたばかりの庵を結び、父夫及び諸士の後を懇ろにとぶらひけるが、なほもと 僕の家の絶えたることを深くきて、官に訴ふることしばしばなければ、後には「なほこのうへ訴へ出でば、遠島の罪にも 打はるべし」とありしに、強ひてまた訴へければ、すでに罪に落ちんとしを、ある方の恵みをもて免れたり。ひたすら訴ふる とおよそ二十度にあまれりとぞ。 (200) arewe B - はな よってせめて志にとて、墓の前に常をかかげしに、 所縁ある諸侯より油の料、及び米・・のたぐひ絶えず与へふに より、乏しきことなし。 折々は盗人に奪はるることありしが、さる けしきを見せず、布施多ければ、貧しき者をして、己は ぬすびと 租服を身にまとひ、常燈をわざとして生涯を送れり。 あんたう (注6) あこうぎしてんいっせきわ 「赤穂義士伝一夕話」による)

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現代文 高校生

「前者を信じる人はあまりいないが、後者はそれを唯一無二の真実だと信じる人がいるということ」 これはダメてしょうか?

*しんし はら わず いや少なくとも私が書くルポルタージュなどというものも、それが絶対の真実を 35 伝えるなどというたいそうなものではなく、僅かにどこがわかりどこがわからな かったかを明らかにできるだけの私的な中間報告にすぎないことが理解できてく る。たとえそれが、どれほど見事に完結した結構を持っていたとしても、せいぜ いがひとつの仮説にすぎないのだ。多分、あらゆる記事、レポートは中間報告で あり仮説である。 テレビで、朝となく昼となく主婦向けの番組で流されつづけ ている、いわゆる芸能レポーターたちのゴシップは、いかにも胡散臭いから逆に 救われているところがある。最近では、彼らのレポートを見聞きして、それをそ のまま信じてしまう人はあまりいないだろう。意識するとしないとにかかわら ず、それを一種の仮説と受け取る訓練ができているのだ。 様 もしかしたら、本当に怖いのは彼らのヤクザなレポートではなく、いかにも 真摯で、いかにも世を憂い、いかにも真実はこれだ、と主張しているようなもの うれ *うさんくさ かもしれない。それ自体が単なるひとつの仮説にすぎないということを忘れ、書 き手も読み手もこれを唯一無二の真実だと思い込んでしまう。そのようなレポー ト、記事は、書き手の善意の有無にかかわらず、常に危険なものに転化していく 可能性を孕んでいる。 愛 3 50

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