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解説お願いします!

・次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。 人には、そして人の集まりには、いろいろな苦 労や困難があります。 それらを避けたい、免除さ れたいという思いが働くのも無理はありません。 けれども、免除されるということは、誰か他の人 に、あるいは社会のある仕組みに、それとの格闘 をお任せするということであって、そのことが、 人を受け身で無力な存在にしてしまいます。 これに対して、私は「人生には超えてはならな い、克服してはならない苦労がある。」と書いた 一人の神学者の言葉を思い出します。 苦労を苦労 と思わなくなる、のではありません。苦労を苦労 としてそのまま引き受けることの中にこそ、人と して生きることの意味が埋もれていると考えるの です。苦労はしばしば、独りで背負い切れるほど 小さなものではありません。人と支え合うこと、 人と応じ合うことがどうしても必要になります。 冒頭に挙げた、「自分とは何か」という自分が存 在することの意味への問いについても、自分の中 ばかりを見ていてはその答えを探し出すことはで きません。その答えは、他の人たちとの関わりの 中でこそ、具体的に浮かび上がってくるものだか らです。 他の人たちと関わり合い、弱さを補い合うから こそ、人は倒れずにいられます。そして、自分が 存在することの意味を感じながら生きることがで きます。「誰かの代わりに」という思いが、余力 のあるときに、というのではなく、常に求められ るものであることの理由は、ここにあります。 最後に、私が十代の頃から愛読してきたパスカ ルという思想家の著書、「パンセ」の中の言葉を 紹介しましょう。 「人間の弱さは、それを知っている人たちより は、それを知らない人たちにおいて、ずっとよく 現れている。」 今の社会を生きる私たちにとって、繰り返し味 わうべき言葉だと思います。 (鷲田清一「誰かの代わりに」より) ②

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「雨が落ちてきて」の結びつきは固定していて、「雨」を「雪」にしたり「落ちて」を「落下して」などとは言えないとありますが、 どうして「雪が落ちてきて」や「雨が落下して」ではダメなのですか?別にそこまでおかしくないように思います。

ちてきて」を単に「落ちて」とすると不自然」 *RM位 になる。「雨が落ちてくる」は、二つ以上の 語が組み合わさって一つのまとまった言い方 になっているもので、これを連語(コロケー がけ 崖の上から大きな石が落ちてきて、道路 が不通になった。 ぽつぽつと雨が落ちてきて、家まで走っ て帰った。 ション)という。 人公の 新 (ウ) か Pn 小さいときから相撲を取ったり、空手を るv ®.@には、どちらも「落ちてきて」とい やったり、ボクシングを習ったりして、格 Jn 物 闘技のプロを目指した。 う同じ言い方が含まれるが、この二つは働き が違う。 の 格闘技を行うことを表す場合、「相撲」だ 夢 ®では、「大きな石」を「小さな石/大木 /荷物」に置き換えても不自然にはならない。" けが「取る」と結び付いて「相撲を取る」とい また、「落ちて」を「落下して」に換えても、 う連語になり、ほかは「やる(する)」と言う。 J かさ あせ あるいは「落ちてきて」を「落ちて」にして 連語には「傘を差す」「汗をかく」「足を組 もほぼ同じ意味を表す。 む」など、具体的な事柄を表すものから、「知 一方、@の「雨が落ちてきて」の結び付き は固定していて、「雨」を「雪」にしたり、「落 しば さい はい 恵を絞る」「采配を振る」「説明がつかない」 「命に別状はない」など抽象的な事柄を表す ものまで、多種多様の言い方がある。 ちゅうしょう ちて」を「落下して」などとは言えないし、「落

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