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化学 高校生

合ってるか教えてください! 例題15 2.(2)わかんないです!

416 全力投球! (2)I中の(*)から(b)への状態変化を何というか。 (3) 作図図Ⅰ中のX点にある水を, 一定の速 さでゆっくり加熱してV点にした。このときの と を示 す概略図を示せ。 ただし、水の場合は液体状態 の比熱が他の状態よりも大きいこと, および次 のデータも利用せよ。 以下の各問いに答えよ。 図Iは、純粋な水について 圧力および温度に よる三態変化を表したもので、状態図とよばれて いる。 (1) I中の()の各領域は、水のどのような 状態を示しているか。 1013 hPa 11 圧力 X (お) (3) (B) (b) 温度 I 圧力 (hPa) 1000円 800 600 (4) 水を60℃で沸騰させるには、外圧を何 hPa にすればよいか。 蒸発熱 41kJ/mol, 融解熱 6.0kJ/mol 図IIは、図中の曲線 OB を 10~100℃の範 で、 さらに詳しく描いたものである。 400) 200 20 40 60 80 100 図Ⅱ (5) 図のように, なめらかに動くピストン付き のシリンダー内に水を入れ、 空気を除いて60℃に保った。 その後, 次のような操作を行うと, 器内の圧力は何hPa になるか。 ただし, いずれの場合も、 器内に液体が残っていた。 ① 60℃に保ったままピストンを引き上げて, 器内の気体部分の 体験を初めの2倍にした。 ②その後、ピストンは固定したままで, 温度を80℃にした。 水 図Ⅱ 蒸気圧と体積例題15) 右表は、水の飽和蒸気圧を示したものである。 この表を参 考にして下の各問いに答えよ。 ただし, 気体定数Rは8.3× 10 [Pa・1/(K・mol)) とする。 1 と 温度 飽和蒸気圧 [t] [hPa] 27 36 反応させ、発生する水素を水上置換で 捕集したところ, 27℃ 1016hPa の下で体積が300ml で あった。 捕集した水素は何molか。 47 103 87 610 100 1013 2 図のように47℃に保ったピストン付きの容器内に 水素と 0.15molの水が入っている。 この内の圧力は 1013hPa, 体積は10であった。 水素の水への溶解、およ 液体の水の体積は無視できるものとする。 (1) 47℃に保ったままピストンを押して、 気体 半分にすると、 内の圧力は hPaになるか。 (2) 47℃に保ったままピストンを引き上げて, 気体の体 307にすると, 器内の水は何%蒸発しているか。 水 (3) 47℃に保ったままピストンを動かして体積を変える とき、 器内の水素および水蒸気の各分圧は,それぞれどのように変化するか 次のグラフから1つずつ選び記号で示せ。 ただし、 グラフのスケールは任意 である。 (イ) 圧力 男 圧力 圧力 圧力 体験 圧力 体積V 圧力 体積 (2) 圧力 体積 体積 体 体積 体積 (4)温度を87℃に変化させた後, ピストンを動かして体積を変えていくとあ るところでちょうど水がすべて水蒸気になった。 このときの水素の分圧は何 hPa か

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現代文 高校生

国語の「光の窓」という小説なのですが、問題が 「暗闇の中に差し込む光」について、これを比喩的に表現している言葉を本文中6字で抜き出して答えなさい。 ⤴︎これを教えて頂きたいです。

光の窓 家の雨戸には、横並びに五つか六つ、細長い小窓が付いていた。 窓全体を覆う戸板が で、それをずらすことで開閉できる。雨戸を閉めても、外の様子をのぞくことができ 換気の役目も果たしていただろう。こういう窓を「無双窓」とよぶというのは、後 って知ったことだ。 双窓は子供部屋にもあった。私と妹は、その六畳ほどの狭い和室で寝起きし、宿題も というふうだった。以前は嫁ぐ前の叔母姉妹の部屋だった。 板の微妙なずれ方によって、朝、そこから、 まぶしい光の侵入がある。暗闇の中に差 込む光の模様は、一日として同じことはなかった。 光のトンネルの中に浮かび上がる、きらきらと舞う無数のほこり。 それがおもしろくて いつまでも見ている。そんな子供はどんな時代にもいるはずだ。 110 5 私は、あのとき何を見ていたのか。舞うほこりに見とれていたのか。 いや、光によって 照らし出されたものよりも、通過する光そのもの、光の「働き」のほうに魅せられたので はなかったか。 見るとは実に不思議なことだ。視覚を通して何かを「見る」とき、私たちはいったい何 を見ているのだろう。木だ、空だ、花だと、一つ一つ認識しながら見る場合はいい。そう ではなく、目を開けて何かを見ていても、頭は別のことを考えているということがある。 例えば壁の染みに、染みから想起された全く別の、過去のある出来事を見ているというこ とがある。 視覚の力は圧倒的だが、ほかの感覚に引きずられるとき、目を開けていながら、視界が 空っぽになり、見えている眼前の風景を見ていないということにもなるのはおもしろい経 験だ。 それでも、目が見える場合には、どうしたって見えてしまうし、見てしまうのだから、 その経験は長くは続かない。それが大人の肉体である。今、私は見ている、見ている私が いる、というふうに自意識も動き出してしまう。 こんぜん 子供の頃はそうではなかった。視覚も聴覚も嗅覚も触覚も、五感がもっと渾然と溶け合っ ていて、もっと放心してものを見ていた。我を忘れて、一個の感覚の器として、世界の中 に一人あった。幼年の「からだ」は泥のようになまめかしい。 5 10

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