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数学 高校生

この問題の(1)について質問です なぜn=2kの時に2の倍数であることと3の倍数であることを証明しなくてもよいのですか?n=2kの時とn=3kの時とでは値が違うため2の倍数であることと3の倍数であることを条件が違う時に言っても6の倍数であるとは言えないのではないのですか?文... 続きを読む

題 262 連続する整数の積 nを整数とするとき, 次の問いに答えよ. (1) 連続する3つの整数の積が6の倍数であることを示せ. (2)2m²+3m²+nが6の倍数であることを示せ. ***** 考え方 (1) 連続する3つの整数は, 「n, n+1,n+2」 や 「n-1,n,n+1』 などの表し方が (2) ある. 6の倍数は,6×(整数)で表せるが,違う見方をすると, 6の倍数は,2の倍数である,かつ,3の倍数である. このことから, 3つの連続する整数が,2の倍数であることと、3の倍数であること を示す. 2+3m²+nを連続する3つの整数の積で表せないか考える。 (1) 3つの連続する整数の積をn (n+1) (n+2), kを整数とすると, (i) n=2k のとき, n(n+1)(n+2)=2k(2k+1)(2k+2 =2xk(2k+1)(2k+2) 2k: 偶数 2k+1 : 奇数 k(2k+1)(2k+2) は整数より, n(n+1)(n+2)は2の倍数 n=2k+1 のとき, n(n+1)(n+2)=(2k+1)(2k+2)(2k+3) =2×(2k+1)(k+1)(2k+3) (2k+1)(k+1)(2k+3) は整数より, n(n+1)(n+2) は2の倍数 (ii) n=3k のとき, n(n+1)(n+2)=3k(3k+1)(3k+2) k(3k+1)(3k+2) は整数より, n(n+1) (n+2) は3の倍数 n=3k+1 のとき, n(n+1)(n+2)=(3k+1)(3k+2)(3k+3)=3×(3k+1)(3k+2)(k+1) (3k+1)(3k+2)(+1) は整数より, n(n+1)(n+2)は3の倍数 n=3k+2 のとき, n(n+1)(n+2)=(3k+2)(3k+3)(3k+4)=3×(3k+2)(k+1)(3k+4) (3k+2)(k+1)(3k+4) は整数より, n(n+1) (n+2) は3の倍数 (i), (ii)より,n(n+1) (n+2) は2の倍数であり3の倍数であるから, 6の倍 数である. よって,3つの連続する整数の積は,6の倍数である。 次数の低い文字につい

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現代文 高校生

写真の文章について。「自然を対象化」とは、人間と自然を切り離して客観的に見ることですよね。だとしたら、直後の「人間自身を含む自然」と矛盾するような気がするのですが、ここの意味をどなたか教えてください!

第三問 身 3 2. 第三問 次の文章を たとえば、匂いのユートピアといったものがありうるだろうか そもそも匂いというものがそう簡単に馴致されたり管理されたり、ユートピアのような 理想社会の体系のなかにとじこめられたりするものだろうか。 「匂いの 〔著者出 ・早稲田 ・西南学 自然界のあらゆるものは、多かれ少なかれ匂いをもつ。その自然界を脱し、みずからの 自然をつくりなしてきた人間というものもまた、時々刻々、さまざまな匂いを発している 5 存在である。人間の社会生活そのものが、多種多様な匂いの発生源である。食品や塵芥や 肥料や家畜や乗物や隣人や、 家事や産業やゴラクや宗教や イリョウや美容や風俗や、そ の他あらゆるものやことがらの発散する匂いのなかで、人間は人間であることを実現し実 感しているのだともいえる。匂いとは、人間の個と社会につきまといつづける見えない自 然、生理のようなものであろう。 とすれば、いったいどのようにして、このつきまといはびこる奇妙な生理的自然とのあ いだに、人間は、ユートピア的な防御壁を設けることができるのだろうか。 ⑤ ユートピアとは何か。文明が、いやすくなくともヨーロッパの都市文明が、成立このか たエイエイとして追いもとめつづけてきた、ただひとつの完璧な社会制度の夢想であり、 Aである。ほとんど強迫観念のようなもの、といってよいかもしれない。 ⑥人間はかつて森を出て自然を対象化して以来、人間自身をふくむ自然を徐々に改変する ことによって、都市を、文明をかたちづくってきた。そんな過程がいわゆる 〈進歩〉で あったとすれば、その目標、その最終段階がつまり、ユートピアである。 ⑦ プラトンの『国家』以来、さまざまな時代にさまざまな作品がこの社会形態をものがた り、ユートピアは文学の一ジャンルとして生きつづけることになった。 典型的なユートピストたちの思いえがいた理想社会は、だがおどろくほどに似たりよっ たりで、かわりばえがしなかった。千年、二千年をへても、プラトン『国家』からほと んど〈進歩〉していないように見えるのだ。なるほど各時代にいくらかの独創や逸脱もな いことはなかった。けれども、基本はいつもおなじだったのだ。四方に防御壁をめぐらし た自己完結的な都市空間。人工の美や清潔さや便利さや合理性や技術改良や キカ学や統 33 制への愛。人間とその生活は、自動機械のように画一化されている。自由などはない。 い や、自由がないということを感じなくなるほどまでに、ユートピアの住民は幸せである。 ユートピストたちはいつも自然を矯正しようとしてきた。彼らは自然の体現する偶然 や無秩序やアナーキーを、もっぱら排除しようとしてきた。こうした統制と画一化への意 志は、当然、人間とその社会につきまとう生理的自然にまでおよぶことになる。 いわゆる五感もまた、彼らのユートピア的再構築の対象となるだろう。 まず視覚。これならなんとかなる、とユートピストたちは考えるらしい。完璧にととの えられている理想都市の景観は、すみからすみまで、自然の乱脈さを極力おおいかくした ものである。

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