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数学 中学生

⑷を教えてください

14 「の表は、ある鉄道の乗車距離と片道の運賃との関係を表したものである。 ((1)~(3) 2点×3=6点、(4) 3点×1=3点 (4)は完答 計9点) 乗車距離 6kmまで 運賃 6kmをこえて12kmまで| 12kmをこえて 20kmまで 20kmをこえて 28kmまで 250円 乗車距離がxkmのときの運賃をy円とする。 300円 350円 450円 のとき、次の問いに答えなさい。なお、問題にある「出発地」とは、「始発駅」のことである。すなわち、「出 発地」から反対方向へは電車は出ないものとする。 (1)xとyの関係を表すグラフを解答用紙に書きなさい。 550+ 550 23 (2)下村くんは、出発地から8km先の駅まで乗車し、改札口の外のラーメン屋さんに入って、 580円のチャーハンを食べた。いくらかかったか答えなさい。 a55 2.55 $50 Q、 (3)(2)の後、佐藤くんから「出発地から15km先の駅の売店で待っている」 と連絡が入った。そこで下村く んは、食後の運動ということで、 線路沿いを歩きその駅まで向かった。しかし、遅かったのか、 そこに佐藤先生 はいなかった。仕方がないので、 電車に乗車し、 「出発地」 へ戻った。この一日で下村くんは合計いくらかかっ たか答えなさい。 580 +(350 113Dt (4) 6km走行するのに、ガソリン1リットルを使う車がある。ガソリン代がIリットルあたり160円であると き、この車で(2) (3) を走行したときに使うガソリン代と、(2) (3) で乗車した時の運賃とでは、どちら の方がどれだけ安いか答えなさい。 2。 86820 400 +240 1350 450+350 1350 1300 + 250 20 S50 L。

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数学 中学生

⑷が分かりません!

「4 下の表は、ある鉄道の乗車距離と片道の運賃との関係を表したものである。 ((1)~(3) 2点×3=6点、(4) 3点×1=3点 乗車距離 (4)は完答 計9点) 6kmまで 6kmをこえて 12kmまで| 12kmをこえて20kmまで 運賃 20kmをこえて 28kmまで 250円 乗車距離がxkmのときの運賃をy円とする。 300円 350円 450円 このとき、次の問いに答えなさい。 なお、問題にある「出発地」とは、「始発駅」のことである。すなわち、「出 発地」から反対方向へは電車は出ないものとする。 (1)xとyの関係を表すグラフを解答用紙に書きなさい。 550+ 550 23 (2)下村くんは、出発地から8 km先の駅まで乗車し、改札口の外のラーメン屋さんに入って、 580円のチャーハンを食べた。いくらかかったか答えなさい。 550 Q-55 (3)(2)の後、佐藤くんから「出発地から15km先の駅の売店で待っている」 と連絡が入った。そこで下村く んは、食後の運動ということで、 線路沿いを歩きその駅まで向かった。しかし、遅かったのか、そこに佐藤先生 はいなかった。仕方がないので、電車に乗車し、「出発地」へ戻った。この一日で下村くんは合計いくらかかつ たか答えなさい。 113回t (4) 6km走行するのに、 ガソリン1リットルを使う車がある。ガソリン代が1リットルあたり160円であると き、この車で(2) (3) を走行したときに使うガソリン代と、(2) (3) で乗車した時の運賃とでは、どちら の方がどれだけ安いか答えなさい。 6400 450+350 32.0 +24D 1350 S50 *300 + 250 「15、次の図で、点Oを中心として、 四角形ABCDの2倍の拡十図 D加名E -.

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古文 高校生

この古文の、カギカッコの組み合わせ(?)がどうなってるのか全く分かりません… 教えてください…🙇‍♂️

第3問 次の文章は、「浅茅が露」の一節である。甲納言は、かつって方違えのために泊まった宇て い契りを結んだが、その後、中納言が再び訪れると、女性は行方知れずになっていた。その頃、中納言の親友である三位の中将 は、母を亡くした子どもをふとしたことから引き取ることとなった。本文は、「三位の中将が、子どもの母の形見の品を受け取っ た後の場面から始まっている。これを読んで、後の問い(問1~5)に答えよ。(配点 0) (一時) 衛門につけ奉りて養ひ奉るに、うつくしく見え給ふを、尼上も、「うつくしき者まうけたり」と、よろこび給ふことかぎりな (注4) 中将殿も、こはいかなる人にかとかなしみ給ふに、この形見とて添へたりしものを見給へば、白き色紙十枚ばかりに、絵、 (&平) 葦手などの、いとめでたきを描き集めたるに、あはれなる古言、新しきも、同じ筋にしわざとならず書きすさみたり。(ありし西 r「 じや の京の家も描きたり。手もいと上手づき、絵の描きざまも、「いかばかりなる人ならん」と、あはれに、涙とどめがたく見給ふ一 ビ に、奥に巻き込めたるは笛なりけり。 「誰ならん」と思すに、殿の二位の中将の、朝夕愛し持ち給ひし、しるしことなる笛なり。「こはいかなることぞ」と、あやし く、驚かれ給ふに、「この児の顔の、言ひ知らずはなばなとうつくしき、かをりたるほど、4いとよく思ひよそへられたるは、一 (の) かくなりけり。いかなる隈にかかる形見をとどめおきて知らず顔にてさすらへ給ふらん」と、言ひ出でて気色も聞かまほしく思 せども、『契り深くてあるらんに、わがものにしてや生ほしたてまし。今は起きかへりなどして、何心なくうち笑み給へるうつ くしさなど、見奉る人もすずろに涙ぐまるるを一左の大臣の姫君の《ただならずと聞きしを、生まれ給ひなば、いづくよりとも なくて、いと気劣りてあらんこそいとほしからめ」と、『ぞれより先に、かくとや知らせ奉らまし」など、やすらひ給ふに、中」 納言殿は、はかなくて暮れぬる年を思し続くるに、垣間見せし方違への夜、思ひのほかなりし火影よりはじめ、はかなかりける 契りのほどを思し続くるに、これしもかうおぼゆるも、口惜しかりける身の宿世かな]と、つくづくとながめ給ひて、 r こ 1 -0 7 x 契りをばいかにむすびて山の井の雫ににごるもの思ふらん」 へdに 池の氷閉ぢかさね、立ちける駕鷺のつがひも、下安からぬ思ひすらんなど、見出だし給ふほどに、三位の中将おはしたり。「こ」 あらんとて、置きて侍りと聞きて侍るに、これなん母の形見とて添へたるものの侍るが、笛にて侍りと申ししを、あやしくて、 T日取り寄せて見 候ひしかば、見し心地のし侍り。まことや、もしさることも思しよる」とのたまふに、あやしく、御心にか かる笛のことなれば、「思ひ分くことは侍らねど、たづねまほしき笛になん侍る。かれを見候はばや。児はいくつばかりに侍る一 らん」とのたまふに、「十月ばかりとかやぞ申し侍りし」「いま、笛のしるしまことならば、聞こえさせ侍らん。かへすがへすゆ かしくなん」とのたまへば、たち返り参らすべきよしのたまひて、出で給ひぬ。心もとなく待ち給ふに、やがて奉り給へり。見 給へば、まがふべくもなきそれなり。まぎらはしたる色紙の手習ひ、絵なんどの筆の流れ、墨つきまで、なべてにはありがたき 1 衛門||三位の中将に仕える女房の一人。 (金) 尼上|三位の中将の継母。 ;し幸体の一つで、文字を絵画化して書いたもの。 りけ!ここがあった。引き取った子ども一 第三番目の の児のことを言ひ出でまし。また、契り浅からねばさてもやあるべき」なんど思ひ給へど、「これほどの契りなれば、聞き給ひ て、しのびこめけるよなんど、心おき給はむもあいなし」なんど思して、「まことは、あゃしきことの侍るを、聞こえあはせん

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現代文 高校生

専門学校の過去問を解いてみたのですが、回答がネット上にもなくて困っています。 みづらくて申し訳ないのですが回答はあっているか確認していただきたいです。 また、間違っているところが有れば正しい回答も教えて頂きたいです。

次の文章を読んで、後の間に答えなさい。 日 差別は、われわれ人間の中の悪意に基づく。だが、だからといってわれわれの心に住まう悪意をあ 相去すべきなのだろうか ? _これまであらゆる宗教家はそう教えてきたし、哲学者の中にもそう説いて きた者が少なくない。(中略) われわれは他人を嘱し、既 め、他人に危害を加え、破滅させる。純粋に(さまざまな意味で)気に入ら v ない他人に禍 をもたらそうと企 む場合もある。正義を全うするため、国家や家族を守るため、などの vJ全n ,美名のもとにそうする場合もある。復讐 の揚合もあり、自分の身や地位を守る場合もある。 |外形的に他人に膏を加える行為のうち、動機によって正しい行為と誤った行為とを区別することは B には外形的に他人に危害を加える行 い 響に 有効ではないであろう。 A には分けられるであろうが、 為の内的動機を快り出すことは虚しいであろう。当人にも不明な要因が残るであろう。 よって、われわれは他人に危害を加える存在者なのだ。他人を苦しめようとし、その苦しみを喜び、他 人を破減させようとし、その破滅を祝う存在者なのである。(中略) と ローレンツは、人間のみが文化を有するが、それを人間のみが一 c 撃」をするところに求める。 地上の動物が「高級」になればなるほど、集団や個体の差イに敏感になり、ある集団や個体を好み、別 の集団や個体を嫌うのである。ある集団や個体はミ方であり、ある集団や個体は敵なのだ。こうした濃」 淡のある差イの体系が形成されるところに文化は芽生え生育するのである。言いカえれば 存在しないところには、 o方も存在しないのだから、一致団結して敵に立ち向かいミ方を守ると いう勇カンな行為、集団のために自分を犠牲にするという感動的な行為も消え去る。友情も恋愛も家族 愛も……それを如み破壊しようとする敵がいてこそ大切な総なのである。(中略) こうした攻撃心を、動物行動学や精神病理学の成果から無批判的に受容し肯定するのは危険であろう。 かしVこれを無批判的に排除し否定するのもやはり危険なのだ。(差別感情というテーマにおいて、わ れわれのうちに否定しようもなく認められるこうした広い意味での攻撃=悪意を一掃することを目標に してはならない、とは言えるであろう。 あらゆる悪意とその発露が根絶された理想社会を掲げて現状を嘆くのではなくい自他の心に住まう悪 意と闘い続けること、その暴走を許さずそれをしっかり制御することVこうした努力のうちにこそ生き る価値を見つけるべきなのだ。人間の悪意を一律に抹殺することを目標にしてはならない。誤解を恐れ ずに言えば、悪音意のうちにこそ人生の豊かさがある。それをいかに対処するかがその人の価値を決める のである。 自分のうちに潜む攻撃心を圧殺してはならないということは、それを容認することではなく まして それをそのまま資定することではない。われわれは、(むしろ差別感情に伴う攻撃心や悪意を保持したま ま、自己を正当化することが多い。ここに、刺き出しの攻撃心や悪意より|え 悪質な、巧ミョウに隠 された攻撃心が育っていく。ここには、差別をしていないと言いながら紛れもない差別をしているとい の う彼さが悪臭を放っている。

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