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地理 高校生

地理の共通テスト対策について質問があります!! サクシードをやっているのですが、下の写真の黄色で書いたところだけを赤シートで隠して答えだけをただノートに書いているのですが力になっている気がしなくて困ってます💦地理が苦手で尚且つ推薦ではいらないからとあまりやっていなかったので... 続きを読む

1 地図投影法 →大陸 要点 (1) 地図の特徴 平面 特徴 0 円錐 円筒 459 球面である地球の表面を平面に表す過程で必ず歪みが生じるため、 利用 目的に応じて方位〕 (2距離) 3面〕,角度のいずれか が正しくなるように作成されている。 作成法 地球儀に光をあて、平面・円筒・円錐などに陸地を投影する方法で作成する。 (2) 正角図法・・・角度を正しく表現した図法。 1 地図投影法 問題 問1 次の図1はメルカトル図法で表現されている。 図1中の線分ア~エは、地図上では すべて同じ長さである。 線分ア~エで地図上に示された経路に沿って実際に海上を移動する場合に 移動距離が最も長くなる線分に該当するものを,下の①~④のうちから一つ選べ。 (07A) 図1 ①赤道記入 経緯線が平行で互いに直交する。図中の直線は〔5等角x) メルカトル図法 航路と呼ばれ、航海図に用いられた。 高緯度での距離や面積の拡大が短所。 ②メルカトルのルール 高緯度での 90 WOOD (3)正積図法・・・面積が正しいので分布図などに使われる。 サンソン 図法 経線は正弦曲線 (サインカーブ) となる。 ③「ウ」は赤道上 2 (モルワイデ]図法 経線は楕円弧となる。 [グード(ホモロサイン)] 図法 図法と[8 ] 図法を緯度40度44分で接合。 イ い い さ (4) 正方位図法・・・基準点から地図上の任意の地点への方位が正しい図法。 図の中心 〕から任意の1点への距離と方位が正確 主な図法。 [10 正距方位]図法となるため [13航空]図に適する。 距離や面積 の拡大 (高緯度ほど拡大) シャンハイ ウ I ブエノスアイレス ①②イ ③ ウ ④ エ 中心からの直線は [12 大圏〕 航路と呼ばれ、最短距離 C 問 3 1 東京の対蹠点は? 角 35°41'N 139°42'E A.135°41's 179°60'-139 423 40° 18' w 1800 Ow0 イギリ オリーブ…平和のしょうちょう ↑中心は北極× 作業 次の 135°E 1800 0° 全球図では, 外周円は図の中心からみた対蹠点となり, 同人3人 中心からの距離(図の半径)は[142]万kmとなる。説明 [15国際連合]のマークとして用いられている。 たいせき 問2 図1中のシャンハイからブエノスアイレスまで, 最短距離で移動した場合のおよその距離として 最も適当なものを,次の①~④のうちから一つ選べ。 (07A道) Point 問 ① 10,000km ② 20,000km ③ 30,000km ④ 40,000km 〕 ~ [5 ]に図法名を記入せよ。 地球上の任意の SP 95 ・地点の正反対の 地点 日本の対蹠点は2 しってる 問3 次の図2は, 東京を中心に正距方位図法で描いた世界地図である。 図から読み取れる事項として 正しいものを,下の①~④のうちから一つ選べ。 (00A) 図2 2 ① シドニー NEE OS 60 ホンコン 場所見る 45 30 15 35°N 2 のうちから SS シンガポール」 日本の イギリスの [メルカトル 対蹠点 EN ES [サンソン 対蹠点 SET ※地図だと東った プトレマイオスが地図 60進法を採用 1度:60分 2 HD 13X モルワイデ]図法 40°44'N モル a 法 DS 6.744) 香港 東京 Has Ar FO サンフランシスコ 半径 2万km OZT 「オーサグラフ」 サン 6999年 4044's モル 鳴川考案 [グード(ホモロサイン)] 図法 (5正距方位 08 外周は 中心地点の →図法 対蹠点 ① 東京とシンガポールの距離は, 5,000km余りである。 ② 東京とシンガポールとの時差を計算すると, 東京のほうが2時間遅い。早い ③ 東京とシンガポールを最短コースで飛ぶと, ホンコン上空を通過する。 しない ④ 東京 シンガポール間の飛行時間は, 東京・ シドニー間とほぼ等しい。 こっちの方が悪い

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現代文 高校生

現代文の問題での質問です。 問三の答えは2なのですが、なぜ3ではだめなのか理由がわかりません🥲 お時間ある方、教えて頂けると嬉しいです。。

| 正解3 にする」 ・いう意 外が チン 本の れて EA 1から [三] 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。 解答番号は [三] の 8 までとする。 SF小説に出てきそうな空想的なアイディアを、意外な方法で具体的なガジェットに落とし込む。単に効率をよくしたり、 精度を高めたりするのとは違う、まさに0を1にするような発想が、暦本さんからは常にあふれ出ています。 これまでに一〇〇以上の特許を取得し、その中には私たちが日々使っているようなものも含まれています。 たとえばスマー トスキン。スマホなどに表示されたテキストや画像が小さくてよく見えないとき、二本の指でそれをピンチング(つまみ、押 し広げる動作)すると、自在に拡大することができます。 あの技術は暦本さんが開発したものです。 そのときのことを、暦本 さんは著書でこう語っています。 私は、何にどう使うかは、あまり具体的にイメージできていなかった。しかし、指先でコンピュータの画面を拡大できた ら、そのほうがマウスよりも自然だろうという感覚は持っていた。いや、現実世界ではものを一本指で操作することのほ うがめずらしいのに、なぜマウスでは常に一本指ですべてを操作するような「不自然さ」を当たり前のように受け入れて いるのだろうか。そういう自分自身の素朴な疑問から始まったのが、スマートスキンの開発だったのである。 79 実は、暦本さんがスマートスキンを開発したのは、二〇〇一年。つまり、スマホが世に出るよりも前のことです。その後二 ○○七年に初代iPhone が発売されたとき、暦本さんが論文で発表した技術がスマホの機能として搭載されていました。ス マートスキンのアイディアは、「スマホを便利にしよう」というような今ある技術の延長で生まれたわけではないのです。 「ものを一本指で操作するほうが不自然なのではないか?」。言われてみれば確かにそうです。 でも、マウスを当たり前に受 け入れてしまうと、なかなか気づきそうにありません。デジタル空間と物理的な空間を同じように扱うこと、そしてそれらを 行き来する体の実感にヒントを求めること、これらが暦本さんの発想の根底には常にあるように思えます。 そんな本さんが、人間の能力の拡張について発想するとき、「原風景」ならぬ「原技術」として繰り返し立ち返るイヤホ ン型のデバイスがあります。 それは歌舞伎のイヤホンガイドです。 歌舞伎に詳しくない観客のために、舞台の進行にあわせて物語の背景や舞台上の小道 具の意味などを「耳打ち」してくれるガイドです。 暦本さんが歌舞伎のイヤホンガイドを初めて体験したのは一九九二年のことでした。当時のイヤホンガイドは、まだリアル タイムの解説ではありませんでした。 ナレーションがあらかじめオープンリールのテープに録音されており、それを技師が舞 台の進行を見ながら手作業で少しずつ再生していたのです。 今から見るときわめてアナログな仕掛けですが、暦本さんは「強烈な新鮮さ」を感じたと言います。それはまるで、遠隔で 密かにバックアップセンターのサポートを受けながら活動する往年のスパイドラマの主人公のようではないか、と。 いわば〔技師が〕観客に耳を通して 「ジャックイン」している。そのサポートを受けた観客は、突如「歌舞伎通」に変 身する。 もし隣の妻がイヤホンガイドの存在を知らなければ、歌舞伎のことなど知らないはずの私が「あの壷はね......」 などと小声で解説を始めたらビックリするにちがいない。 使っている技術はアナログだが、「これは革命的なインターフェースだ」とさえ私は思った。 コンピュータの前でキー ボードを叩きながら情報を得るのではなく、ふつうに生活をしながら目の前の状況に合わせて必要な情報が入ってくる。 それによって、人間は本来の自分より「賢く」なれるわけだ。 「能力の拡張」である。 変化する状況に応じて情報を与えるウェアラブルコンピュータのことを、学術的には「コンテクストアウェア」と呼ぶ。 その場その場の「文脈(コンテクスト)」に合った情報が手に入るということだ。 暦本さんの面白いところは、歌舞伎のイヤホンガイドを、単なる「時宜を得た情報提供」ではなく、「 5 (05-21) 14

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国語 中学生

文章読解です。 問6の答えがウなのですが、アではないのはなぜですか?

次の文章を読んで、あとの各問に答えよ。(1〜7は形式段落の番号である。) の手づくりといえば個性的な一品生産、機械づくりといえば規格化された大 量生産というのが、従来の通念だろう。だが少し考えるとこれは大きな誤り であって、じつは伝統的な手づくりは本来、懸命に と大量生産をめざ ろくろ はたお していたのである。(こ轆轤づくりの陶磁器といい機織りによる布地といい、 さらに型抜きの細工物から木版画まで、規格のない職人仕事は一つとしてな かった。 ちなみに面白いのは、 (注2) ウイリアム・モリスが手づくりの復興を唱える まえ、おりから盛んになった機械づくりへの非難は、それが規格化されてい じゅうたん せいち たからではなかった。機械づくりの絨毯があまりにも精緻にしあげられ、模 様に遠近法までとり容れられているのが不自然だ、というのが反対の主旨で あった。もう一つ機械が批判されたのはその出来映えのせいではなく、機械 が労働を分断して非人間化するという理由からであった。「機械が労働の分業 35 化を進め、単純労働の反復を招いて仕事の達成感を奪うというのが、モリス の師匠格の (注3)ジョン・ラスキンの主張であった。 こうした機械批判は当然、二十世紀にいたってことごとく根拠を失ってし まった。手仕事では及ばない機械の精緻さはますます進化し、いまでは半導 体のような精密商品は機械でしかつくれない産品になった。電子制御技術が 発展するにつれて、逆に機械で一品生産をおこなうことももはや夢ではない。 『分業のもたらす労働の非人間化についても、機械が労働時間を短縮するこ とによって解決されてしまった。労働者は多くの余暇を与えられることにな って、そのなかで人間的な時間をとり戻すことができるからである。その余 暇の楽しみとして、スポーツやゲームと並んであらためて手仕事が魅力を増 したのは、皮肉だともいえる。 結果として、現代に残された手づくりの意味とは何であろうか。第一はほ かならぬ。余暇のなかの手仕事であって、手料理や庭いじりや模型づくりな ど、現実的な効用を期待しない作業の楽しみだろう。現実の効用至上の仕事 は目的の無限の連鎖のなかにあって、たとえば木を伐るのは板を削るためで あり、板を削るのは家具を組み立てるため、家具をつくるのはそれを売って

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