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歴史 中学生

中2 歴史 (4) (6) が分かりません。 答えはそれぞれ ア と イ です。

他2点×10=2 ある碑文 28年 (神 III ⅣV 2 〈文化・政治史〉 次のカードを見て、あとの問いに答えなさい。 I 左の模型は平安時代の A造の貴族の屋敷である。この時代の 貴族の華やかな生活は、宮廷に仕えた女性があらわした長編小説の a 「源氏物語」や随筆の b. 「枕草子」 からうかがうことができる。 左の絵は、 時宗を開いた B の生涯をえがいた絵巻物の一部で, 鎌倉時代の武士の館の様子である。 武士は鎌倉幕府の将軍と御恩 と奉公の主従関係を結び, 自分の領地に館を建て、武芸のけいこに はげんでいた。 左の部屋は, 室町幕府の」 8代将軍となった人物が建てた銀閣と同 じ敷地にある東求堂同仁斎である。 畳や障子など現在の日本建築に 通じる C造の特徴が見られる。 左の建物は, D文化を代表する姫路城で, 壮大な天守を持つ。 織田信長が キリスト教を保護したことで, ヨーロッパの文化の 影響も受けた, 豪華で壮大な文化が生まれた。 e 承久の乱で幕府が 武士を動員した地域 国名 大和 河内 和泉 摂津 伊賀 伊勢 尾張 三河 伊豆 近江 若狭 a-兼好法師 現在の府県名 |奈良 (1) [A~Dにあてはまる語句を、 それぞれ答えなさい。 (2) 下線部a,b の作者の組み合わせを、 次から1つ選びなさい。 ア a - 清少納言 b-紫式部 イ b-鴨長明 エa-鴨長明 b-兼好法師 ウ a - 紫式部 b-清少納言 (3) 下線部について, 後鳥羽上皇が隠岐に流される原因となった承久の乱 (5) おき により, 鎌倉幕府の支配領域はどのように変化したか。 資料1 資料2を 参考にして 「幕府の支配は,新たに~」 に続けて, 20字以内で答えなさい。 JONG (6) 資料1 承久の乱で幕府が武士を動 資料2 承久の乱後, 幕府が地頭を新たに置 員した地域 大阪 兵庫・大阪 JA 三重 静岡 滋賀 福井 国名 越前 加賀 越中 丹波 但馬 伯耆 出雲 石見 播磨 美作 富山 兵庫 京都 兵庫 鳥取 現在の府県名 福井 石川 島根 兵庫 岡山 歴史思考力問題 1 79 2 (3)-(5) は各5点他3点×7=31点) (1) (「国史大辞典」より) ④ 下線部dの人物の系図を、 右のア~ウから1つ選びなさい。 ⑨ (5) 下線部eについて, 織田信長がキリスト教を保護した理由を、「仏教」 の語句を用いて, 簡単に答えなさい。 (⑥6) 下線部について, Nのカードで説明されたころのヨーロッパの様子に ついて述べた文を, 次から1つ選びなさい。 ア ヨーロッパへ運ばれる香辛料などのアジアの特産物は, ムスリム商人 を経由していて高価であった。 イ 南北アメリカ大陸へ進出していたスペインは, アジア貿易にも乗り出 して 「太陽の沈まない国」とよばれるほど繁栄していた。「 ウ 中国とローマの間にシルクロードとよばれる陸の交通路がつながり, 中国から高級な絹織物がローマへ運ばれた。 10050 5 MoO38 (2) (3) (4) A B C D 幕府の支配は,新たに 国名 ⠀ (中略) ⠀ 義政 : (中略) ⠀ 義昭 安芸 周防 紀伊 淡路 阿波 讃岐 伊予 筑前 現在の府県名 岡山 広島 fe 山口 和歌山・三重 兵庫 徳島 香川 福岡 大分 肥前 佐賀・長崎 ( 「鎌倉幕府御家人制度の研究」 より) ア 尊氏 ↓ 義詮 ↓ 義満 時政 ↓ 義時 ↓ 泰時 : (中略) 時宗 (中略) ⠀ 守時 |清和天皇 ↓ (中略) ↓ 義家 : (中略) : 義朝 ⠀ 頼朝 : 実朝

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古文 高校生

この黄色のマーカーをした「かかる不思議」の説明をしろと言う問題で私は そもそもなにもしていないし、ご恩もないのに、なぜこのような高価なものを出したのかということ。 とかいたら△でした。誰か解説してくださるとありがたいです!

T 後の問に答えよ。 いと (注1) くほう (注2) さいは (注) やち この妻申しけるは、「その事ならば、などか嘆き給はむ。人は果報も幸ひも心にこそあれ。 ついでに世を厭はむと思はむに付 きても、すでに御相手になりぬ。尋常なる御引出物をも参らせてこそ、御内をも罷り出で給はめ。先世の契りあればこそ夫妻と もなりて、今日まで、心ざし変はらずして過ごしつらめ。惑はば共にこそ惑はめ。 この屋地なんどあれば、質換へて営み給へ」 (注7) (注6) かうぶ おもひで つたな といふに、夫申しける時、「果報拙くして、今まで御恩も蒙らねば、思出もなくて、年頃日頃過ごしつるだにも、心苦しくかた はらいたきに、我ゆゑわ御前さへ惑ひ給はむこそ口惜しければ」と言ば、「などかくは思ひ給はむ。事のついでに、共に尼法 (10) 師にもなりて、後世菩提の勤めせば、知識とこそ思ひ奉らめ。これほどのある甲斐なき世間は、惑ふとても嘆くにも足らず」 と言ひければ、心ざしの色、誠に浅からず見えける上肢、「さらば、ともかくも、女房のはからひにこそしたがはめ」とて、屋 敷を売りて、用途五六十貫がほどありけるにて、銀の折敷に金の橋を作らせて、ことごとしからぬやうに、紙に包み、懐中し くわいちゆう (注) て、すでにその日になりぬ。 (1) (注1) なにがし うばい 御所へ参りぬ。さて面々に、相手に色々の引出物をしけり。 「いかに、 つかまつ 某は上の御相手に参りて、その用意ありや」と傍輩ど も問ひければ、「いかでか用意 仕らざらむ」と言ふ。「いかばかりの事かし出だすべき」とて、目引き口引き、顔をそばめて ぞ、をかしげに思ひ合ひける。 ところ ごぜん すでに懐より、紙に包みたるものを取り出だして、御前に置きけるを、「させる事あらじ」と思ひて、かつがつ笑ふ者もあり けり。さて御前に置きたるを、引き広げて見給ひければ、銀の折敷に、金の橘を置きたり。心も及ばず作りたりけり。これを見 にが て、皆目を驚かし、人々苦りてぞ見えける。「そもそも何をして御恩もなきに、かかる不思議はし出だしたるぞ」と、御内の人 に尋ね給ひければ、「かかる子細とこそ承はれ」と、くはしく聞きたる者申しければ、大きに感じ仰せけり。 ししゅう せんごく さるほどに、返し引出物に、紙一枚をぞ給はりける。都近き庄の、千石ばかりなるを給ひて、富み栄えて、いよいよ奉公仕り て、重ねて御領も預かりけり。 ありがたかりける果報かな。 妻の心ざしこそ、まめやかに、あはれに覚えけれ。されば、人は貧しくとも、心をぞ立て、恥を も知り忠をも致すべきものなり。 H 果報・・・・・・前世での行いの結果として現世で受ける報い。 4 御御所の中。 5屋地家と土地。 幸ひ…..…幸運。 3 常る……ここでは、立派なの意。 わ御前…… 親しみを込め 8 a 4 2. (注3) Bumm. まど t. 6 御恩・ ・恩賞。 of t

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日本史 高校生

分一銭と段銭がいまいちよく分かりません。教えてください🙇🏻‍♀️

・ⅡI 次の文章ABを読み、下の問いに答えよ。 A 室町幕府は,地方支配のため、鎌倉幕府以来の守護を置いたが, その権限は、南北朝動乱の過程で, 大幅に拡大されていった。守護はこれらの権限を利用して荘園や公領を侵略し,国人などの武士たち 一族で複数の守護を占めるものもあり、 領国支配を強めて大きな権力をもつ者も現れた。 に分配して家臣化を進めた。 また、任国内に独自にアを賦課することもあった。 守護のなかには, しかし国人などの武士のなかには, 自立的で, 守護権力に対抗した者も多かった。 幕府は国人や古く からの足利氏家臣, 守護の一族などを奉公衆という直轄軍に編成し, 京都において将軍を護衛させる一 方,諸国に散在する将軍直轄領である めた守護のなかには、全国政権としての幕府が衰えたのち独自の統治機構をもつ戦国大名に成長する 者がいたが,守護代や国人などに実権を奪われ、滅ぼされてしまう場合もあった。 (08セ本改) 問1 空欄 ① ③ ア 分一銭 段銭 イ 守護の動向を牽制させた。領国化を進 イの管理をゆだね。 /11 に入る語句の組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。 (08セ本) 1 御料所 イ イ御料所 イ 関東知行国(関東御分国) 関東知行国(関東御分国) イ ②了分一銭 ④ ア段銭

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歴史 中学生

問ニの イとロ 教えてください

1 花子さんは,わが国の古代から近代の各時代の特色について,政治と人々のくらしを カードにまとめた。 カードをみて、各問に答えよ。 GH上にあり、I-CL-20 <カード〉 [古代] 問3 りつりょう ①律令に基づいた 政治が行われた。 ○ [ア] [中世] 2② 武士による支配の しくみが整えられた。 しょう む 1 聖武天皇 ○[イ] 近世 ③幕府による大名支配 のしくみが整えられた。 ○〔X〕 じんしん てんのう 壬申の乱に勝利した ( )は、天皇を中心とする国家の建設をすすめた。 問1 下の□内は, 下線部①についてまとめたものである。( )にあてはまる人物を 次の1~4から一つ選び, 番号を書け。 てんむ 2 天武天皇 かんむ 3 桓武天皇 近代 ○ アジアで最初の りっけん ④ 立憲制国家となった。 ○〔ウ〕 問2 下の□内は, 下線部②についてまとめたものである。 (①) と (⑥) にあてはまる 語句を書け。 ふじわらのみちな 4 藤原道長 はん しょうぐん ごけ にん りょうち しゅごじとう 将軍が御家人に領地の支配を認め,守護や地頭に任命するという () , 御家人が京都や鎌倉を しゅじゅう 警備し,合戦に参加するという (日)の主従関係をもとに, 幕府の支配のしくみが成り立っていた。

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