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生物 高校生

この問題の解き方を教えて下さい! 答えは6になります。 よろしくお願いします🙇

波の受輩に祟す実験の結巣 Ⅰ~Ⅲから、のの(ア)、(エ)、(オ)に入る物質 と酵素の紺答せとしても留なものを、 ①~⑥から1つ選べ。 げんかく ある物では、歯の閔応案により、賛Aから背にな物質が容戡 される。この過程には、酵素X、YおよびZが働いている。 通常、この隙核 聖物は、踏餐装に物質Aを加えておくと生育できるが、酵素XYまたはZの いずれか一つが働かなくなったもの(以後、変異体とよぶ)では、物質Aを紹 えても生育できない。 そこで、これらの変異体を開いて、(ア)~(ウ) の物質を加えたときに生育できるかどうかを調べた。 せいいく ① B ② B Y オ-Y-ZYZYZ HXXX X X Y ア BB CCD D ただし、(ア)~(ウ)には物質B、CまたはDのいずれかが、(エ) ~(カ)には酵素X、YまたはZのいずれかがえる。 6 D STA Y 結巣 I: 酵素×が働かなくなった変異体の場合、物質Bを加えた時のみ生育できる。 Ⅱ : 酵素 Yが働かなくなった変異体の谷、物質B、CまたはDのいずれか一つを加えておくと せいいく 生育できる。 Ⅲ : 酵素Zが聞かなくなった変異体の鷺谷、物質BまたはCを加えるとできる。 物質: A (ア)(イ)(ウ) 酵素: (エ) (オ) (カ)

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TOEIC・英語 大学生・専門学校生・社会人

英語の問題です。 教えて欲しいです🙇‍♀️

(2) I had my teeth 1 check 1( )に入る最も適切な語句を ① ~ ④から選びなさい。 (1) He went on speaking as if she ( 1 can't 2 hasn't ) there. Son 3 wouldn't ) by a dentist this morning. ult niles 3 checking wahiwon (青山学院大 ) ④weren't pomibinand (岩手医科大) 24 to check 2 checked (3) You should not keep any pets ( 1 after 2 unless ) you can take good care of them. 3 when (中央大) ④which 1 as 2 in ) all be correct. ②anytime (6) If the weather ( ①must have been (4) This town will change ( ) another ten years. (5) Those may not ( 1 absolute ) fine yesterday, I would have done the laundry. 2 is (7) Studying takes up a lot of my time during the week, ( ) little time for hobbies. (芝浦工業大) since 3 of (國學院大) 3 everything ④necessarily (関西学院大 ) ③ wasn't 4 had been (皇學館大) ①1 has left (8) Have you heard the rumors ( 1 that 2 what leaves leaving 4 left ) Susan has returned to this town? ③ which (麗澤大) ④ who 1 by (9) What was found in this experiment is ( 2 for (10)( ) what to say, she remained silent. ) great importance to researchers. 3 in (立命館大) 4 of (愛知工業大) 1 Not knowing 2 Being not knowing ③No knowing ④Knowing no (11) I tried to ( 1 have 2 make ) her to tell me what happened last night. 3 get (十文字学園女子大) 4 let How gimon and (12) Do what you like, as ( 1 far 2 much B in 1 in 2 with bnat am ) as you leave me alone. 3 long (13) This tool is dangerous. Please read the instructions ( (14) If I hadn't drunk so much last night, I ( 1 feel (15) I wish you 1 attend (16) If I ( 1 were ) 2 will feel ) the party yesterday. 2 were attending ) much better than I do right now. ③ would feel ③ have attended (中京大) 4 would have felt (目白大) ④had attended ) in your situation, I would be more careful about what you post on social media. (フェリス女学院大) 4 many ) care. (聖隷クリストファー大) at ④take gwol 3 will be (南山大) ④would be

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現代文 高校生

プラトンにとっての〈わたし〉は、対話の中でプラトンが送り出すロゴスである。 と解答にあったのですが、このことはどこを読めば分かるのですか?

16 望の形態である。それゆえ、「記録」をめぐる手法は常にその時代を象徴する一つのテクノロジーであった。記録は、人々の 記憶を「かたちあるもの」として表現するためのテクノロジーであり続けてきた。ロゴス(言語表現)を用いて「書くこと」; は、「かたちあるもの」として表現するための最も代表的なテクノロジーなのだ。だ <わたし〉と〈他者〉との関係を表現する形態の中で、対話はたぶん歴史上、最も古いロゴス(言語表現)だと僕は思う。 書物や図書館など問題にならないほどの古くて豊かな表現力をもっている。 旧約聖書には、〈わたし〉と〈他者〉という関係が発明された経緯が語られている。中沢新一は、〈わたし〉と〈他者〉とい う関係が神とユダヤ人との「対話」によって始まったとしている。神とユダヤ人との「対話」が始まった瞬間に、〈わたし〉 と〈他者〉との「関係」が定義されたのである。絶対という「関係」が定義されると、世界に意味が与えられる。「対話」に よって、意味が動き始めるのだ。 プラトンはそのような「関係」と「対話」を重視した。書物に問いかけても何も応答がないので、プラトンは神とユダヤ人 がおこなった対話を採用することにした。プラトンにとって、〈わたし〉は、プラトン自身ではない。ソクラテスはもとより、 神になり変わることもできるのだ。対話の中でプラトンが送り出すロゴスは、ソクラテスになったり神になったりしながら生 き続けることになったのだ。 論語やピュタゴラス学派でも、「対話」が重視されている。彼らが殺し文句のように用いる「師曰く」という枕詞は、師の 言葉に服従することを強制しているわけではない。対話を通じて、「師の言葉」を発展させる自由が用意されていることを表 明しているのだ。 5 対話は、「粋な希望」なのである。「有限」としての資料は記述の体系に依存し知覚からは自由であるが、「無限」としての 欲望や想像力は記述の体系から自由になるにつれて、僕たちが持つ知覚の波にさらされ、6のように漂うことに なる。この「有限」と「無限」のとの間の相互作用によって、僕たちは「粋な希望」である対話を実感するのだ。

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数学 高校生

赤丸?のところ教えてください。

解答 基本 75 第n次導関数を求める (1) を自然数とする。 (1) y=sin 2x のとき, y''") =2"sin (2x+ nπ であることを証明せよ。 重要 2 (2) y=x" の第n 次導関数を求めよ。 /p.129 基本事項 1 重要 76, p.135 参考事 関数 計 yla は、yの第n次導関数のことである。そして、自然数nについての問題です。 から自然数nの問題 数学的帰納法で証明 の方針で進める。 (2)では,n=1,2,3の場合を調べてy(n) を 推測し、数学的帰納法で証明する。 注意 数学的帰納法による証明の要領 (数学 B) [1] n=1のとき成り立つことを示す。 [2] n=kのとき成り立つと仮定し, n=k+1のときも成り立つことを示す。 (1)y(n=2"sin(2x+ 22 が成り 指針 Sin nπ 2 ① とする。 (+1)=cos 2x sin(2x+/-) であるから,①は成り立つ。 解答 [1] n=1のとき y'=2cos2x=2sin [2]n=k のとき,① が成り立つと仮定するとy=2* sin(2x+k) n=k+1のときを考えると,②の両辺をxで微分して d axy/tl=2 cos(2x+ RT ごは 他に yy(k+1)=2k+1sin(2x+ RT π + 2 2 =2+1sin{2x+(k+1)x} よって、n=k+1のときも①は成り立つ。 ・次導関数]×[2]から、すべての自然数nについて ①は成り立つ。 (2) n=1,2,3のとき,順に められていy=x=1,y=(x)"=(2x)'=2・1, y=(x")"=3(x2)"=32-1 (2)はい したがって,y(n)=n! ① と推測できる。 n=1のとき y=1! であるから, ①は成り立つ。 [2] n=kのとき, ①が成り立つと仮定すると 求めるから) y(k)=k! すなわち dk x=k! dxk え、とりあえず y(k+1)= =k+1のときを考えると, y=xk+1で, (xk+1)=(k+1)xk であるから dk dk dr (dxx+1)= {(k+1)x*} =(k+1) dk dxk dxkx=(k+1)k!=(k+1)! よって, n=k+1のときも ①は成り立つ。 [1], [2] から すべての自然数nについて①は成り立ち y(n)=n! 75 (1) y=logx 練習 n を自然数とする。 次の関数の第 n次導関数を求めよ。 (2) y=cosr

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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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