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生物 高校生

(4)の求め方を教えてください! 答えはA型302人 B型249人 AB型73人 O型219人です。

37. 晩疫反応の利用 ヒトや動物が,細菌やウイルスの感染が原因で一度病気になると、再度同じ病気には ならないか,なったとしても軽度ですむことが知られている。これは、病原体や病原体の出す毒素に対して特異的 に反応する(a )が体内につくられるからである。この現象を病気の予防や治療に応用したものとして,(b )療法や( c )療法などがある。( b )とは、病原体の死菌や弱毒化した生菌のことであり,これをヒト や動物に注射すると,リンパ球の一種である(d )が( a)をつくってそれを血液中に放出する。その結果, ヒトや動物は病気にかかりにくくなる。インフルエンザや狂犬病の予防接種などがその例である。もう一方の( c)療法の代表的な例は,ジフテリアや毒へビにかまれたときの治療などである。こちらは,病原体や毒素をウ マなどの動物に注射して得られた血液の成分をあらかじめ用意しておき,これを注射薬として用いるのである。 ABO式血液型の判定における血球の凝集反応も,上記と同様な反応の1つとみなすことができる。この反応は,赤 血球の表面にある( e )と,(c )中に存在する( i )の間で行われる。 上の文の( 2) 下線部のような免疫反応を特に何というか。 (33 短文記述】(c)療法には、 即効性はあるが,次のD, ②のような問題点もある。その理由をそれぞれ簡単に説明せよ。 の 一時的な効果しか期待できない。 (4) 843人分の血液検体を対象に,標準A型血清と標準B型血清を用いて, ABO 式血液型の検査を行い,次のX~Zのような 結果が得られた。各血液型の人数を求めよ。 X. 標準A型血清によって凝集が起きた検体数は, 322であった。 Y. 標準B型血清によって凝集が起きた検体数は,375であった。 Z. 両方の標準血清で凝集が起きた検体数と,どちらの標準血清でも凝集が起きなかったものとの比は1:3であ った。 )に適する語句を入れよ。 2 同じ人に繰り返し行うことができない。 (5)【記述】 ABO式血液型の他に、輸血などの時に問題となる血液型としてRh式が知られている。Rh +の夫との間に、 Rh + の子を第1子として出産した Rh -の女性が、再びRh+の子を妊娠した場合,流産したり, 生まれても貧血や黄だんにより 死亡してしまうことがある。その理油を説明せよ。

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現代文 高校生

問2 で④を選んでしまったのですが、②が答えでした。 ④が×の理由を教えてください🙇‍♀️

し 。 の女 人 演習12 目標時間9分 チェーザレ、パヴェーゼの日記には「何月何日のところに……ということを追加」あるいは「何月何日に書いたこと からは……という結論になる」といった記述がしばしば登場してくる。しかも追加される内容は、当日は記さずにあと になって思い出した出来事ではなく、きわめて抽象的な思念である。ただひたすら自分の日記に読みふけっている作者 の孤独な姿がありありと浮かんでくるようだ。日記(いちいち断るのはわずらわしいので、ただ日記とだけしておくけ れども、journal intime 正しくは個人がその内面を書き記した日記)をつけること自体、あるいはそれを公刊さえする ことを、近代精神の《病》と呼んだポール·ブルジェであれば、病はここで極頂にまで達したと評したかもしれない だが、いかに病気と呼ばれようとも、ある種の人びとにとって、日記はただ毎日つけるだけでは十分ではない。それを 繰り返し読み、かつ意見を追加してゆかなければいけないのだ。再読と記述の追加とは、日記を書くという行為の何か 本質的な部分につながっている。 G G Sというのも、ここでは日記を一つの保存装置、とりわけ《自己》を保存する容器と考えたいのだが、何であれ、また 何のためであれ、保存するということは、その保存したものを将来いつか取り出してくるのを前提としているはずだか らである。今日つくったジャムをいつかは食べるなどとはまったく考えもしないで、瓶に密封するひとがいるだろうか もっとも、時がたつにつれて、保存したことそのものを忘れてしまう場合はあるけれども -われわれの多くの日記の つけ方はこれにあてはまるだろう。しかしパヴェーゼは、けっして忘れることなく、ときどき瓶のふたを開いてはジャ ムを少しずつなめるような具合に、自分の日記を読みかえし、そのうえ新たな味つけまでしているのだ。つまり保 存という作業の基本を忠実に守っているわけである。 だがそれにしても、保存するものがジャムであるのと自己であるのとでは、保存の姿勢がずいぶんと変わってくる。ジャ ムの保存は、密封した瓶をあけて内容物を消費しつくした時点でその目的は達成され完結する。他方で日記の再読にあっ ては、保存の対象はある種のかたちで消費されるとはいえ、しかし減少することはけっしてなく、逆に、記述の追加を 通してたえず自己増殖をつづけてゆくだろう。このちがいは小さくない。保存したものが自己増殖するという点で、日 記を書くということは、むしろ蓄財やあるいは切手、昆虫などの収集に似ているかもしれない。日記に記された内面と 同様に、資本もまた自己増殖をつづけるー 少なくとも最初からそれが消滅することは願われていない||のであり しかもそのことを確認するために、資本家はたえず帳簿に目を通さなくてはならない。切手の収集家もまた、日毎ふえ

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