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英語 中学生

このページ翻訳ありでだれか教えてください! ぼやけているのはすみません、、、

ow some don't ( 長文問題 Ms. Jones is an English teacher, and Akira is one of her students, It is March. Akira Thank you for your wonderful lessons, Ms. Jones. We really enjoyed them. Are you going to teach at this school after March? Ms. Jones Yes. I'll teach here until July, but in August I'll go back to America. Oh, really? We'll miss you. What will you do in America ? Akira I'll go back to school. Ms. Jones Akira What will you teach at school ? Ms Jones I won't teach. I'll study at college. Study? Are you going to beat Ms Jones Yes. My brother also went back to school after quitting his job. That's interesting. Will you tell me about him? Akira Ms. Jones Sure. He worked for a Japanese company in America for five years. He became interested in Japanese culture, and he started to study it at college at the age of 35. lesson(s) ** until -- miss college: 大学 alter quiring his job: 仕事をやめたあと company 会社 become interested in ~~に商品を持つ ~のときに culture start to ~始める。 (at the age of を書きなさい。 下線部①の文と次の文が同じ内容を表すように、 English. Ms. Jones 下町②②③の英語を日本語にしなさい。 意味の通る文になるように ( に最もあてはまる1語を、対話文中の語を使い、必要 をかえて書きなさい。 ? Are you going to be a 対話文の内容について、次の問いに対して日本語で簡単に答えなさい。 How long did Ms. Jones' brother work for a Japanese company? 1 D What did Ms. Jones' brother start to study at college at the age of 35?t 対話文の内容について、次の答が完成するように、 に適当な語を書きなさい。 De Will Ms. Jones teach English at Akira's school in April 2 she DF When will Ms. Jones go back to America ? - She will go back there 対話文を参考にして、「彼は英語を勉強しないでしょう。」を英語にしなさい。 DO 1

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歴史 中学生

写真の問題の解答お願いいたします。 ちなみに(1)、(2)どちらもです。

室町時代について,次の文を読んであとの問いに答えなさい。 けん む あしかがたかうじ 建武の新政は、 ため、足利尊氏が再び兵を挙げた。 南北朝の動 むろまちばくふ 乱は約60年間も続き、 Y, 室町幕府のしくみができあがった。 南北 よしみつ 朝を合したA足利義満のときに幕府は最盛期をむかえ、やがて, B足利義政 けんい のときに起きた応仁の乱をきっかけに、 幕府の権威は失われた。 (1) X Y にあてはまるI~Ⅳの文の正しい組み合わせをあとの ア~エから選びなさい。 ] [岐阜改] [ Ⅰ. 公家重視の政策が続き,武士たちの間に失望が広がった ほそかわし やまなし ⅡI. 細川氏と山名氏が将軍のあとつぎ問題をめぐって対立した Ⅲ. 守護の多くは領内の武士を家来として従える守護大名へと成長し こくだか ぐんえき Ⅳ. 武士は領地の石高に応じた軍役を果たすことが義務づけられ ア X-I, Y-ⅡI 1 X-I, Y - N X-II, Y - III I X-II, Y - N (2) 下線部Aについて,次の問いに答えなさい。 ●このころ行われた貿易について述べた次の文の にあてはまる語句 を書きなさい。 [ ] [兵庫一改] 武家政権を倒し ごだいか た後醍醐天皇によ る建武の新政が, わずか2年で失敗 し、再び武家政権 に戻った理由を調 べてみよう。 たいざい ひ 1 (2) 日本からの 船の滞在費は明の負 担であったためば く大な利益をもたら . した。日本は銅 けん 剣などを輸出し, 銅 きいと 生系 絹織物な どを輸入した。

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現代文 高校生

これの答えは何番だと思いますか?

観光旅行というものは、そのほとんどが都市と建集の見物なのだが、そのことに気づいている人は意外に少ない。国内でも 神社仏閣や城跡巡り、そして町歩きは旅行に欠かせないし、温泉も町の風情が楽しく、温泉旅館も建築に ったものが多く て、それがひとつの魅力になっているはずだが、そうと意識することは少ない。ファッショナブルな観光スポットも、その多一 くは新しい町角の風景や揚所としてのショッピング·センターだったりするのに、目当ては商品とショッピングだと思い込ん一 の文章は、鈴木博之「都市へ」の一節である。これを読んで、後の問い(問1~6)に答えよ。なお、設問の都合で本文の一 段落に1|~|2の番号を付してある。(配点 0) でいる。ヨーロッパ旅行なら、まず都市巡りがその中心になり、都市巡りは町歩きそのものということになる。 そこで目に一 しているのは、町並みと建築物ばかりといってもよいのだが、それもまたあまり意識されない。 。われわれが観光旅行を都市·建築見物旅行といわないのはなぜなのだろう。 たぶん、旅行では町や建築も見るが、その ー1 3たが、はたして町や建築は単なる器なのだろうか。「だとえばゴシックの大聖堂がある。明らかにそこには中世の精神世界ま」 でもが、造形的に表現されている。さらにいうならば、ヨーロッパの都市は、彼らの精神がつくり上げたものであり、その精一 なかにある遺物や、商品、あるいはそこにまつわる歴史やユイー名ョのにうが大切で、町や建築は器にすきないからだという 気持ちがあるからだろう。 神を体現したものなのだ。魅力的な都市は町並みと建築が美しい町ばかりだ。パリもロンドンもウィーンもパルセロナもブダ ペストも、みな例外ではない。 +けれとも、それでは都市と建築にはいったいどのような精神が込められていて、それは町のどこを眺めれば解るのだと問い詰一 ーロ B められると、答えはすぐには出てこない。町により、建築によってその現れは異なるからだといってみてもおなじことである。 レ 5|ひとつの答えを用意してみよう。ヨーロッパにおいては、それは廃壊、遺跡といった概念だ。 、ヨーロッパには明らかに廃 壊や遺跡が多い。とくに古代ローマの遺跡は、驚くほど広範囲にヨーロッパ中を覆っている。スコットランドに行っても、 あるいは東欧に行っても、ローマの遺跡に出会う。そこにヨーロッパ世界の拡 がりを感じることになるのだが、遺跡というものがそもそもヨーロッパ的な存」 在であるように思われるのだ。 6|石やレンガで建物をつくればそれが時代とともに廃壊となり、遺跡となる のはあたり前だといえるかもしれない。しかし、そうした建設材料の特質だけ」 が廃媒や運跡をむのだろうか。ヨーロッパの建築や都市は、生まれたときか」 らそのなかに廃壊や遺跡の葬を含んでいるのではないだろうか。これはとくに 日本人であるわれわれの感覚に照らして考えてみたい点だ。 い 日本の社寺は手をかけていなければ、消えて山野に戻ってしまうし、町や一 建築も、「方丈記」や『徒然草」を思い起こすまでもなく、どこかしら 「仮の 宿り」、あるいは「うたかたの嘘」の風情を漂わせてきた。「終の概家」 うような表現にも、移ろいつづけた果ての住居という心が垣間見られて、か えって無常を感じさせるのである。つまり、われわれの町や建築は根本的に一 仮のもの、移ろいゆくものという精神の上に成り立っているかのようである。 そこからは名残の風情、名のみが残るという精神が浮かび上がる。木造建築 によって生み出される町の伝統がそうした名所意識を生んだのだろうか。 ローマの古代遺跡 ヨーロッバでは、古代遺跡と現代都市が同居する 町が多い

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古文 高校生

井原西鶴の古典の読みが全くわからないので教えていただきたいです。 とにかく漢字は全て教えていただきたいです。 わかる範囲でも結構です🙏 後家になりぞこなひ

武分弟世 持洞」 北国 生 か子峨さ寺宗道 経三深万が年国る吉 をの “算“支前 遊県°け 次 分どりな は 宿 後家になりぞこなひ えい 雀景拝みめぐりて下向すれば、乙は存中の里、越の海道には家居すぐれて 構をみがき軒をならべ、煙寛なる町づくり目だちけるに、人箔の女袖にすが b、日ははや七つにさが る、と引き込みけるに、いづNp 一夜の仮りまくら、 旅の寝覚めの淋しく、明日のタベの里までの事、命はしれぬ行末思ひっぃけ * Sらゃ て明かしかねたるに、あるじの物語るをきけば、此の所分銅町曾根薬屋甚九 郎とて、はじめは裏店かりて草履をつくり、鍋取り売るなど、誰しらざるも 越の国 のなし。されどもその身一代にかせぎ出し、俄分限となり、今は三ヶ所の家 屋敷蔵、肩をならぶるものなく、その弟甚助·甚七も、幼少より国里隔て売 えし られけるを呼び返し、手代分に家を治め、日にまして栄行く末の頼もしかり しに、さしつぎきの弟甚助、兄にかはりて万しどなく、 商売そ 乙~になして、 収り ど しかも色好みなるより、商ひ事にかこつけ三国の湊へ通ひ初め、二度の節季 の帳前たびどとに三五の十八、はらりと違ひて次第ましの不足、積れば大き にあくところありて、甚九郎もたび~意見するに聞き入れず。 はや彼の所 初川といへるを請け出すにきはまりしと、脇より是を告げしらせた るにたま りかねて、内証勘当して追ひ出しければ、外に停むかたもなく、哀れにさま 4 5く ょひ歩きしを、母の不便まさり、甚九郎が目を忍びて死なぬ程のみつぎして、 るたはら 同じ所の側に裏店からせて置きぬ。かくて年月かさなり、ある時甚九郎つれ づれなる雨の日淋しく、日頃将基好きにて、むつかしき詰物の図を案じける なが 程に、朝の四つより七つ半まで詠め入り、さても今合点がいた、これで詰む S他 ものを、と吐息つきながらうめきける音したるに、何事と女房かけ付けて見

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