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数学 高校生

写真のピンクで囲った変形?が、どういうことなのかわかりません。教えてください!よろしくお願いします🙇

35. Go A 例題 19 ユークリッドの互除法の応用 思考プロセス nは2桁の自然数とする。 2つの自然数 6m² + 14n +55 と2m² +4n+17 互いに素ではないとき,この2数の最大公約数を求めよ。 さらに、このよ うなnをすべて求めよ。 « ReAction 素因数分解が容易でない2数の最大公約数は, ユークリッドの互除法を利用せよ 互除法の原理… 2つの自然数a, b に対して,a=bg+r (r≠0) のとき (α ともの最大公約数)=(bとrの最大公約数) 6n2+14n+55=3(2n²+4n+17) + 2n+4 411 (6n2+14n+55と2n² +4n+17の最大公約数)= (2n²+4n+17 と の最大公 2次 2次 2次 1次 次数が下がる 次数を下げる 繰り返すと0次 (整数)になる 解 6m² +14n+55を2m²+4n+17で割ると 例題 9 IA 6m² +14n+55=3(2n²+4n+17)+2n+4 2n²+4n+17を2n+4で割ると 2m² +4n+17=n(2n+4)+17 A=BQ+R の形をつ る。 301 よって, 6m² +14 +55 と 2n² +4n+17 の最大公約数は互除法の原理 2n+4と17の最大公約数と一致する。 ここで, 17 は素数であるから, 2n+4 と 17 の最大公約数 は1または17であるが, 6n² + 14n+55 と 2n² +4n+17 は 互いに素ではないから, 最大公約数は1ではない。 よって, 求める最大公約数は 17 ゆえに, 2n+4は17の倍数である。 ここで, nは2桁の自然数であるから 24≦2n+4 <204 (6m² +14n+55と 2n²+4n+17 の最大公 =(2n²+4n+17 と 2 の最大公約 = (2n+4と17 の最大公約 また, 2n+4は偶数であるから 2n+4=34,68, 102, 136,170 したがって n=15,32,49,66,83 Point...ユークリッドの互除法による多項式の最大公約数の求め方 2つの多項式 A, B の最大公約数を求める手順 ①AをBで割ったときの余りR を求める。 (2) BをR で割ったときの余り R2 を求める。 (3) ②と同様の作業を R が整数となるまで繰り 返す。 その整数 R が求める最大公約数である。 候補を絞り込む nが2桁の自然数 す わち 10≦x<100 である ことから, 2n+4の 得る値の範囲を絞り込む 2n+4=2(n+2) より 2n+4は偶数である。 6n2+14n+55=3(2m²+4n+17)+2n+4 2n²+4n+17=n(2n+4)+17 (0次(整数) 最大公約数は17 +3 習 19 n は 50 以上100以下の自然数とする 2つの白枠数 31 2 12m +76 [と

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現代文 高校生

問9の解説お願いします🙏💦

20 ねばならない。 また、こ (解答番号は、第二間で【古文】 を選択した場合は1~現代文を選択した場合は1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、1~問1)に答えよ。 少女が涙に濡れた。差し出し、言う。「ピッ」 それを見た少年が、え、雨なの、と空をアオぐ保証など、言語にはどこに ちない。少年が朝鮮を知らなければ何だって? 何て言ったの? どういう意味なの? と、いきなりことばそのもの が前面に立ち現れる ことになる。 www. ロサンゼルスでも、アルフ・アタでもどこでもよい。 英語とスペイン語でも、北京語 広東語でもよい。 秋田空港でタク シーに乗った高知からの運転士との会話でもよい。複数の言語が出会う言語場複数の言語が用いられている場では、こう したことは日常である。 「おそらくこういう意味だろう」というような意味の曖昧な実現の仕方も、まさに日常の出来事である。 ホテルのフロントで 交わされる会話に耳を傾けてみよう。そこがホテルのフロントであるという言語場の条件に支えられて、「おそらくこういう 意味だろう」解ってくれたようだ」といった仕方で、意味がかろうじて立ち現れている、そんなことは、今もおそらく二四時間、 世界中あちこちのホテルのフロントで起こっている。あちこちの場で起こっている。 ことばができあいの意味を有していて、 それをキャッチボールのようにやりとりするといった図式は、ホテルのフロントでも、国境の検問所でも、やはりBに過 この意味な実現というありようを見てゆくと、意味の鮮明な実現と意味の曖昧な実現の境界もまた、しばしばゆ やかなものであることがわかるであろう。意味の実現を考えるにあたって、この点はまた重要である。 「ことば常に多義的である」といった次元のことを述べているのではない。「ことばが常に多義的である」と それ自体として大きくってはいないものの、ことばが意味となる機制の結果を語っているに過ぎない。 ことばは 意味となったりならなかったりする、そしてそのなったり、ならなかったりという境界自体も、また原理的に固定し難いもの だという意味の実現の原理的なありようをここでは問題にしているのである。「多義性」とは、ことばが意味を持つものでは 意味なものであることの結果についての書学的なアプローチによる名づけである。「両義性」 や 「曖昧性」もま たにする。ついでに言えば、「それはまあ、なんて言うか、ちょっとあれですが」とか「これこれっていった感 ことばにする方式、意識的に表現を明瞭にする曖昧化といったことが、表現上の選択肢となり得ることも、 この度にある。 ことばは意味を持つ」と考えた。このことは言すると、ことばを「意味を持つ/持たない」という二項 対立の中に位置づけようとしていることに他ならない。実際の甘酒場において意味が立ち現れる、立ち現れないの際にあること レクがありま は、いくらでもある。そうした意味の「持つ/持たない」の二分法で切り分けようとすること自体が、生理の所行と言わ れがされたことば)であれ書かれたことばであれ、外形を有している。形が在る。形を有すること ばか何らかの意味を持つと見たくなるのは、素朴な意味論のように見えるけれども、実はソシュール言語学を決定的な淵源とす 現代である。 ことばがじないのは、青森方言や鹿児島方言のごとく、そもそもコードが異なるからだとか、意味を持つことばを 聞き手が知らないからだとか、あるいは するからだと考えた。こうした考えは全て、ことばは通じるものだ」という テーゼとして出発している。そうした前提に立って、 伝達の失敗とか意思ソツウがうまくゆかな いといったこと、じようとしてきた。あるいは「文字通りの意味」がまずあり、それが実際に用いられる段になると、「言 があると考えてきた。書かれたことばには「行間を読む」などという比喩もあった。「コミュ ニケーション」にあっては、ことばを「正しく」「正確に」用いることがしばしば語られた。さらにはことばが「文化」にまで める てきたのである。 あらかじ 拡大され、「異文化」というコードを知ること、「異文化理解」などといった考え方が喧伝されてきた。これら多くの考え方の中 で、大前提となる、同一言語コードの上で、即ち正しいコードの共有の上で、ことばの十全たる受け渡し、即ちことばの正しい キャッチボールさえ実現できれば、「ことばは通じるものだ」という暗黙のテーゼ自体は揺るぎないものとして、保持され続け かも戻すた形がと ことばを「意味を持つ/持たない」という二項対立の中に措定しようとする限り、「ことばは通じるものだ」という暗黙のテー ゼは動きようがない。ことばが意味を「持っている」なら、何かしらの外的な阻害条件が加わらない限り、 ことばは投げ与えら れたので、その意味は話し手から聞き手に「伝達」されることになってしまうからである。 言語学的な立場から情報通信理論の図式を提出している典型として、R・ヤコブソン『言語とメタ言語」を挙げることができ る。 「送り手」が「受け手」に対して「メッセージ」を送る。この「メッセージ」ということばも、なかなかに危ないことばで ある。同書では「場面」が強調されている。 送り手と受け手に完全に、もしくは部分的に共通した「コード」と、送り手と受け 手の物理的経路と心理的なつながりである「接触」が欠かせないとして、ヤコブソンはこうした六つの因子を挙げる。場面を強 調している点は首できるものの、送り手が受け手にメッセージをあるコードに従って送るといった考え方は、いかにも機械的、 図式的で、素朴な発想である。こうした機械的 図式的という非現実性は、ヤコブソンの論の隅々に通底する二項対立論がもた らすものである。もっと言えば、ソシュール以来の言語学、記号学、 構造主義が、共通して胚していた二項対立論の、謂わば 負の表れである。負の表れと言ったのは、二項対立論は、二〇世紀思想とまではゆかずとも、少なくとも二〇世紀言語学にあっ ては、長足の発展を基礎づけた、決定的な方法論の一つだったからであり、負の結果と同時に巨大な正の成果も招来してきたか らである。 ジュリア・クリステヴァのような言説の中にも、送り手が「受け手=解読者」にメッセージを送るという、こうした図式が入 り込んでいる。 「伝達される意味」などということばに頼れているように、送られる「タッセージ」はそこでは事実上、意味を 持っていると考えられている。 クリステヴァが「受け手=解読者は、聞こえることを言える範囲でのみ解読する」と言うとき、 「送り手」における意味と、「受け手」における意味という、少なくとも二種の意味があり得ることを掘り下げる、一歩手前まで 来ているのにも拘わらず、どうしても意味を持った「メッセージ」を伝達するという観念から、抜け出ることができないでいる。 「送り手」がある意味をメッセージとして込める、その「メッセージ」を受け手が自ら「言える範囲でのみ」 解読するというク リステヴァの図式においては、やはり「ことばは意味を持っている」 という前提が揺るがない。J・J・カッツ「言語と哲学」 にも似たような考えが見える。 実のところ、送られるのは、一定の意味を持った イッセージなどではなく、一度は音声とい う形で意味から自由になったことばなのである。 ヤコブソンなどのこうしたコード論に立って、意味が実現しないと言っても、それは異なったコード間での出来事ではないか、 エンコード (encode) したのと同じ code でデコード (decode) していないのだから、と反論するのは、見苦しい言い訳に過ぎ ない。その言語観は、まるで数理的な体系でもあるかのような、コードなるものを幻想する以前に、コードなど成立しない言語 場を予めはっきりと理論的に位置づけ得ていただろうか? あるいは一瞬でも考えただろうか? 繰り返すが、 ことばが意 味となったりならなかったりする、あるいはかろうじて意味となる、それは私たちにとって日常であり、世界にとって自然で ある。言語にとっては存在のありかたそのものなのである。そうした事態がその言語観の中に鮮明に位置をシめていないのであ れば、言語の実現のリアリティの大きな前提が、その言語観においては予め切り捨てられている、ないしは隠蔽されていること になる。「ことばが通じる」という事態よりも「通じたり通じなかったりする」ことが先に、あるいは、より深いところにある がゆえに、その深いところにある前提を除外した時点で、その言語観は少なくとももう今日の理論としては失格である。 言語学 としてもヒソウであり、言語教育にあっては、余計に罪深い。ことばが通じない悲しみを背負わぬ言語教育など、信じられるだ ろうか? 百歩譲って、コード論者の言い分を一旦、受け入れてみてもよい。そうしたコード論を理論的に成立させるためには、少なく とも次の二つの本質的な部分を解決せねばならない。 第一に、異なった言語の間だけではなく、実はいわゆる同じ言語の話し手の間でも、つまり同じコードの間でも、ことばが意 24一般入試A問題

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数学 高校生

演習15で、両辺に√nをかけた不等式について、n=kの時に両辺に√(k+1)を加えて証明しようと思いました。(今まで解いていた問題だとこのような解き方でしたので…) そうしたら3枚目の最後の式から0以上であることを言えないために、証明できませんでした。 みなさんはどの時点... 続きを読む

3 となるので,①は成り立つ。 1 1 +... + <2- 12 22 ne n 1 n=2のとき, 1 + 5 12 4 22 , 1 = 2- 2 2 n=k(k≧2) のとき, ①が成り立つとすると, 1 1 1 ・+・・・+ <2- 12 22 k2 k ①でn=k+1とした式 1/3+/12/2++//+(k+1)= 1 1 1 <2 3 k+1 を②から導けばよい. ここで,②③の左辺どうし,右辺どうしの差を不等号で結ぶと, (k+1)2 < (2-1+1)-(2-1) 4 ④が成り立つことが示せれば, ② + ④ から ③ を導くことができる.そこで, ④ を示すことを目標にする. そのためには, (④の右辺) (④の左辺) > 0 を示せ ばよい. = (2)-(2)-(1) (k+1)2-k(k+1)-k k(k+1)2 1 1 1 1 k k+1 (k+1)2 1 >O k(k+1)2 よって、 ①は数学的帰納法によって証明された. 注②の両辺に 1 (k+1)2 を加えると, 1 1 1 12 + +…+ + 22 k2 1 (k+1)2 1 <2- + k (k+1)2 1 1 これから 2 + <2- k (←④) を示せばよいとしても (k+1)2 k+1 よい。 15 演習題 ( 解答は p.78) ← ③の左辺は、②の左辺に 1 (k+1)2 を足したものなので ②と③の差に着目する. <a<bかつc <d ⇒ atc<b+d という不等式の性質を用いている。 1+√2+√3+√m 数列 {a} を am= で定める.このとき, すべての自然数nに n 2n 3 ついて、不等式 2/ <a が成り立つことを,数学的帰納法によって証明せよ。 帰納法の使いやすい形に (信州大・医一後) して証明する. 70

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歴史 中学生

歴史(古代ー中世)のプリントの確認をして欲しいです。 学校で配られたのですが、答えがなく怪しい所か分からないところもちょくちょくあります。 ぜひ教えてください。 空欄 743年 1221年 1297年 ... 続きを読む

[年代 |57年 |出来事 倭の(奴)国の王が漢に使いを送る 239年 (邪馬台国)の女王(卑弥呼)が魏に使いを送る 593年(聖徳太子が推古天皇の(摂政となる |607年 (小野妹子ら)を(隋)に送る (遣隋使) 630年・・・ 第一回遣唐使を送る 蘇我氏が独断的な政治を行う 不満が高まる (F) SE 645年 (中大兄皇子)と(中臣鎌足 )が蘇我氏を滅ぼす →豪族が支配していた土地を国家が直接支配する(公地・公民) 日本の最初の元号をとって(大化の改新)といわれる 蘇我氏を |668年 (白村江の戦い 倒そう! →新羅・高句麗の連合軍に大敗 |672年 (壬申 の乱 →(天智 天皇の後継ぎをめぐる戦い 大海人皇子(弟) VS大友皇子 (息子) 大海人皇子の勝利 701年(大宝律令・・・唐の律令にならう 律・・・刑罰の決まり 令・・・政治の行ううえでの決まり 1710年 都を(平城京)に移す 方 (町) 723年 税を納めれば一定期間土地を自由に使ってよい 三世一身法・・・ 743年 →開墾があまり進まず (墾田永年私財法)・・・開墾した土地は税を納めればいつまでも私有地 奈良時代の税 (租) 稲 (収穫量の3%) 天皇 太政官 (調)・・・絹糸、布、 特産物 (庸)布(労役10日のかわり) (雑)・・・地方での労役(年間60日まで) 200 )・・・3,4人に1人食料・武器を自分で負担し訓練を受ける 都1年、九州(防人 )3年・ 794年 京都の(平安京)に都を移す 1802年 (坂上田村麻呂)が胆沢城を築く 三 日本で最初の(征夷大将軍に任命される S 894年 菅原道真)が遣唐使を廃止する

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