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保健体育 高校生

高校保健体育 ソフトボールの課題プリントです。 お願いします全く分からないので助けてください🙏 答え全部教えてください🙇‍♀️

17 問1 次の①~⑨のプレーヤーの日本語の呼称を書きなさい。 A® 9 (3 (5) ② 4 (6 7 (8) 問2 次の文は, ファーストピッチソフトボールのゲームの進め方について述べたものである。文中の() にあてはまる語句を語群から選び, 記号で答えなさい (同じ語句を何度使用してもよい)。 (1) 先攻, 後攻の決定は, コインの ( ① )によって行う。 (2) 後攻の各選手がそれぞれの(②)につき, 先攻の第1打者が ( 3 )内に位置したとき, 球審が (④ )を宣告し, 試合が開始される。 (3) 攻撃では, ( 5 ) の順序で1人ずつ相手投手の投球したボールを打つ。 攻撃は, 打者や (⑥)が (⑦) アウトになるまで続けられる。 (4) 守備では, 打者の打球を捕球したり,走者の ( 8 ) を防いだりして相手をアウトにする。 (5) 攻撃側の選手が ( ⑨ ) になる前に,打者や走者が一塁 2塁 3塁 ( ⑩ ) の順序で各塁に正し く触れたとき ( 1 ) になる。 (6)各チームが攻撃と守備とを交互に行う試合の1区分を ( 1 ) といい, 先攻チームの攻撃を (1 ), 後攻チームの攻撃を ( 4 ) という。 (7) 正式試合は7 ( 15 ) であり, 得点の多いチームが勝ちとなる。 (8)7 ( ⑩ ) を終了した時点で ( 1 ) もしくは0対0の場合は, (18) に入る。 8 (⑨) 以 後は,(20)を適用する。 <語群 > ア. 本塁 イ. バッターズボックス カ. 打順表 キ 表 ク. 同点 置 セ. スリーアウト ソ 得点 ウ.イニング エ. トス オ. タイブレーカーシステム ケ進塁 コ.3人 サ延長戦 シ. 走者 ス. 守備位 タ. プレーボール 裏 (10 (15) 4

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現代文 高校生

過去問なんですけど解答が貰えないらしくて 答え合わせができません、、、。少しでも答え合わせしたいので全てじゃなくて構いません。 答えを教えて欲しいです! 最後の三枚目の写真の問十二の選択肢 アーオまであります。 ウ 我慢できない エ あきらめるしかない オ 仕方がない

一、 次の文章を読んで、後の設問に答え 語彙の質を高める方法の第八は、「異なる立場を想定する」です。書き手の立場と読 です。同じ み手の立場が異なると、語の意味はズレをきたします。 B 手としては、自分の選択 同じ言葉なら、書き手と読み手が同じ内容を想像すると考えるのは 言葉でも人によって感じ方はさまざまです。そのため、 した語の解釈の幅を計算し、 C 手の目にその語がどう映るかを冷静に計算する必要 があります。 私の住んでいる家のそばに両親が引っ越してきました。歩いて七~八分の距離です。 子どもをアズかってもらうのに便利であり、首都圏から離れたところに実家のある近 pていいわねえ」とうらやましがられています。 所の親たちからは そこで、ある人に「うちのすぐそばに両親が引っ越してきまして」と話したところ、 Eわねえ」 「すぐそばってどのくらい?」と聞かれ、「七~八分です」と答えたら、 と言われてしまいました。聞けば、その人は、同じ敷地のなかの二世帯同居なのだそ うです。 (F)、ある人のブログを見ていたら、「最近、事情があって、都心から横浜の奥 地に引っ越してきました」と書いてあり、シンキンカンを覚えました。私は長いこと 横浜の「奥地」に住んでいたことがあるからです。 横浜市の南西のはずれにある泉区と いうところで、以前は区のシンボルマークが「トムトム」という豚でした。 高座豚とい 豚の産地で、相鉄線の駅を降りると、その臭いが漂ってきました。区内の道路を散 歩中に、牛に追いかけられて怖い思いをしたこともありました。九〇年代の話です。 こうざぶ (G)、その人のブログを見ると、横浜の「奥地」というのは青葉区の青葉台だ ったのです。 青葉台は、たしかに横浜の中心部である横浜駅やみなとみらい地区からは 離れていますが、都心へのアクセスもよいおしゃれな住宅街です。私にとってはだんじ て横浜の「奥地」ではありません。以前よほど交通至便なところにお住まいだったので しょうが、私はその人とはお近づきになれそうもないと思いました。奮発して食べた一 五〇〇円のランチが「H と言われたときの驚きに近く、住んでいる世界が違うと 感じられたからです。 書き手と読み手の感性の開きは土地の問題にかぎりません。私の教え子に中高一貫校 の国語の先生がいるのですが、その先生から、「古典は生徒にとって外国語学習なんで すよ」と聞いたことがあります。なぜかというと、古典を訳すときに、生徒は一様に 「現代語に訳す」ではなく、「日本語に訳す」と言うのだそうです。 語」ではな J語」という語を選んで言うところに、生徒たちにとって、古典はもはや K語ではなく L 語なのだという意識が表れているわけです。

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