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現代文 高校生

至急!! 高校三年生の国語なんですけど全く分からないので解答と解説を求めます。 画像1→ 2→ 3の順で見てください よろしくお願いします!

ふじはらたつ 藤原辰史「食を聴く」「孤食」という社会問題 ★次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 食文化とは、人間のすべての感覚に訴えてくる総合的文化である。 2 味覚と嗅覚は言うまでもない。 お椀の味噌汁から漂う大豆発酵の香りと、味噌汁を口につけたときに広がる濃厚な味わい。 鼻と舌と いう器官は食の舞台では主役級だ。それ以外に、視覚、触覚、聴覚も深く関わる文化であることも、容易に理解できるだろう。一皿に 載せられた食べものの色彩と配置は絵画にたとえられるし、歯ごたえや舌触りという名詞は世のグルメ本には欠かせない。二日酔いの朝、 口に含んだ味噌汁は、まだ眠っている鼻腔の細胞を挑発し、舌の真ん中あたりの痛覚をも刺激したあと、喉の上方から吸収されてい。 くように、体に浸みわたる。 ③ ただ、聴覚については、ほかの感覚と比べて、これまでほとんど掘り下げられてこなかったように思うので、ここでは食と音につい 考えてみた 食の「音」が意識されるのはどんなときだろう。私にとって真っ先に思い浮かぶ音は、せんべいを砕くあの音である。 私の職場は、定期的に研究会を運営したり参加したりして、その道のエキスパートの話を聴き、知見を蓄え、研究報告書やシンポジ ウムというかたちで社会に還元することを主な職務としている。研究会は平均四時間、場合によっては五時間に及ぶことが多いので、 発表者や参加者がおやつや飲みものを持ってくることがある。 これを休憩時に食べるのが楽しみでもあるのだが、研究発表が三時間以上続くこともたびたびあって、そのときには小腹が減ってく るので、聴きながら食べることもある。研究会中にせんべいを食べる音は、部屋全体に響きわたる(と私は恐れる)。ので、できるだけ そのゆっくりと砕かれるせんべいの音が悪目立ちしてしまう(と私は恐れる)。しまったと口 B 音を立てないように砕くのだが、 それは私の食道と胃袋を傷つけて に含んだせんべいの行き場に自信を失った私は、悩む。このまま飲み込んでしまいたい。 やまないだろう。いっそのこと高速で噛み砕いてしまおうか。噛むべきか、噛まぬべきか悩む私がふと目をあげると、目の前の参加 者が、勇猛にもせんべいを噛み砕いていることに気づく。しかも破砕音があの独特のリズムを刻んで部屋に響いている。なんと勇敢な せんべいの戦士だろう。 D 生来気の弱い私は、勇敢な戦士の放つ音に紛れるように自分の口のせんべいを食べ切ることに成功するのである。私がこの間一言も 20 漏らさぬように真剣に報告を聴いていることは、名誉のために付け加えておきたい。 総じて静かな空間は、食べる行為が音を発する行為であることを思い起こさせてくれる。 箸が茶碗に当たる音。ナイフとフォークが 皿に当たる音。蕎麦をすする音。スープをすする音。キュウリの漬物を噛む音。 レンコンを噛む音。 肉を切り分ける音、骨についた肉 をしゃぶる音。ビールが食道を通る音。 バリボリ、カツカツ、コツコツ、ズズズズズ、 ギコギコ、シャキシャキ、ゴクリ。食卓は本来 さまざまな音に囲まれている。 胎児は、あるときから子宮のなかで音が聴こえるようになるという。産婦人科医の増﨑英明はこう述べている。 「子宮の中ってめちゃ めちゃやかましいんですよ。お母さんの心臓は子宮に接してますから、おそらく、ドッコンドッコンドッコンドッコンってずーっと聞 いてたら、たまらんですよ。 ノイローゼになる」(増崎英明・最相葉月 「胎児のはなし」)。ならば、母親が食べたものが、食道を通って、 胃や腸で揉まれる音も、心臓の鼓動の合間に、羊水の振動を通じてきっと聴いているのではないか、とこの一節を読んで考えた。他者 が食べる音は、生まれたばかりの赤ちゃんが母親の心臓の近くに置かれると泣き止むように、安らぎのようなものを与えるのではないか。 3 たとえ胃腸の音が心臓音で掻き消されているとしても、心臓の鼓動は、胎児の栄養を送る音だ。私は、ともに食べることが、単に複 数で食べること以上の何かをもたらす理由として、母親の胎内にいたときの「耳の体験」があるのだと考えている。 子宮のなかで母親 と一緒に食べていること。つまり、縁食の原型である。心臓の音を聴きながら、へその緒を通じて食べていることは、ともに食べるこ との原初的なかたちではないだろうか。 実際、食べる音は、歯にせよ、舌にせよ、喉にせよ、胃袋にせよ、腸にせよ、人間の体のなかが発する音である。食べる音は、本来、3 自分が動物として生まれてきたことをそっと私たちに再確認させる音だと言える。それはもっと多彩だったはずだ。 皮のついたリンゴを丸ごとかじる音は、切られたリンゴを食べる音よりも硬質で高い響きを持つ。氷を噛み砕く音は、かき氷を食べ 音よりも低音で岩を砕くように口腔内に轟く。一本のキュウリを噛み切る音は、刻まれたキュウリを食べる音よりも折れる感じが出 ていて爽快。焼き鳥の軟骨を噛み切るときの音は、わずかに歯が滑ったあとに、心地よい野蛮さを響かせる。 喉から胃袋にかけてその 通過の感覚が残り続けるのも軟骨のうまさである。トウモロコシをかじるとき、芯から実が外れる音はユニゾンを楽しめるし、とろろ ご飯を食べる音は蕎麦やうどんをすする音と似ていて、スピード感にあふれている。 39話を料理技術にまで広げてみると、食の音はさらにヴァラエティを増す。 心地よい音に思われる度合いが高いのは、まな板の上で野 菜を刻む音だろう。野菜そのものの音に刃が板に当たる音がダブって響いてくる。ダイコンやショウガをおろす音は大地を鳴らす重低 25

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現代文 高校生

「いのちは誰のものか?」 1番最後の段落に「いのちの最も基礎的な場面で」とあり、「どのような場面か」という問題が出ました。 どなたかわかる方教えてください🙏🙏🙏

25 いのちは誰のものか? 平侖 わしだ きよかず いのちは誰のものか? 鷲田清一 からだは誰のものか。いのちは誰のものか。 2 安楽死の問題をめぐって、臓器移植をめぐって、人工中絶や出生前診断の是非をめぐ って、このことがいつも問題になる。 そのとき、その問いはいつも個人の自由の問題と絡めて論じられる。個人が自由であ るとは、個人がその存在、その行動のあり方を自らの意志で決定できる状態にあるとい うことである。わたしの身体もわたしの生命もほかならぬこのわたしのものであって、 この身体を本人の同意なしに他から傷つけられたり、その活動を強制されたりすること があってはならないというのは、「基本的人権」という理念の核にある考え方であると いってよい。 3 自殺の正当化にあたっても、献体の登録や臓器の提供にあたっても、その背景にある p のは同じ論理である。生きて死ぬのはほかならぬこの自分であるから死に方は当人が決 めることができる、自分の身体は自分のものだからそれをどう処分しようと(美容整形 5 安楽死 助かる見込み のない病人を、本人の 希望に従って、医師が 苦痛の少ない方法で死 なせること。 2 出生前診断 妊婦の血 液検査などによって、 胎児の先天的な異常の 有無を調べる診断。 3 献体 教育・研究目的 の解剖のために、自分 の死後の体を大学など に無償で提供すること。 是非理念

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英語 高校生

和文英訳の問題なのですが、よければ添削していただきたいです🙇

44 1 次の文章を読み, 下線部(1)~(3)を英語に訳しなさい。 2017年度 〔4〕 地球の表面の70%を覆い, 人類の生活に欠かせない海の環境が, 今のままでは 危機的な状況を迎える。 貴重な栄養源である海の魚は乱獲によって減少し, プラス (1) チックごみなどの海洋汚染が深刻だ。 大気中の二酸化炭素(CO2) 濃度の上昇は、 海水温度だけでなく, 海水の酸性度が高くなる 「海洋酸性化」 を招くと懸念されて いる。 【出典: 「海の日/環境保全の努力強化を」 「山陰中央新報』 2016年7月19日 (共同通信配 信)】 2人はコミュニケーションによってさまざまな恩恵を受けている。他者に何かを知 らせる,必要なものを入手する、新しい知識を得るというだけではない。誰かに気 持ちを話すことで心の安らぎが得られることもある。また, ことばによって協力し あい、助けあうこともできる。 テレビ,ラジオや新聞などのマスコミも多くのこと を伝えてくれる。近年はさらにインターネットによる多様な情報の発信,受信な ども加わり, コミュニケーションの恩恵は計り知れないものになっている。 【出典 : 岡本真一郎 「悪意の心理学』 中央公論新社, 2016年】 (2) 3 「折々のことば」 鷲田清一 「これもいい」 「あれもいい」という発想のほうがおいしい料理を作れる。 小林カツ代 すぐに作れるおいしい料理を紹介し, 忙しい親たちに支持されていた料理家は, 自然派とか安全派,「食育」などと肩ひじはらずに、おいしい料理を食べさせるほ うが子育てにはいいと言う。実際、おいしいものを作って喜ばせてあげようと腕 を鳴らす人が輪の中心にいると、その集団は華やぐ。 ほんとうはそれがいちばんい いのかも。 「学びの場.com」 の取材に答えて。 (3) 【出典: 鷲田清一 「折々のことば」 「朝日新聞」 2016年2月5日】

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現代文 高校生

これ今書いてる2問合ってますか??現代文苦手です🤔 問二の①分かりません😭

がんぼれ」「がんばってください」 そんな呼びかけが、貴災の直後、全国から湧き起こった。情報回路がいたるところです断されたなかで、被災地外の人たちには異害の仔」 が知れず、被災地どうしでもそれが分からない状態で、それでも声を、と送った言葉がこれであった が、朝面から、背後から、被災地を激励しようというこの言葉は、逆境のなかで挫けてなるものかとみずからを叱陀している人びとを後 押しする言葉になりえても、時とともにいよいよ厚く重くのしかかる困難に、息も絶え絶えとなって、立っているだけで精いっぱいといっ た状況のなかにいる人にはむしろ苛酷なものとなる 「ちう分がんばりました」「これ以上何をがんばったらいいんですか?」 これから先可能なこと、というよりは不可能なことが、一つ一つ浮き彫りになってきて、おそらく可能なことすらもすり切れかかった糸 のようにいよいよ組くなり、失ったものの大きさも測りかね、かつ納得しきれず、気持ちがまだ乾かぬやけどの痕のように潮れたまま、他一 人のそれとの差異もいやでも目につくようになって、もう眼を伏せうずくまっているほかないと思いさだめる…。そんな境地へと追いつめ 「 」へ調石 られたとき、だれかに「お気持ち、よく分かります」などと相づちを打たれたら、「そんなにかんたんに分かられてたまるか」と、叶きだ すように低い声で返返すにちがいない 「環 SG」 一時期、そんな張り紙をしている避難所があったと、知人から聞いた。 聴くことの大切さ 十六年前、神戸の震災のとき、聴くことのむずかしさを多くの人が思い知った。言葉をさえぎって励ますこと、なかでもじぶんの体験を一 引き合いに出して励ますことが、相手に、ようやっと搾りだした言葉を逆に香み込ませてしまうこと、このことにカウンセリングの専門家 たちは注意を促し、「ひたすら聴くこと」の大切さを説いた が、ひたすら聴くというのは、その場で相づちを打つことではない。「分かる」というのは、おそらくはその字のとおり、「分かたれる」 ということであって、話しているうちに気持ちが一つになる、同じになるというよりも、むしろ逆に、一つの言葉に込められたものの意味 や感触がそれぞれに異なるということ、つまり、相手との差異が、隔たりがいよいよ細かく見えてくるということ、そのことを思い知らさ 阪神、淡路大震災のさなか精神科救急にあたり、その後も兵庫県こころのケアセンターを拠点に「傷ついた心の回復」に尽くしてきた加 分かるというのは、ここにいるこの他者の心持ちを知りつくせないということを思い知ることなのだろう。そういう眼界を知ってなお 鷲田清一「相づちを打つこと、打たないこと」より 一1 筆者の主張を一文で抜き出し、はじめと終わりの五字をそれぞれ答えよ (句読点も一字に数える)。 ( スこい) )にあてはまる語句を文中から抜き出せ その恨拠を簡潔に説明した火の文章の《 分かるとは(e 五字程度 )が(の 十五字程度 )ことを思い知らされることだから はA 藤寛の、ノンフィクションライター最相葉月による聴き取り「心のケアー阪神·淡路大震災から東北へ』」(講談社現代新書)のなかで 加藤はケアにあたる者の心得として、「それ以上鍋つけない」ことをまっ先にあげている。かんたんに相づちを打たないこと、わかったつ もりにならないこと。「何でもおっしゃっていいですよ」という言葉が、ときに相手の心に鎖めがたい氾濫を引き起こしかねないこと、あ という支援グループの来訪以外はご免こうむりたいという気持ちが、先の張り紙には浮き出ていたのだろう。 2 れるということなのだろう (じ の Hte 間 2

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英語 高校生

答えを教えてほしいです!!

国 語 R4 国-1 春小看学 令和4年度一般入学試験問題 長年、末期ガンの患者さんのケアを務めてこられた看護師さんとお話ししていた時のこと。ふと携帯電話が鳴って、「ああ、すみません」 とスイッチを(a)切られた。(1)話がふと途切れたのをこれさいわいに、患者さんとお話ししておられる時に電話が鳴ったらどうな さるんですかと、現場の様子をおうかがいした。現場のことはなんでも知りたいのである。 看護師さんによれば、末期の患者さんは体力が続かないので、長くても一時間ほどで頃合いを見計らって話を終えるそうだ。 そんな時、 (2)あらかじめPHS(病院では携帯電話は使わない)のスイッチを切って入室することもあれば、(3)わざとスイッチを入れたまま 入室することもあるという。 「わたし、きっと、偶然を使っているんですね」と、看護師さんは(b) つぶやかれた。 死を前にした人と向きあうのは、たいへんな仕事だ。職務として向きあうにも、かける言葉が見つからないことのほうが多い。@最期 までその死を (e)受け入れられないこともあろうし、そうでなくとも、最後の最後に心をおさめるまで、人はもがき、あがき、うめき ながら自分を襲った運命との葛藤しつづける。その振幅の大きさは計り知れない。振幅が大きいだけでなく、大きな波に何度も(d)押 しつぶさ抱もする。その意藤をじっと見守ること、時に訴えるように、時につぶやくようにモれてくる言葉、それをひたすら受けとめ ること。それにのリンキオウヘンいちばんふさわしい対応をしなければならないのが、ホスピス·ケアなのだろう。 患者さんの部屋に入る前に、とっさに「何分経ったら呼んでね」と同僚に声をかけている時があるという。今日だけは邪魔が入れば困 るとPHSをあらかじめ切っておくこともあれば、逆に間合をもちえない怖さがあって、スイッチをわざと入れておくこともある。そん な時は(4) 偶然を頼みにしているという。 部屋を出て、次の「仕事」のために心のぶれを洗い流そうにも、そのぶれをつい引きずってしまうという。壮絶なお仕事だ。 (5)もののはすみは、命の弾みでもある。以前、九鬼周造の偶然性についての論文を読んでいた時、そんな言葉が浮かんだ。たとえ は悪いが、人生はバチンコ台のようなものかもしれないとも思った。ある軌道を動いている玉が、思いがけなくある釘に当たって、別の 軌道をたどりだす。その玉がまた別の釘に当たって……。でも最後はどこかの穴に(e)吸い込まれる。 その偶然に人は6翻弄されるばかりだが、時に偶然を頼みにすることもできる。そして、偶然をうまく受け容れられるように身を柔ら かくしておく、いろんな可能性をつかめるように守備範囲を広げておく、そんな余裕が、「いいかげん」ではなく「良い加減」のケアに、 たぶんつながる。保険の「点数」などが頭をたえずよぎるような人手不足の職場では、(6) それさえなかなかむずかしいのが、なんとも 1 次の文章は、鷲田清一の『大事なものは見えにくい』によっています。文章を読んで後の問いに答えなさい。 悲しい。 注 九鬼周造=哲子者。著作 『「粋き」の構造』など。「偶然」と「必然」、「西洋」と「東洋」など、対比的に論を展開する 間一二重傍線部の「最期」@「葛藤」©「都弄」の漢字の読みをひらがなで記しなさい。 間二二重傍線部@「モれてくる」@「リンキオウヘン」のカタカナを漢字に改めなさい。 問二線部 (a)~(c)ので囲まれた「れる」「られる」は助動詞(尊敬,受身·可能,自発)です。(a)「切られた」と同じ 働きをしている、「れる」または「られる」はどれですか。記号で答えなさい。 問四 傍線部(1)~(6)の設問に、それぞれ答えなさい。 「話がふと途切れたのをこれさいわいに」とありますが、話が途切れたことの何をもって「さいわい」というのですか。解答 欄の「から」につながるように十五字以内で答えなさい。 「あらかじめPHS(病院では携帯電話は使わない)のスイッチを切って入室する」とありますが、それはどんな思いからそ うするのですか。解答欄の「という思いから」につながる十五字以内の言葉を抜き出して答えなさい。 「わざとスイッチを入れたまま入室する」とありますが、それはどんな思いからそうするのですか。解答の「から」にっ材 がる十字以内の言葉を抜き出して答えなさい。 「偶然を頼みにしている」とは、具体的にどうすることですか。わかりやすく説明しなさい。 「もののはずみ」という言葉をここではどのように考えるのが適切ですか。記号で答えなさい ア その場のなりゆき *PS監三 それ」は、何を指していますか。士字の言葉を抜き出して答えなさい すぐには止められない勢い エ 調子がつくこと

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現代文 高校生

鷲田清一さんの思考の肺活量の問題で教科書の下の部分の答えを教えていただきたいです。『思わくを測』るとはどういうことか?というのと『論理にくるんでしま』うとは、どういうことか?という問題がわかりません。

「これは何ですか?」と問われるといつも、「これはこれです」と答えるのだと言 う。そういう意味では、暖味なものを暖味なままに正確に表現する、一か所もゆ るがせにしないで、正確に、これしかないという表現へともたらすこと、これが 画家の力量である。 このように、政治、ケア、描画のいずれにおいても最もだいじなことは、分, らないもの、正解がないものに、分からないまま、正解がないまま、いかに正確 に処するかということである。そういう頭の使い方をしなければならないのが私 たちのリアルな社会であるのに、多くの人はそれとは反対方向に殺到する。分か りやすい言葉、分かりやすい説明を求めるのだ。だが本当にだいじなことは、恐 難な問題に直面した時に、すぐに結論を出さないで、問題が自分の中で立体的に" 見えてくるまでいわば潜水し続けるということである。知性に肺活量を付けると いうのはそういうことである。目の前にある二者択一、あるいは二項対立にさら ?「外へ出る」とは、ど ういうことか され続けること、対立を前にして考え込み、考えに考えてやがてその外へ出るこ」 o ④超勢 ある方向へと動 それが思考の原型なのに、 そうした対立をあらかじめ削除しておく、ならし 「論理にくるんでし ま」うとは、どういう」 ものなのか、そういうことをきちっと見極めるような視力である。そのためには、 目下の 例えば目下の自分の関心とはさしあたって接点のないような思考や表現にも触れ " ることがだいじだ。自分のこれまでの関心にはなかった別の補助線を立てること 鍛える闘 鍛練 範もる闘竹範·簡城 で、より客観的な価値の遠近法を自分の中に組み込むことがだいじなのである。 1 121|思考の肺活量 6評論 ゆるがせにしない 息が詰まる …にあらがう 暖味 圏味覚一 ことか 哲学はこういう趨勢にあらがって、知性のそういう肺活量を鍛えるものである。 人は、思いどおりにならないもの、理由が分からないものに取り囲まれて、い らだちや焦り、不満や違和感で息が詰まりそうになると、その懲ぎを突破するた一 めに、自分が置かれている状況を分かりやすい論理にくるんでしまおうとする。 その論理に立て篭もろうとする。分からないものを分からないまま放置している ことに耐えられないからだ。だから、分かりやすい物語にすぐに飛び付く。 だが、本当にだいじなことは、ある事態に直面して、これは絶対手放してはな らないものなのか、なくてもよいものなのか、あるいは絶対にあってはいけない一 ただ今/現在

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現代文 高校生

どうしてもこの問題だけ解けないんです。 教えていただけないでしょうか?🙏 抜き出しではないです!文章中の言葉を使って要約するそうです!

「哲学の使い方』鷲田清 B西洋の思想伝統においてはほとんどの場合、身体は「物体」(body\corps)の一つとして、 「心や「精神」(mind\esprit)と対置されてきた。たしかにわたしの身体は、わたしが見、触 れることのできる物的対象の一つである。それは物体としての密度と容積をもち、叩けば音もす る。それは疑いえないことで、だから西洋の科学の歴史のなかでは長らく、身体はもっぱら《機 械》のモデルに沿って医学や生理学の対象として分析されてきた。けれども、あらためて考える と、 人の身体は物体としては知覚情報があまりにも乏しい。具体的にいうと、たとえば見える部 分は全体の半分にも満たない。後頭部や背中はどうあがいても絶対じかには見ることができない。 つまり、〈わたし〉の身体はわたしにはトータルには不可視なものであり、〈像)としてしか体 ら」 インヴィジブル けれ 験できないのである。わたしの身体はそれなしに〈わたし〉のありえないもの、というか(わた し》自身でもあるのに、それ全体から当のわたしは遠く隔てられているという事態がここにはあ ニーチェは書いていたが、この言葉は き) わた (一階) る。「各人は各自にもっとも遠い者である」とかつて一 身体にこそよく当てはまる。 この点について、いますこし丹念に見ておこう。 じぶんの身体というものは、だれもがじぶんのもっとも近くにあるものだとおもっている。た とえば包丁で切った傷の痛みはわたしだけが感じるもので、他人は頭でわかっても、わたしの代一 わりに痛んでくれるわけではない。その意味で、わたしとはわたしの身体であるといいうるほど に、わたしはまちがいなくわたしの身体の近くにありそうである。ところが、よく考えると、わ たしがじぶんの身体についてもっている情報は、ふつう想像しているよりもはるかに貧弱なもの だ。 身体の全表面のうちじぶんで見える部分というのは、ごく限られている。だれもじぶんの身 体の内部はもちろん、背中や後頭部でさえじかに見たことがない。ましてや他人がこのわたしを そ。 だ。 じぶんの身体を、いわば目隠ししたまま経験するほかないのであって、危ういばかりに無防備な 想川 のである。 身体は、別の意味でも不安を呼び起こす。身体としての〈わたし〉の存在、とりわけ感覚や 欲望というかたちでのその現象は、〈わたし〉自身がうまく統御できないものである。あるいは、 病や痛み、こういう身体の現象も、〈わたし〉には不意を襲うかたちでやってくる。それに対し て(わたし》はいつもただ受動的に、襲われるがままになっているしかない。この意味でもひと は、それが何であるか正確に理解できないまま、身体のさまざまな情況に対応しなければならな 身体はこのようにそれなしではわたしが〈わたし〉でありえない存在でありながら、それに」 《わたしはつねに部分的にしか関与できない。それは〈わたし〉が制御できるものではない。 それゆえに身体は、(わたし〉にとってなによりも不安の源泉である。そしてそれが意識の外か」 ら〈わたし〉を突き上げる(たとえば欲動、あるいは体調の不全や病気)。《わたし〉を刺し(た とえば他人の冷ややかな視線)、引っぱり(たとえば修行や競技)、そして(わたし)に貼りつく 18 わたしとして認知してくれるその顔は、終生見ることができない。そして難儀なことにこの顔に、 だ だ

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現代文 高校生

至急です! お願いします!! この問題が分かる方、分かるものだけで大丈夫なので教えてください!

33 ステップ2 評論 ステップ2 32 13 評論 の 10 Point C 速読 目標時間 3分 |25 の 問一~六 解答目標 15分 *本文 /50 *要約 は /10 ステップ2 わし だきょかず 読解)私たちの感じている「現実」とは 都市の感情 鷲田清一 課題)問題提起と結論をおさえて読み進める 次の文章は、以前からは考えられないほどに発達した現代の都市に対する考察のなかから、そこに生きる私 たちのあり方に言及した部分である。 (要旨をつかむために 理解を深めよう 要約のための確認 あるいはこんなふうに問題を立てることもできる。それは、私たちのふだんの生活経験において、〈いま〉へここ) 【各1点】 (サ一)。 ということがいまだ本当に成り立っているのかということだ。少なくとも、私の〈いま〉へここ〉から放射状に開け (雄2) た遠近法的な風景というものは、都市からうんと離れた僻地や無人地帯にでも行かなければ出会えないように思 〇話題(問題提起) 私たちの生活経験 く的 ち える。いやそこへ行ってさえ、知覚風景は単純な遠近法によって一様に構成されることはない。たとえばこの私 の環境、そこには孔がいっぱいあいている。巨大なテレビスクリーン、そこにとてつもなく大きなCMタレント 5 (州の) の顔が現れる。幼稚園児が家の屋根の横に描く太陽よりももっと大きな顔。室内のVTRの装置からは、CNN 成り立っていない 筆者の注目している点」 知覚の風景(視覚や聴覚) 異なる情報の のニュースが流れ、そのニュースでは数十年前の戦争の記録フィルムが映されていた。留守番電話を解除すると、 何時間か前のドウリョウの声がする、それもロンドンからの連絡だ。視覚の風景も、聴覚の風景も、一様に連なっ コンテクスト ○筆者の主張 たものではないし、そこには幾重もの異なった情報のコンテクストが差し込まれ、錯綜している。特に不協和音 を奏でるというわけでもなく。 のネットワーク 私たちの経験には 1様に続く光景,単線の時間 はない(消失) 都市の神経とでも言うべきメディアのネットワーク、それは、いま·ここにあるはずのないものを、いま ここ に現出させる。私たちは何百キロも離れたところにいる友人とひそひそ話をすることができる。地球の裏側で行 ひなた われているF1のレースを、おそらくは現場にいる観客よりももっと近くから観戦することができる。日向ぼっ の感じ方の変容 こをしながら、あるピアニストの十五年前の入魂のライヴを繰り返し聴くことができる。そして、オフタイム (型す) やまあい(エ) にも、たとえば山間のヒショ地にまで、まるでハッカーのように、携帯電話やFAXなど、見えない神経繊維を 5 通じて情報が入ってくる。いや、振り返って、そもそも私たちが都市に定住しているという事実でさえ、その現 ( まとめてみよう 要約に向けて 在の生活様式を考えればあやしいものに見えてくる。私たちの経験には、一様に続く光景があるわけでもなけれ 主張を四十字以内で書こう。【6点] ば、一続きに流れる単線の時間があるわけでもない。私たちの経験におけるこのような空間·時間的な遠近法の (地の) 錯綜と、現実の操作·製作(提造?)可能性とをとらえて、ダニエル·J·ブーアスティンはかつて、「宇宙時代」 ねつぞう (space age)とは、本当は「空間のない時代」(spaceless age) のことなのだと言った。現実は一度かぎりの出来 0 事ではなくなったし、未知の経験が困難になったし、さらに体験の取り消しも必ずしも不可能でなくなった。要 (型の) するに、私たちの現実性の係数がすっかり変容してきているというわけだ。 (注)1放射状 2遠近法||遠くのもの·近くのものを距離感をもって表現する手法。 4ハッカー||多く、ネットワークを介し他のコンピュータに入り込む人を言う。本来はコンピュータに習熟した人。 5ダニエル·J :6現実性の係数||現実感覚の意。一 -中心から四方に広がる様子。よ 鷲田清一は、現在入試で最も多 く出題されている哲学者。本文に はないが、「あわい(あいだ)」など 和語による感覚的な表現がよく用 いられるので注意しておきたい。 3CNN||アメリカの放送局。 j ブーアスティン||アメリカの歴史学者。一九一四~二O○四 ガイド- 問題提起となっている一文にー線を、それに対する答えが示された部分に…~線を引こう→問五1を攻略 問一(漢字) 傍線部の~③について、カタカナは漢字で、漢 字はその読みをひらがなで書け。 問五傍線部@について、次の問いに答えよ。 1Q課題) 筆者が「あるわけでもない」と述べる、「一様に続く光景」や「一続きに流れる 単線の時間」とは、どのようなときに経験できるものだと考えられるか。解答欄に合 うように、二十五字程度で抜き出して書け。 知覚の風景が、 【各3点] 【7) 問二(語句)波線部A「不協和音」の意味として、最も適切な ものを、次から選べ。 【寸 B 両立していること M 同時に広まること 不調和であること 回 緊張感があること E 批判しあっていること によって構成されているとき。 問三 (内容) 傍線部○とは、どのような状態を述べているか。 最も適切なものを、次から選べ。 B 遠方のものが近くに、過去のことが今に現れる状態。 E雑多な現象が周囲に一斉に生起している状態 D 知覚した風景が、自分を中心に広がっている状態。 I 起伏のある構造物が数多く存在している状態。 E電気機器によって記憶が混乱させられている状態。 内容)「私たちの経験」に対する筆者の考えとして適切なものを、次から二つ選べ。 B 本来一度きりの現実を、繰り返し再現して経験できるようになった。【各4点】 E いま·ここで起きている出来事以外はまったく経験できなくなった。 虚構も現実と同等のリアリティをもって経験できるようになった。 Iネットワークを介することなくしては物事を経験できなくなった。 E距離や時間を超えて、さまざまな出来事を経験できるようになった。 【o) |新問六急読解)本文を読んだAさんは次のような疑問を抱いた。この疑問に対し、本文に即 して答えた後の文の空欄を、二十五字以内で補え。 oいま·ここが成立していないことで、私たちにどのような影響があるのだろうか。 【o) 7に、私たちは違和感をおぼえなくなっている。こうして、私たちの経験に 問四 (内容) 傍線部Q「見えない神経繊維」とは、何を表現し おける現実の感じ方が、知らず知らずのうちに変わってきている。 た比験か。本文から抜き出して書け。 【5g)

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