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中学歴史〜日露戦争〜

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さきち

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今日は日露戦争です

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ノートテキスト

ページ1:

① 1899年、列強による中国分割に反対し、外国勢力の
排除を主張する義和団が蜂起した
・扶清滅洋(清を抜けて、外国勢力を討ち滅ぼす
を唱えた
・1900年、義和団が北京の各国公使館を包囲したのを見た
清政府は義和団を支持し、列強に宣戦布告した。
→日本、イギリス、ロシア、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、
オーストリアの連合軍が北京を占領し、義和団
を鎮圧した
→清は賠償金を支払い、北京などの地域へ軍隊
の駐留を認めた
②義和団事件後の動き
ロシアは事件後も大軍を満州(中国東北部にとどめた
③日英同盟(1902年)、満州でのロシアの動きに対抗して結ば
れた
韓国を勢力範囲として確保したい日本と、清での利権
を獲得したいイギリスは同盟を結び、ロシアに対抗した。
ロシア義和団事件後も大軍を満州に駐留させた。
イギリス ロシアが東アジアや西アジアへ南下することに対して強い警戒心を持っていた
フランス ロシアと同盟(露仏同盟1891年)を結ぶ一方、イギリスとは植民地をめくっていた
ドイツ ヨーロッパでフランスと対立していた。
アメリカ 満州への進出をねらっており、ロシアの南下を警戒していた
日本 韓国での優位を確保し、満州進出をねらっていた。

ページ2:

④日本国内の動き、日露間での戦争の危機が高まると開戦論
と非戦論が主張された
・非戦論:社会主義者の幸徳秋水、キリスト教徒の内村
鑑三らが開戦に反対した。
・開戦論:ほとんどの新聞や雑誌は開戦論を展開し
世論を動かした
⑤日本とロシアの交渉はまとまらず、1904年、日露戦争が
始まった。
①日露戦争の経過
・戦局は日本に有利に進み、日英同盟を結んだイギリスに
加え、アメリカも戦費調達などで日本を支援したが戦力は
限界に達した
ロシアでは皇帝の専制政治に対する不満から革命運動が
起きた
→両国とも戦争の継続が困難になった
アメリカの仲介により、日本とロシアの講和会議が開か
れだ
②ポーツマス条約:1905年9月に結ばれた日本とロシアの
講和条約
・韓国における日本の優越権を認める