意味
“往来(おうらい)の真ん中に自分が立たされているようだ”
→ 自分の心の内が世間という大きな場所の真ん中にさらされてしまったような、逃げ場のない状態 をたとえている言い回しです。
「往来」は人が行き交う道、つまり“世間”や“人の目が集まる場所”の象徴です。
先生は遺書の中で、自分の罪や過去の告白を「あなた(K)に聞かせる」という行為が、次のような感覚を引き起こしている、と言っています。
① 自分の心の秘密を白日の下にさらした感じ
•今まで誰にも言わず心の奥に閉じ込めていた罪悪感や過去を話すことで、隠していたものが公に出てしまったように感じる。
② 世間のただ中に突き出されたような緊張感・羞恥・恐れ
•「往来の真ん中」は人の目にさらされて恥ずかしい場所。
•自分の弱さや醜さをまるごと見られるような不安がある。
③ 自分の精神がむき出しになってしまい、孤独感が増す
•先生はもともと人を信用しない性格。
•それなのに自分の核心をあなたに明かしたことで、自分が無防備な場所に立たされたように感じる。
遺書の中で先生は、自分の「罪」(Kの死に関する罪悪感)を語ることが:自分を往来の真ん中に引きずり出されるような思いだと思います!
つまり
人に言いたくなかった、心の奥の暗い部分を初めてさらけ出す苦しさを比喩的に表した一節です。