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Contemporary writings Senior High

芥川龍之介 英雄の器の問題なのですが、呂馬通と劉邦のセリフがごちゃごちゃになって、どっちがどっちのセリフかが分かりません! 教えてください! またこのような場合の対処法を教えて頂きたいです! お願いします!🙇🏻‍♀️‪‪

16 4 7 | 小説 英雄の器 「何しろ項羽という男は、英雄の器じゃないですな。」 芥川龍之介 漢の大将呂馬通は、ただでさえ長い顔を、いっそう長くしながら、まばらな髯を撫でて、こう云った。彼の顔の まわりには、十人あまりの顔が、皆まん中に置いた燈火の光をうけて、赤々と幕営の夜にうき上がっている。 そ の顔がまた、どれもいつになく微笑を浮かべているのは、西楚の覇王の首をあげた今日の勝戦の喜びが、まだ消 えずにいるからであろう。― 2 「そうかね。」 鼻の高い、眼光の鋭い顔が一つ、これはやや皮肉な微笑を唇頭に漂わせながら、じっと呂馬通の 眉の間を見ていた。呂馬通はなぜか、いささか狼狽したらしい。 ③ 「それは強いことは強いです。何しろ塗山の禹王廟にある石の鼎さえ差し上げるというのですからな。現に今日 戦でもです。 私は一時命はないものだと思いました。 李佐が殺される。 王恒が殺される。その勢いといったら ありません。それは実際、強いことは強いですな。」 「ははあ。」 相手の顔はイゼンとして微笑しながら、大様に頷いた。幕営の外はしんとしている。遠くで二三度、 角の音がした外は、馬の嘶く声さえ聞こえない。そのなかでどことなく、枯れた木の葉の匂いがする。 ⑤ 「しかしです。」 呂馬通は、一同の顔を見廻して、さも「しかし」らしく、眼ばたきを一つした。 「しかし、英雄 の器じゃありません。 そのショウコは、やはり今日の戦ですな。烏江に追いつめられた時の楚の軍は、たった二 十八騎です。雲霞のような味方の大軍に対して、戦ったところがしかたはありません。それに、烏江の亭長は、 わざわざ迎えに出て、江東へ舟で渡そうと云ったそうですな。もし項羽に英雄の器があれば、垢を含んでも烏江 を渡るです。そうして捲土重来するです。 面目なぞをかまっている場合じゃありません。」 ⑥ 「すると英雄の器というのは、勘定に明るいということかね。」 この語につれて、一同の口からは、静かな笑い声が拡がった。が、呂馬通は存外ひるまない。彼は髯から手を 離すと、やや反り身になって、鼻の高い、眼光の鋭い顔を時々ちらりと眺めながら、勢いよく手まねをして、 しゃ べりだした。 8 「いやそういうつもりじゃないです。 項羽はですな。 項羽は、今日戦の始まる前に、二十八人の部下の前で、 「項羽を亡ぼすものは天だ。人力の不足ではない。そのショウコには、それだけの軍勢で、必ず漢の軍を三度破っ て見せる」と云ったそうです。そうして、実際三度どころか、九度も戦って勝っているのです。私に云わせると、 それが卑怯だと思うのですな、自分の失敗を天にかずける―天こそいい迷惑です。それもあの烏江を渡り、江 東の健児を糾合して、再び中原の鹿を争った後でなら、しかたがないですよ。が、そうじゃない。立派に生きら れるところを、死んでいるのです。私が項羽を英雄の器でないとするのは、勘定に暗かったからばかりではない です。いっさいを天命でごまかそうとする――それがいかんですな。英雄と云うものは、そんなものじゃな いと思うです。蕭丞相のような学者は、どう云われるか知らんですが。」 ⑨呂馬通が、得意そうに左右を顧みながら、暫く口をとざした。彼の議論が、もっともだと思われたのであろう。 一同は互いに軽い頷きを交わしながら、満足そうに黙っている。するとそのなかで、鼻の高い顔だけが思いがけ なく、一種の感動を、眼のなかに現した。 黒い瞳が、熱をもったように、かがやいてきたのである。 ⑩ 「そうかね。 項羽はそんなことを云ったのかね。」 「そう。」 「そうさ。」 Ⅱ 「云ったそうです。」呂馬通は、長い顔を上下に、大きく動かした。 図 「弱いじゃないですか。 英雄と云うものは、天と戦うものだろうと 思うですが。」 「天命を知ってもなお、戦うものだろうと思うですが。」 「すると項羽は――」 1 劉邦は鋭い眼光をあげて、じっと秋をまたたいている燈火の光を 見た。そうして、なかば独り言のように、おもむろにこう答えた。 「だから、英雄の器だったのさ。」

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高校一年生 現代文 「ふしぎと人生」について 十二段落の[〜自分の気持ちもそこに込められているのではなかろうか]のところの「その」とは何を指しているのか 十六段落の〔〜存在全体に関わるものとして、〜〕というところで、神話が「存在全体に関わる」のはなぜか この二つを教え... Read More

75 ふしぎと人生 に表す ふしぎと人生 はやお 河合隼雄 人間は毎日生活している間に、「あれ、ふしぎだな。」と思うときがある。それにも大 学びの位置 心から消せなそ、詳しく 調べたり考えたりすること 小さまざまがあり、ふしぎだと思いつつすぐ心から消えてしまうのと、あくまでそのふし生活の中の「ふしぎ」なことを しぎさを追究していきたくなるのと、相当に程度の差がある。 ②「ふしぎ」の反対は「当たり前」である。大人はだいたい「当たり前」の世界に生き ている。ところが、それを「当たり前」と思わない人がいる。 5 1 万有引力 質量を持つ すべての物体の間に働 く、引き合う力。 Newton (一六四~一七七)。 優などイギリスの数学者・物 考えて りんごが木から落ちるのを見て、「ふしぎだな。」と思った人がいる。この人はそれだ「ふしぎ」ニュートン けではなく、その「ふしぎ」を追究していって、最後は「万有引力の法則」などという 大変なことを見つけ出した。りんごが木から落ちることは、それまで誰にとっても「当 たり前」のことだったのに、ニュートンにとっては、それを「心に収める」のに大変な 努力が必要だった。そして、彼の努力は人類全体に対する大きい貢献として認められた。 p 「人間は必ず死ぬ。」 これも当たり前のことである。しかし、これを当たり前と思わず、 「人間はなぜ死ぬのか。」と考え続けた人がいる。釈迦牟尼は、それを心に収めるために、 3し 家族を捨て、財産も捨てて考え抜いた。彼の努力の結果、仏教という偉大な宗教が生まふしぎ」 れてきた。これも人類に対する偉大な貢献となった。 ⑤このように考えると、「ふしぎ」と人間が感じるのは実にすばらしいことだと思われ る。特にほかの人たちが「当たり前」と感じていることを「ふしぎ」と受けとめる人は、 なかなか偉大である、といえそうである。 ⑥子どもの世界は「ふしぎ」に満ちている。小さい子どもは「なぜ」を連発して、大人 に叱られたりする。しかし、大人にとって当たり前のことは、子どもにとってすべて「ふ しぎ」といっていいほどである。「雨はなぜ降るの。」「輝はなぜ鳴くの。」あるいは、少し手 が込んできて、飛行機は飛んで行くうちにだんだん小さくなっていくけど、中に乗ってい る人間はどうなるの、などというのもある。これらの「はてな」に対して、大人に答えを 聞いたり、自分なりに考えたりして、子どもは、自分の知識を蓄え、人生観を築いていく。 子どもの「ふしぎ」に対して、大人はときに簡単に答えられるけれど、一緒になって くなったりする。 「ふしぎだな。」とやっていると、自分の生活がそれまでより豊かになったり、おもしろ 子どもは「ふしぎ」と思うことに対して、大人から教えてもらうことによって知識を 吸収していくが、ときに自分なりに「ふしぎ」なことに対して自分なりの説明を考えつ 5 Isaac する理学者・天文学者。 ◆「心に収める」とは、(納得す どういうことか。心にする 前?~ 3 釈迦牟尼 前? 仏教の開祖。 本名はゴータマ・シッ ぶっだ ダールタ。仏陀・釈尊 などとも呼ばれる。 偉人はふしぎ」に収めることが できなかた 追求した ニュートンや赤 追求する努力 対する偉大な貢献をするかと ほかの人たちが「当た り前」と感じているこ とを「ふしぎ」と受け とめる人が、「偉大で ある」のはなぜか。 「う」と思うで、どう 大人に答えを開 の 若えたり自分なりに考えて 人生を築 き 追究貢献 人生観

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国語の評論文の要約についてです。 先輩に要約は絶対にできるようになった方がいい、役立つと教わったので力を入れるようにしました。添削やコツを教えて頂きたいです。

なった。 アジア再発見の時代 □ 日本が中韓ひいてはアジアの国々とどう向かい合い、関わっていくかが現在、大きなキロにあるのは言う までもない。ここではこうしたテーマを、時事的な話題に即してというよりは、少し長期の視点から、また 私自身の個人的な経験も踏まえる形で考えてみたい。 2 福沢諭吉の脱亜入欧〟論をまつまでもなく、明治期以降の日本にとって、その目指すべきモデルは「欧 米」であり、中韓を含むアジアは遅れた”、そしてそこから抜け出ていくべきネガティブな存在として規 定された。言い換えれば“欧米日本中国・アジア”という明確な「序列」 意識や価値観がまずここで形 成されたのである。 これは日本にとっては若干の複雑な心理を伴うものであって、なぜなら江戸期までの日本人ないし日本社 会にとって、教養や学問の規範であったのは何より中国の古典や思想等々だったからである。私は明治期日 本のこうした過程を「文明の乗り換え」と呼んでいる。 *2 その後の日本は戦時体制期には鬼畜米英〟などといった標語もトナえられたが、敗戦とともにそれもま 180度転換し、戦後はとりわけ米国をあらゆる面でのモデルとして進んでいった。こうして見ると、明 治維新以降の日本の歴史とは、どの国や社会をモデルないし準拠とし、また自らのアイデンティティー、ま たは、よりどころをどこに置くかという点に関する「転変」の歴史だったとも言えるだろう。 3 ここで多少の個人的な経験にふれさせていただければ、高度成長期の中期に生まれ育った私にとって、さ しあたり豊か〟で進んだ国とは米国や欧州諸国であり、1980年代の末に米国の大学院で2年を過 ごした際も(米国が決してモデルとなるような社会でないことはそこで十分認識するようになったが) 中韓 やアジアにはほとんど関心が向いていなかった。 しかし2000年代に入る頃から、勤務先の大学に中国からの多くの留学生が来るようになり、彼らと話 す中で、私自身の中国やアジアに対する見方に相当な先入見や固定観念があることに気づかされるように 20 たとえばある女子の留学生は「男女平等という点では日本より中国のほうがずっと良かった」と言う。こ 容が多かったのである。 れは私にとっては意外な指摘で、さらに話を聞くと、男女の家事分担が日本よりも中国のほうが柔軟である とか、公の場で女性が明確に意見を言うことについて日本社会は否定的な面があるとか、考えさせられる内 2 また、たとえば1年に中国の大学での講義に行った際、当時は日中関係が大きな冷え込みを迎えていた時 期だったので、日本の知人から中国では十分気をつけたほうがよいということを再三、言われて現地にオモ ふいたのだが、当地での学生の反応は非常に活発かつフレンドリーで、日本のメディアでの中国報道(ある は中国人の日本観に関する報道がそれ自体、相当なバイアスを含むことを認識したのである。 13 集団内で一つの論や“空気”に同調する傾向が強いと思われる。 回 私自身のソッチョクな認識としては、中国社会はきわめて多様ないし多元的であり、日本のほうがむしろ 3 44 回 中韓やアジアについて語るべき点はなお多い。先ほど明治期以降の日本は、準拠とする国や自らの立ち位 について転を繰り返してきたと述べたが、ポスト成長ないし人口減少社会を迎える今という時代は、日 中国やアジアについての 関係から考え直し、その再定義ないし再編を行っていく時期で もあるのではないか。 そのためにも、まずは自らの先入見や固定観念をいったん括弧に入れ、相手の国や社会や人を知っていく ことが重要であり、それはむしろスリリングな発見とびを伴うプロセスであると思えるのである。 注 *1 福沢諭吉一八三五~一九〇一蘭学者、思想家、教育者。 アジア再発見の時代 *2 鬼畜米英 *3 バイアス ゆがみ、へだたり。 太平洋戦争中に厳国であるアメリカ、イギリスを蔑視して呼んだ標語 4 ポスト ・・・高度成長期の後「ポストー」は「―の後」の意。 To 35 B

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Q1.252-253Pの「魏武捉刀」で魏武が匈奴の使者を殺したのは,その使者が自分を【 2 】だと見抜いていたからである。

そう りゅうが せせつしんご 『世説新語』 魏武擬刀 かん けんてい きょうど 曹操は赤壁の戦いで敗れたものの華北を統一し、後漢の帝によっ 魏王に任ぜられた。匈奴は、献帝ではなく曹操に使者を送った。 世説新語 南朝宋の劉義慶 〔四〇三十四四四〕の編。三 とうしん 十六編。 主に後漢から東晋ま での名士の逸話を集めたもの 1魏武 ここでは曹操〔一五五 二二〇〕を指す。 死後、子の 丕(三国魏の初代皇帝)から おくりな 帝と諡された。 たち ろ ま きよう 魏武将見匈奴使自以形陋不足雄 11 2匈奴 中国北方の騎馬民族。 遠国使崔季理代帝自捉刀立 びたび中国を脅かした。 頭。 3以思うことには。 既畢 4形 間諜問 「魏王何 あざな 匈 「魏 英雄也 雅答 何 あら 望非常然牀頭提刀人此 武之追殺此使 「三国志」関連地図 郡 ・青 学習の 「帝自 手引き 黄河 長江 奴 安 長 一琅邪 じょしゅう 官渡徐州 五丈原 陽許 ◯けんぎょう 汝南 建業 ◎成都 白帝城 「荊州 赤壁 会 呉 1000km 風采が上がらない。 〔一六三二一六〕 操の臣下。名は。 「季珪」 容姿に優れ、ひげが長く 威厳が備わっていた。 6頭 王座の傍ら。「牀」は 長椅子。 ハリ ◆「既畢」とは、何が終わった か。 ①令~... ~に・・・させる。句価 を表す「使」と同じ用法。 7 間諜 スパイ。 す。 はどうであるか 状態や事実についての疑問 8 雅望優れた人品。 す。 ●非・・・・・・ではない。否 乃・・・こそ強調を表 み取れるか。 立牀頭。」(二五二・4〕からどのような意図が読 「魏武」が匈奴の使者を殺させたのはなぜか、話し合おう。 ◆史話史話 三

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