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Ethic Senior High

倫理で体調不良が続き授業に出れなかったのですが、ここの流れがよくわからなくてどう理解すればいいのか教えて欲しいです。 また定期テストに出そうな感じのものとかも教えて欲しいです

冷える。 万人受けしない 2.古代ギリシャの歴史 沿岸部中心に発達、内地は痩せ (果樹栽培や羊の牧畜中心) ※古代オリエント (メソポタミア、エジプト) から多くの文化を継承 まと 「エーゲ文明」前3000年一前1200年) エーゲ 一攻められる心配 クレタ文明 (前2000年-1400年頃/クレタ島) クノッソス宮殿、開放的 攻められる心配ない カレタ ミネ ありある ⇒クレタ文明、 トロイア文明を滅ぼす ミケーネ文明(前1600年-1200年頃/ ギリシャ本土) ギリシャ神話の舞台 城壁がないbut下にはラビリキトスどう 迷路がある 【暗黒時代】(前1200年前800年頃) ) Ex) シュリーマン 『古代への情熱」 ドイツの人 ⇒移住後、4イオニア人、アイオリス人、ドーリア人に分化 【古代ギリシャの繁栄と衰退】 (前9C-前338年) ⇒ソクラテスが活躍した黄金期 4 など 南下してきた ギリシャ 「オリンピア」 →オリンピック ミケーネットロヤ文明を探 暗黒時代 小アジア西岸、エーゲ海の島々に移住 始まりは 哲学 「知を愛する」 話す言葉(広)が異なるため区別戦力勝負 文化部 V.S. 「鉄器」なる!? 仲よくようぜ! 体育部

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Contemporary writings Senior High

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... Read More

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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Contemporary writings Senior High

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... Read More

た。 問4 傍線部 (3) 「このことを、なぜわれわれは素直に認めることができないのだろうか」とあるが、この問いに対する筆者 考えとして最も適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は2 ① 他者に対して心を開くことは危険を伴うことだから。 ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑤ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 upt 解答番号は、第二間で 【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~問10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 の偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイブそのものも、すでに複雑で錯 した経路と水脈をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係によるAなものではなく、あ ある種の根源的な喪失と離脱のなかから再発見・再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、A な帰属関係所有関係を前提としない、 旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは間言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を な手掛かり とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 へと移住した。 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、それはふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリアでに傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことばへと転用 された「グラフィティ」 (Graffitti) を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の商店の壁、シャッターを目呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 書きが文字だけであれば、それはふつう 「ビシャソン」である。 独特の字体に、符牒のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字がや虫のかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描くだけのビシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に踊っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集「夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。 彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二プロックほど離れた路地の壁に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐにテッドロックもおそらく気づいていない〉 この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024AG-B-1 (2024AG-B-2) ② 介護する 不十分さが解消されるため、その関係を豊かにすることに注力 介護が人間に向けられたものとなり、その人間の豊かさに寄与するものとなるためには、人間の価値を能力から切り離 で捉えた上で、介護する者と介護される者の間に心が開かれた関係が形成される必要がある。 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい う関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に 行く春や鳥啼き魚の目は 巨) primavera não nos deixe passaros choram wwwwww (注) ばしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの を想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、 地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか 経験した無数の声と文字による橋渡しの過程に携帯用の筆入れと墨壺である矢立」からとりだされた筆記用具によって 俳聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このピシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 プ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの それすらもはや判然とはしない。ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の俳諧が、ポルトガル語の Haikai へと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の連関の統 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの詩句の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた目録のなかに書き込んでいった。 「一の鹿」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反芻することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。 人類学という実践 そのものが、異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 をふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 夢の残滓を「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識の刺によってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。 ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、 ことばと文学がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと 刺を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、流謫の「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、 ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの句が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 lágrimas no olho do peixe (28) (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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Japanese classics Senior High

高校古文の活用の問題です。 「蹴る」という動詞の活用なのですが、 黄色マーカー部分の説明の意味が理解できなかったため、どのようなことを言っているのか教えてほしいです。 よろしくお願いします。

」「たり」で言い切る・・・形容動詞 図は、「a・u・e・o」の五つの段と「ア・カ・サ・タ 動詞② 活用表の完成 解答 8 基本形 幹 ア待つ ま 基本形 語幹未然形 連用形終止形 連体形 已然形 命令形 行 着る [き] ききるきるきれきよ カ ににるにるにれによナ 似るにに る [ひ] れ くくるくれ きよ カ 見る[み] み ひひひひれひよ ハ み みるみるみれみよマ いるいるいいよヤ るるるるるるれるよ ワ 射る [い] い 居る[ゐ]ゐ ふふふれひよ ハ 恥づはちちづづるづれちょダ ウ愛くうけ けくくるくれけよ カ えゆゆるゆれえよ ヤ 基本形 調幹未然形 連用形 終止形 連体形 形 命令形 行 カ くくるくれ てつ つるつれてよ夕 来[く] こ す[] せ 死ぬし すするすれ せよ サ ぬぬるぬれね 連用形、終止形 連体形 已然形令形行 取る[け] け」 けるけるけれけよカ ありあ ら れ [解説] イ・ウは現代語ではともに一段活用になっているが、古語では、二段活用であった。 こ の活用は現代語ではすでになくなっているので、現代語との違いをしっかりと覚える必 要がある。「食ふ」 「恋ふ」はハ行、「消ゆ」 はヤ行で活用するので注意すること。 ②古語だけで言えば、下一段活用の動詞は「蹴る」のみであるので、識別は簡単なので あるが、未然形に「ず」連用形に 「て」といった下に続く語をつけて考えようとする と、四段活用のように「蹴らず・蹴り・蹴る…」と活用する、と考え違いをしやす い。これは、現代語では「蹴る」の活用の種類が五段活用に変化してしまっているから 形に「よ」を伴う。 E然に「れ」 足る た イ 起くお CU 連用形 軽止形 連体形 已然形 命令形 行 形 た ち つ つ て はひふふ りる 恋ふ こひ 消ゆき え 一捨つ すて + る > れ て > ハタ 3 タヤカタ 4 AXT ひ な き 71 = り Z7 | | こ る れ 68868 り こよ ラ で、やはり古語としてしっかり覚えておきたい。 下一段活用のエ 段の部分が段に変わると上一段活用になるので、下一段活用を しっかり覚えて、それを上一段活用に応用するとよい。 ③この上一段活用は、現代語でもほとんどそのままのかたちで活用 するので、活用の段については現代語の動詞の活用の復習と考え てよい。 中学校で学習したことばのきまりの再確認とともに古語 の動詞の活用の学習につなげたい。 活用表で注意するところは、 語幹と語尾の区別がないところである。 未然形、連用形、終止形 の三つの活用形が入れば、語幹と語尾の区別も、活用の種類の識 別もできるので、この三つの活用形を入れられるようになること。 「射る」はカナだけを見るとア行かヤ行か区別できない。 辞書で もア行の「い」の項に載っているが、 ア行の動詞は「得」のみと 覚えておく。 「居る」はワ行。古語に慣れないうちは、ア行・ヤ行・ ハ行・ワ行の混乱に注意。 ④すべて、変格活用の活用表である。変格活用は所属する語が少な いので、活用表とともに、所属する語も同時に覚えておきたい。 「来」はカ行変格活用(カ変)。 カ変は現代語にもあるが、命令形 が異なる。古語の命令形は「こ」と「こよ」の二つがある。 平安 時代はどちらかというと「こ」が優勢である。 「す」はサ行変格活用(サ変)である。 現代語にもサ変という活用 の種類はあるが、活用の仕方はだいぶ異なる。 古語のほうが単純 活用であるし、現代語のもとになった活用であるので、ここで しっかり覚え直したい。 「死ぬ」はナ行変格活用(ナ変)である。 現代語では五段活用にな っており、下に続く語によって活用形を作ろうとすると、連体形 が「死ぬとき」となり、以下古語の活用と異なってしまうので注意。 「あり」はラ行変格活用(ラ変)である。これもナ変と同様、下に 続く主な語によって現代語で活用形を作ると五段活用になる。 古 語では終止形が「あり」でi段音になる特殊な動詞。

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Contemporary writings Senior High

⑶.⑷.⑺.⑻を教えてください

昨日、久しぶりに“梅雨の晴れ間に、大文字山を登った。先月の激しい雷雨で土砂が“クズれ、 足もとが悪いところもあって、散歩にしては 。ゲワしい道程である。そのぶん、登り切ったときの爽 快感も格別だ。山頂からの眺めを楽しみに登る人も多い。僕は大体、考えごとをしながら登るので、 山頂に着くとそのまま景色を °一督して引き返してしまうのだが、昨日は珍しく、しばらくぼうっと していた。 すると、遠く彼方に連なる山の緑の中に、キラッと光るものが見える。正体はいまひとつ。判然 としないが、山の中の何かが太陽の光を反射しているのだろうと思う。それが、キラッキラッと、繰 り返し光る。僕は遠くのその光が、遠くに見えるということが何とも不思議に思えて、ただ。ギョウ ふした。 太陽の光が何かに当たって跳ね返り、その光の粒子が空中を伝わって。フクザツな物理化学的過 程を引き起こし、結果として、脳内にある活動のパターンが生成していく。この脳の活動によって、 僕の「見える」という経験が生み出される。~大雑把に言えば、これが 科学的な説明になるだろうか。 しかし、だとしたら、なぜ山の風景は「目の前」にではなくて、遠くに、ずっと向こうに、「あ そこに」はっきり見えるのか。僕が見ているのが山の中の光そのものではなくて、そこから空中を伝 わり、目の中にまでやってきた光の粒子なのだとしたら、なぜ僕にいま「見える」のは、その到来し てきた日の前の粒子ではなくて、身体のずっと向こうの、遠くの、山の中の、まさに「あそこの」光 なのだろうか。考えれば考えるほど不思議になって、僕はただじっと、その光を見つめ続けた。 いま僕の手前の床の間に、花瓶に生けられたスターチスがある。花は、その花が生けられたまさ に「そこ」にあるように見える。僕は花から到来した光の粒子を見ているというより、その花を、 直に見ているように感じる。手の届かない、日で直接触れているわけではないその花が、その場所 森田真生「白紙」ワークシート*読んで考えたことを、話してみよう* ト (1)-7見える」ということの にありありと、はっきりと見える。 光の粒子と網膜の物理的接触というよりも、もっとはるかに親密な関係を、僕は花と結んでいる ように思える。花が「見える」ということは、どこか深いところで花と直に触れ合っていることだと いうふうに思える。花だけでなく、花瓶と、あるいは山と空と、つまりは環境のすべてと、いつの間 にか僕は心を通わせ合っていて、その「通い合う心」が「見える」「聞こえる」「わかる」ということ を、背景で支えているような気がしてくる。 「見える」ということは実際、今の人類にはとてもまだ言葉にできないような、不思議で奇跡的 な事態なのではないか。あまりに不思議で、あまりに大きな謎なので、(かんら)「当たり前」と いうことにされてしまう。 不思議なことを当たり前のこととして、(すなわて) は前に進めないところがある。 (下とんに)「見える」「聞ごえる」機械は作れないとしても、「見える」ことを前提として、そ の能力を拡張する眼鏡や望遠鏡や顕微鏡を作ることならできる。自力で「わかる」機械はなかなか作 れそうにないが、人の「わかる」力を前提として、それを延長することならコンピュータにできる。 そうして人は、最大の謎を、最奥の深秘をひとまず括弧にくくることにして、不思議の先に、広 大な知と実用の世界を構築してきた。いまや 前提の、すべてを支える原初の不思議の、不思議であることすら自覚されない。 「前提」とすることによってしか、人 い その構築された世界はあまりに壮麗で、足もとの

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English Senior High

画像の1番下の Q1 What were the good points of the 20th century? What were the bad points? の答えはどうなりますか?

“Looking Back at the Twentieth Century" is an exhibition of 300 photographs which show us the history of the past In the entrance hall the guide introduces the look back at = recall ~ century. photographs. Ladies and gentlemen, welcome to “Looking 5 Back at the Twentieth Century." /The 20th century was an age of great pregress in science and communications. People's lives became richer and more comfortable. People achieved greater freedom 10 and equality, and seemed to be closer to the dream of living a happy life. But it was also an age of terrible wars, and G-2 tens of millions of ~ tens of millions of people lost their lives. The photos =a great many ~ here will show you what people like you and me 15 went through in the 20th century. As you look at G-1 them, ask yourself: “How would you feel if these O cannot rememi were photos of your own family and friends ?” Some -ondemned to rg George Su will shock you; some may make you sad or angry. But they will also give you a message for our future. Ago |20 Before you look at the exhibition, I would like to show you twophotographs which are particularly TF important to us. fotod freedom [fri:dan entrance [éntrans] progress [prágras] achieve [atfi:v] terrible [térabl] particularly [partikjalarli] exhibition (èksibifan] equality [ikwálati] 15. go through Many people went through hard times during the war. G-2 She told me how she had solved the problem. G-1 Ifihad a lot of money, I could buy that sports car. Q-1 What were the good points of the 20h century? What were the bad points? e? 113

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Japanese classics Senior High

答えを教えてください国語便覧準拠ワーク16回

100 4 現代文一16 第1回 近現代の文学6 e 詩集『青猫」の作者で、近代口語自由詩を完成したといわれるのは誰 詩) 便参2- か。 次の表の【にあてはまる適語を選択肢から選び、明治時代の詩の流れ を完成させよ。 大正十四年に発表された堀口大学の訳詩集の名称を答えよ <3点× 10> 外山正一らが明治十五年に、翻訳詩を中心とした えを。 【<】艦 『【]」を刊行 次は誰の詩集か、選択肢から選び、記号で答えよ。 落下傘 3点×10》 るく a 月に吹える ハえる S 。 森剛外が、新声社の同人と翻訳詩集『[F】」を しゅ ら 春と修羅 第百階級 へ 494やょうきょくしゅう 【B】講 6 白羊宮 5 打情小 曲集 ns し [G]…『楚囚之詩」「蓬莱曲』 【] 「一葉舟」「落梅集』 てえ つょう G二十億光年の孤独 ( 8天地有情 へ 3Sう の千里 自分の感受性くらい( ) トト 物うき る らありあけ 薄田泣童,蒲原有明 上田敏が、訳詩集『【I]』を発表。 る リ る VS JRてい しゅんたろう 【C】論 ア 土井晩翠 イ 金子光晴 ウ 谷川俊太郎 H 草野心平 「 3 コ 二ャい はぎわら た ろう オ 宮滞賢治 カ 室生犀星 キ 萩原朔太郎 ク 薄田泣童 いばらぎ を参pん [D】派の詩 【J]…『邪宗門」「思ひ出」 ケ 三好達治 コ 茨木のり子 しょうち ょう ろうまん ア象徴 イ 新体 H 浪漫 かいちょうおん DRRSSSょう し州わ物AJのそん * 母影 カ海潮音 キ新体詩抄 ク 島崎藤村 次は誰の詩(詩集)か、語群から選び答えよ。 5点×4> きたはらはくしゅう ヶ 北原白秋 コ 北村透谷 まだあげ初めし前髪の/林檎のもとに見えしとき」で始まる「初恋」 Aる が収められている『若菜集。。 「僕の前に道はない/僕の後ろに道はできる」で始まる『道程」。 1 B「汚れつちまつた悲しみに/今日も小雪の降りかかる」の詩が収めら れている「山羊の歌」。 ぎ J次の問いに答えよ。 く5点× 4> V う * 4う 3 明治末期は「白露の時代」と言われたが、「白露」とは三木露風ともう 「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ」が収められている『測 量 ロ.。 一人は誰のことか るのト たろう 2 高村光太郎が妻を詠んだ愛の詩集の名称を答えよ。 島崎藤村 中原中也 高村光太郎

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