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大正期の米騒動の話でしょうか。
米の消費量増加には様々な背景がありました。
・食生活の変化
当時の日本人の主食は、米を中心とした穀物で、肉や魚をあまり食べませんでした。
農家は米の他、粟や稗などの雑穀を食べていましたが(お米は高級品ですし、生活の糧なので売らなければなりません)、養蚕などで農家の収入が増加し、次第に農家でも米が主食になっていきます。
また、都市部の中流階級でも、おかずは少なくお米は多く、という食習慣が浸透します。(宮沢賢治の「雨ニモマケズ」で「一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ……」とありましたよね。あんな感じの食事です)
すなわち、この時代は、日本人にお米を大量に食べるような食生活が浸透した時代でした。
・労働者の暮らし
当時の工業労働者は、実態的には肉体労働です。なのでたくさん食べないとやってけません。エネルギーの源は炭水化物ですから、特にお米をたくさん食べました。
・人口の都市集中
都市部に人口が集中するとはどういうことでしょうか?
それは、農村部の人口が都市部へ流出することを意味します。都市で仕事をした方が儲かるので、働き盛りの人たちは都市へ行ってしまったんですね。
働き手が少なければ、当然米の生産力は低下します。一方で米を消費する都市労働者は増えるので、米が不足してくるわけです。
このような背景があって、米が足りなくなり、価格は暴騰。米騒動の発端になってしまいます。
わあ!ありがとうございます!
とっても分かりやすいです!
確かに、生産者が減ってるのに消費者増えてますね!気づかなかったです!
ほんとにありがとうございます!解決できました!