✨ ベストアンサー ✨
銅鐸はお祭りなどに使用された鐘みたいなものです。
なので、お祭りがないと銅鐸は使用されません。
ですが、お祭りは栄えている場所を中心にして行われますよね。
その栄えていた場所が近畿地方だったのです。
銅鐸は弥生時代につくられた青銅器ですよね。
なので自然と弥生時代前から栄えていたことが分かります。
邪馬台国は九州にあった説と近畿(大和・奈良)にあった説がありましたよね。
もしかしたら、邪馬台国があったから多くの銅鐸が出土したのかも……。
このように考えるのこともできますが、邪馬台国の場所は未だに不明ですよね。
特に大坂、京都、奈良は弥生時代以降も重要となってきます。
天皇がいる場所(朝廷)
飛鳥時代⇒奈良
奈良時代⇒奈良
平安〜江戸時代⇒京都
明治〜令和時代⇒東京
ざっくりですが、こんな感じで京都と奈良は主要都市だった時代が長いです。
大坂は「天下の台所」と言われるぐらい貿易が盛んになり、商業が発達していきます。
色々な情報ありがとうございました!
とっても分かりやすかったです😊
いえいえ、お力になれて良かったです☺️
引き続き頑張ってください!
近畿地方が栄えていたのはいつの時代ですか?