回答
回答
昭和5年ロンドンで、補助艦の所有量を制限する海軍軍縮会議が開かれ、そこで日本の補助艦はアメリカの補助艦の約7割に抑えるという、ロンドン海軍軍縮条約を結びました。
これを受け入れた政府に対して、一部の軍人たちが厳しく政府を非難し、この条約に不満を持った海軍の青年将校が中心となってクーデターを起こし、犬養毅首相を射殺しました。
(首相官邸、日本銀行、警視庁なども襲撃しています)
この事件の背景には、世界恐慌による不景気が続き、政治政党への不満が民衆の中に広がっていたこともあるようです。
疑問は解決しましたか?
この質問を見ている人は
こちらの質問も見ています😉
おすすめノート
【受験】社会 歴史まとめ
16226
155
【まとめ】文明のおこり・律令国家の成立・貴族政治
10477
124
【テ対】ゴロで覚える!中学歴史
8870
68
【まとめ】鎌倉幕府・室町時代・ヨーロッパ世界の形成
8553
144