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Yに当てはまる言葉は生糸なのですが、なぜ日本は生糸の輸出で打撃を受けることになったのですか?外国産の安い綿製品が打撃のひとつであることはわかりますが、生糸の輸出とどう関係があるのかが分からないです💧

日米修好通商条約によって, 日本は,函館, ( X ), 長崎,新潟,兵庫(神戸) を貿易 港として開港することとなった。 欧米諸国との貿易開始後, 1860 年 代 前 半の日本の主 要な 輸品は(Y)や茶であり, 日本の生産地は大きな打撃を受けた。

回答

✨ ベストアンサー ✨

いい質問ですね。確かに仮にYの部分が綿製品であれば、
「外国産の安価な綿織物が入ってきたことで、日本の綿織物業が壊滅した」
と言えます。では生糸なら…?
これは逆なのです。日本の生糸が人気の為、海外への輸出が大きく伸びます。しかも外国商人達は日本国内での値段より高く買い取ってくれるので、本来日本国内で必要な分まで売っぱらってしまい、国内での供給が足りなくなってしまい、その結果市場は大打撃を受けることになります。
それもそのはず、当時の日本の輸出品の7割は生糸です。次点のお茶ですら2割程度なのでその人気度が伺えます。更に当時一大生産地フランスで蚕が大量死してしまい、世界的にも生糸、絹製品の需要が高まっているという背景もありますが、まぁこの辺は細かすぎるので結構です

おもち

ありがとうございます!

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