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日本の場合だと「左−革新−保守−右」のように、左派が革新で現状を変えようとする考え、右派が保守で現状を維持しようとする考えです。戦後史では、例えば社会党にも右派と左派がいて、そのへんがわかりにくい原因なのだと思います。この場合は革新という意味では同じ社会党だけど、急進的な右派と穏健的な左派に主張が別れていると考えたらいいのではないでしょうか。戦後史では、吉田茂内閣が血のメーデー事件をきっかけに破壊活動防止法を制定したり、保安隊を自衛隊としたのに対し、「逆コース」批判をした左右社会党が党勢を拡大し、衆議院では憲法改正を阻止できる1/3の議席を確保します。これに危機感をもった財界の強い要望で日本民主党と自由党が合流して自由民主党が結成されました。(保守合同)これによって、保守勢力が2/3弱の議席、革新勢力が1/3の議席という55年体制が成立します。ただ、日本の保守と革新の対立の特徴としては、保守勢力は改憲を目標とし、革新勢力は護憲が目標であるということです。変わらないと主張するのに憲法は変えようとし、変えたいと主張するのに憲法は変わらずを求めるということころは難しいですよね。最後に、1993年の55年体制崩壊後は従来の保守と革新の対立は曖昧になります。自由民主党と社会党が連立して内閣を立てたときもありました。このように55年体制崩壊後は、不安定な連立の時代となっているのです。