どちらとも、一言で言うなら
武士や海賊が起こした乱を平定したからです。
武士が力をつけたわけ
武士はもともと武芸で朝廷に仕えたり、都の警備をしていました。次第に地位を高めていった武士たちは、争いを繰り返し武士団というものを形成していきました。力をつけた武士は、朝廷の政治に不満をもち反乱をおこすようになりました。代表的なのは平将門の乱や藤原純友の乱などでしょうか。これらの乱を武士が抑えたことで朝廷は武士の存在を認めるようになりました。特に勢力が大きかった源氏と平氏は、それぞれ東日本、西日本で勢力を広げていきました。源氏は、全九年合戦や後三年合戦で争いを平定したことで、平氏は、瀬戸内海で海賊を平定したことで理由です。
武士の時代が訪れたわけ
鳥羽上皇が亡くなり、天皇と上皇の対立に摂関家の対立が加わり、それぞれが武士を味方につけて2度の内乱がおこりました。1156年の保元の乱と1159年の平治の乱のことです。朝廷内の2度の争いを武士の力で解決したことで政治上でも大きな力を持つようになりました。平治の乱で勝利した平清盛が太政大臣となり、娘を天皇の后にして政治の実権をにぎり、武士中心の政権を成立させていきました。
平定→ 敵や賊を討って、倒した人が支配していた土地に自分の勢力が及ぶようにすること