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日本史における古代(2〜5世紀)は文字を使う文化が無く※、それ故に当時の日本の様子を知るためには考古学的見地に立つか、中国・朝鮮などに残された少ない史料から持ってくるしか無いのですが※※、いかんせんその数は極めて少ないと言わざるを得ません。
中学の歴史だろうが、高校の歴史だろうが、覚えるべき史料数は変わりません。何故なら上述の通り、数が無いからです。
『漢書「地理志」』…日本の場所を少しだけ書いてある
『後漢書「東夷伝」』…金印を上げたって書いてあるやつ
『魏志「倭人伝」』…卑弥呼について書いてあるやつ
『宋書「倭国伝」』…倭の五王が朝貢してきた事について
この四つのみです。(問題文は四つめの宋書倭国伝)
更にこの四つの中には4世紀に関しての記述は一切なく、それ故に4世紀(5世紀の初頭まで)は空白の世紀
などと呼ぶくらい史料がありません。この間日本に関しての記述は高句麗(現在は中国領にある)の王様が、父王の偉大さを石碑に記した好太王碑と呼ばれる物しか無く、そこには高句麗の王様が倭国(日本)が攻めてきたのを返り討ちにしたという記載があり、上述の宋書倭国伝との内容が矛盾していない事から信憑性は高いと考えられます。
ダラダラと書き連ねてきましたが、つまり4〜5世紀ぐらいの日本は、鉄資源などを求めて朝鮮半島に度々侵略行為を行なっており、その正当性確保のために中国へとお手紙を出したという解釈が一般的です。
なのでおもちさんの言う「鉄を求めて〜」という指摘は誤りではありません。
が、この問題は史料に当てはまる内容を書けです。
倭王武は何も直接中国から鉄を貰おうとしていたわけでは無く、鉄資源確保のために必要な、朝鮮半島攻略のための正当性の確保のために中国の王様にヘコヘコした手紙を送っているのです。
今のウクライナとロシア間の戦争と同じです。
本当はウクライナの領土が欲しいだけだけど、名目上はウクライナ人に迫害されている可哀想なロシア系住民の保護を謳ってプーチソ大統領は特別軍事作戦を行なっているわけです。
要はこのお手紙は
「中国様への貢物を運ぼうとすると高句麗の野郎が邪魔してくるんすよね。あいつやっちゃって良いっすか?やっちゃって良いなら、私を朝鮮半島の支配者として何か官職を下さい!」
こんな所でしょうか
※一部土器に刻まれたものを文字とする学説も存在するが、この解説においては無視をする
※※もし仮にこの時代に文字史料が日本で見つかれば、文字通り日本考古学会及び日本古代史学会がひっくり返る程の出来事である
丁寧にありがとうございます!