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原因:朝鮮半島をめぐる日本と清の対立。
→朝鮮半島は長らく清の支配下だったのですが、明治維新で近代化した日本が朝鮮への影響力を強めようとした。
きっかけ:甲午農民戦争
→1894年、甲午農民戦争が起きます。朝鮮政府は、清に助けを求めたので、清軍が出兵します。そこで日本も、農民蜂起による朝鮮国内の混乱から現地の日本の公使館や居留民を保護することを目的に、出兵します。この時、緊急を要するため、天津条約(1885年4月18日)の取り決めにしたがい清国に通知した上で直ちに出兵を実行しました。そして日本は、清国と朝鮮の関係、すなわち「属国(朝鮮)―宗主国(清国)」という関係についての認識を朝鮮政府に問いました。これに対して朝鮮側から、自らの国は自主国であるとの回答があったことから、日本政府内では、自主国である朝鮮に清国軍が駐留することは清国が朝鮮を属国として扱おうとする不当な動きであると見なして、朝鮮に代わって日本が清国を攻撃するという考え方が強まっていきます。そこから、日本は朝鮮王宮を占領し、改革派政権を作って主導権を握ります。清はこれを挑発と受け取り、両国の対立が決定的になり、1894年、日清戦争が勃発。
戦局:日本が優勢
→海戦(豊島沖海戦など)で日本海軍が勝利し、陸戦でも平壌の戦いなどで日本が勝利し、遼東半島へ進撃します。
結果:日本の勝利 → 下関条約(1895年)
→下関条約を結んで、終戦します。その主な内容は、
・朝鮮の独立を清に認めさせる
・台湾・澎湖諸島の割譲
・賠償金(約3億円)
といったものです。
その後の影響:日本の国際的地位が上昇、日露戦争へつながる
→日本は国際的地位を高め、軍備拡張が進みます。しかし、遼東半島の獲得はロシア・ドイツ・フランスの「三国干渉」で取り上げられてしまいます。これが日本の対ロシア感情を悪化させ、日露戦争へつながるのです。
長くてちょっと詳しすぎるかもしれないので、、、💦
分からないことがあったら遠慮なく言ってください!💦答えますよ!