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一つづついきましょう。
まず日蓮宗不受不施派について。
日蓮宗不受不施派は日蓮が提唱した不受不施義という教えを守る一派。
この不受不施義、日蓮宗信者でないものからは施しを受けず(不受)、日蓮宗信者でない者には供養を施さない(不施)と言う教えです。
どの宗教もそうですが、基本的に宗教は過激なものも時代を経るごとに周りに順応するために丸くなるものなのですが、こと日蓮宗に至っては開祖が過激すぎて、定期的に原理主義的な連中が出てきます。この不受不施派も出てきたのは秀吉の頃です。彼らは日蓮宗内部でも丸くなった連中と対立し、その結果江戸期に入り幕府と結託した丸くなった日蓮宗によって非合法認定されてしまいます。
武家伝奏
朝廷のお貴族様が任命された朝廷と幕府の連絡役
紫衣事件
僧侶の服は色でランクが決まっていて、紫は高位の僧侶しか付けられない。それを授与するのは昔からの慣例で天皇だったのですが、この事件の少し前にとある公家が大やらかしをして、朝廷に対する抑圧というのを強めなければならないと考えていた幕府は、天皇の自由にやれることの一つである紫衣の授与に関しても口出しをしたものの、当時の天皇、後水尾天皇はそれを無視して従来通り紫衣を授けた結果、幕府は紫衣を没収しろと京都所司代に命令をし、それに抗議した大徳寺の沢庵宗彭などが配流されました。
これが第一段階
それにブチ切れた後水尾天皇が幕府に相談や許可もなく勝手に天皇を辞めて娘に譲るという第二段階をもって紫衣事件と言います。
じゃあ何が言いたいのかということですが、あくまでも征夷大将軍とは朝廷から任命された役職であるという前提があるはずなのに、幕府の許可なしではまともに何も出来ない、即ち完全に幕府>朝廷(天皇)という図式が明確化されたという意味合いを持つ事件なので通史で扱われています。
無論将軍ですから幕府の核ですよ。しかしその任命は名目上は天皇の軍事指揮権を全権委任された人です。天皇の権力は南北朝の動乱以後ほぼ完全に失墜したといる状況ではありましたが、それでも今までの将軍はその名目上の天皇を重視していたのですが、紫衣事件は完全に名実共に将軍が上と天下に知らしめた出来事という話です
え征夷大将軍って幕府側の人間じゃないんですか?