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ここで言う本願寺とは浄土真宗本願寺派の事を指しています。簡単に言うと親鸞は、
自分は法然の教えを徹底してるだけと言う立場なので、自身の教団を立ち上げる事も、自身の教えを授けた人を弟子と呼ぶ事も否定していたのですが、実際には彼の死後、教団化してゆくことなります。その中で大まかに言うと親鸞の弟子系の浄土真宗と、親鸞の子孫系の浄土真宗とで分かれていたのですが、親鸞の子孫系の浄土真宗が俗に言う本願寺派と言うやつです。しかし浄土真宗本願寺派、蓮如の父の代まではとんでもない程荒廃しており、僅かな信者が京都にお参りに来た際、余りに寂れていたので親鸞の弟子系の本願寺に代わりにお参りに行ったなどと言う話が残っているほどです。
これを立て直し、真宗中興の祖と呼ばれるのが本願寺8世の蓮如です。彼は他宗のあまり及んでいなかった北陸に目をつけて熱心に布教を行い、又彼の行った布教策は庶民の心をよく掴み(御文・講など)、瞬く間に大教団へと成長することになります

さきち

ありがとうございます‼️

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